ジェットコースター殺人事件

 とある日の昼下がり。楠谷と鴻ノ池は某遊園地の敷地内にある、ジェットコースターの施設にいた。乗り物には複数の鑑識が居ており、二番目の座席には大量の血痕が残されていた。そして、楠谷が乗り物の横に目線を向けると、ブルーシートで覆われた首のない被害者が倒れていた。
 
 二人が調べていた事件とは、ジェットコースターが稼働しているときに事件が発生した。被害者は今野政重。妻の香織と乗っていたら、被害者が突然トンネル内をくぐっているときに呻き声を出し、トンネルを抜け出した時、妻が横を向いたら首のない被害者がいたとのこと。血しぶきを出しながらその後ジェットコースターは元の位置に戻ってくると、その場にいた人達はパニックになったのこと。すぐさま係員によって警察が呼ばれ、被害者の妻も含め、合計四人がその場に残された。
 
 「それじゃ、取り調べるとするか」
 「ええ。そうですね」
 まず二人が向かったのは、女性二人組だった。あらかじめ、先に来た捜査員によって被害者の妻への取り調べは行われていた。
 「まずお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 楠谷がそう言うと、女性二人組が応じる。
 「私が土屋馨で、隣の人が岸谷昇です」
 「そうですか。お二人は友人関係で?」
 「ええ、まあ」
 馨が言う。
 「それでは、お二人はどこに座っていたのでしょうか?」
 「私たちはあの被害者の二個後ろの座席に座っていました。トンネルをくぐったら、前から悲鳴が聞こえたのでどうしたのかなって思ったら、まさか人が亡くなっているなんて・・・・・・」
 馨は顔を伏せる。
 「それはお気の毒で。被害者とは何か面識はありましたか?」
 楠谷が訊ねると、昇は首を横に振る。
 「被害者とは、何か面識があるんですか?」
 楠谷が目線を馨に向けて話す。馨は小さく顔を上げる。
 「ええ。昔、私が通っていた体操教室の先生を勤めていらっしゃった方ですから」
 「その体操教室の先生というのは、今もやっていらっしゃたんですか?」
 馨は首を横に振る。
 「確か、辞めたはずです。その時私は二十歳だったので、キリがよかったので体操を辞めました」
 「なるほど、どうりで手のひらにタコができているわけだ」
 「え?」
 馨は思わず驚く。
 「確かに、体操をやっていると手のひらにタコができますけど、それが何か?」
 「馨さん、辞めたのは最近ですか?」
 楠谷が首を捻ると、馨は「ええ、まあ」と何となく頷く。
 その後少し取り調べを行った後、二人は一人の男性に近寄る。
 「お名前を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」
 「田部寛二です」
 「あなたはどの辺に座っていたのですか?」
 「最後列です」
 「では、乗っているときに何か違和感とかはありましたでしょうか?」
 「確か、トンネルをくぐっているときに水滴が飛んできました。何だろう、舐めたらしょっぱかったです。あの後考えたら誰かが涙を流したのかなーって」
 「涙?」
 鴻ノ池が手帳を書く手を止める。
 「それと、トンネルをくぐっているときに誰かが立ち上がっているのを微かながら見た記憶があります。その後トンネルから出たら、まさか血しぶきと同時に悲鳴が上がるなんて」
 「そうですか。ありがとうございます」
 鴻ノ池が勝手に取り調べを終わらせ、乗り物の近くに移動する。慌てて楠谷が鴻ノ池を追う。
 「どうした?何かあったのか?」
 楠谷の言うことを聞かず、鴻ノ池は何かを探している様子だった。すると、鴻ノ池は「あった!」と楠谷に拾ったピアノ線を見せる。
 「それがどうかしたのか?」
 楠谷がピアノ線を見ながら言う。鴻ノ池はふん、と鼻を鳴らして人差し指を立たせる。
 「これが被害者を殺した道具です」
 鴻ノ池は立ち上がり、女性二人組に近寄る。そして、ピアノ線を馨に見せる。馨は顔をハッとさせる。
 「馨さん、あなたが被害者を殺したんですね」
 
 「鴻ノ池、どういうことだ」
 楠谷が少し苛立ちながら言う。
 「大丈夫、ちゃんと説明するから」
 そう言うと、鴻ノ池は自分の鞄を持って乗り物に乗り込む。そして、馨に目線を向けて説明を始める。
 「まず、こうして鞄か何かを背中に入れて安全バーを下ろす。そして、この乗り物がトンネルをくぐった時、彼女は背中の物を外して前にいた被害者の首にピアノ線を掛ける。その後、座席に座ってもう片方の重い物をレールに巻き付けるように下に落とす。そうして、被害者の首が切断された」
 鴻ノ池は乗り物から降りると、馨に近づく。馨は険しい顔をしている。
 「それを理由にして、私を犯人扱いするつもり?」
 「ええ、そうよ」
 「信じられない!それだけで私を犯人扱いするなんて!」
 馨はヒステリックに叫ぶと、鴻ノ池に飛びかかろうとする。だが、隣の昇に阻止される。
 「あなた、あの後涙を流しませんでしたか?」
 「え?」
 鴻ノ池の言葉に、馨は顔がピクッと痙攣させる。
 「あなたの涙を感じた人が最後列の人にいたんです」
 鴻ノ池が言葉を一旦切って唇を舐める。
 「涙は横には流れないんです。けど、最後列の人は涙を感じた。被害者の後ろに座っていたのは、あなた方二人だけ。そのうち犯行が出来るのは・・・・・・」
 鴻ノ池がそこまで言ったあと、馨の反応を見た。彼女はその場に座り込み、涙を流す。
 
 あの後、鴻ノ池の推理通り、レールのところに切れたピアノ線、バラバラになった真珠、そして、被害者の首がー。
 
 馨は全て自供した。その話によれば、馨は被害者に一方的に好意を寄せていたそうだ。その話を聞いた二人は顔をしかめた。馨は金目当てで被害者と近づきたかったらしい。馨の身内には多額の借金を抱えており、その返済を馨がしていた。被害者が無料で営んでいた体操教室に通っていた馨は、被害者が資産家であることを聞き、被害者と接近。だが幾度と申し出を断れ、どうせ金目当てだろなり、俺には妻子がいるから無理だと言われたそう。それでも馨は諦めずにおり、ついにはストーカー化。一度警察からの注意を受け止めていたが、馨が体操教室を辞めた後から再びストーカーが始まったとのことだった。被害者は頭を抱えつつも、警察には教え子という理由で捜索を止めてくれ、と頼まれていたようだった。次第に馨のストーカーがエスカレートし、送りつけた封筒にカッターの刃が入っていたり、包丁を隠し持って家を訪ねたり。その後は被害者が金を馨に渡して退去させた。そして、被害者が某遊園地に妻と一緒に行くと約束した日を馨が聞きつけ、当日馨は友人である昇と一緒にその遊園地を訪れ、怪しまれぬように後をつけていったとか。
 
 「どうして人は金に目が暗むんですかね」
 廊下を歩く鴻ノ池が言う。楠谷と鴻ノ池は馨の取り調べを終えた後、廊下を歩いていた。
 「さぁな。金に目がない人は余程魅力があるのだろう」
 「楠谷さんは何に目がないんですか?」
 鴻ノ池が顔を覗くように言う。
 「う~ん、俺は特に無いかな」
 「そうですか。私はやっぱり、筋肉かな~」
 よだれを垂らす鴻ノ池を楠谷が注意しつつ、二人は廊下を歩く。

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