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憧れを首元に

これは彼女がまだ幼い頃。
彼女の母親の首元に揺れていたネックレスのお話。


この日は彼女の元上司とその奥さんとひょんな事からランチに行く事になり、急遽電車で小旅行ばりの移動をして普段絶対に行かない街へと足をすすめた。彼女の昔馴染みの店に行き、その後お茶をした。

彼女の元上司はかなり気さくな人で奥さんもまた、話の面白い人だった。なるほど彼女がこの2人を"パパママ"という愛称で呼ぶのが分かる。とても素敵な仲睦まじいご夫婦だった。

時刻は15時を回ったころ、車で駅まで送って頂き僕らは電車に乗って、今度は都市部の街へ足を向けた。そのまま帰っても良かったが、せっかく出てきたと言うこともあって、デート延長が決定した。

いざ街へ出てみるとどこもやっていない店や施設が多く、僕らは行き場に困っていたのだが、とりあえず街の中心地へ向かって移動していると百貨店が見えた。

"次、降りよう。あそこ行こうか"

僕がそう提案して百貨店の最寄りで降りた。いざ入店した百貨店、扉を開けるとあのデパコスコーナー特有の匂いが僕らを包んだ。嫌いじゃない。なんだかオトナの匂いって感じだ。小さい頃からこの印象は変わらない。

しばらく見て回るも、どうやら僕らより少しターゲット層が上の百貨店らしく、気にいるものも気になるものも無かったので、また別の百貨店に行く事にした。

彼女の憧れ

彼女が明確に物を欲しがったりその物についてのエピソードを語る事は本当に珍しい。だから僕はこの話を聞いた時どうしてもその憧れを叶えたいと思ってしまった。

彼女がまだ幼い頃、母親の首元に揺れるそのネックレスに強烈な憧れを抱いたという。それから十数年の間ずっと憧れ続けていたが為に、この日彼女はそのネックレスが売っているブランド店に入ろうとしなかった。手に入らないのであれば店に入っても悲しくなるだけだと。

僕は無理矢理彼女をその店へ引き込んで、彼女の憧れのネックレスのショーケースの前まで連れて行った。案の定彼女はそのネックレスに釘付けになり、ずっと目をキラキラとさせ、そのネックレスがどんなに可愛いか、初めて見た時どんな気持ちだったかを僕に話して聞かせてくれた。途中店内を一周するも、すぐにそこへ戻って再び釘付けになる。付けてみる?と聞いても欲しくなるから嫌。と。十数年憧れたものなのだ。付けても付けなくても欲しいに決まってる。そんな事をしているから僕はもうついに我慢出来なくなった。

"1番左のやつでいいの?"

何を言ってるんだろうこの人は頭がおかしいのかな?といった表情を一瞬見せた彼女が本気の声で僕がそのネックレスを買うのを止める。そのお金で色々出来ると言う。確かにそうだ。でも僕がお金を払うのはそこにじゃない。これまで十数年もの間このネックレスに憧れ続けた女の子に。そして、これから先これを身に付けて更に魅力的になる彼女に対して払うお金だ。憧れを買うと言うのはそう言う事だと僕は思う。だから僕は反対を押してこのネックレスを彼女へプレゼントする事にした。

それに、これを買って貧乏になるなら売る!なんて彼女に言われたので、これはもう男として引き下がるわけには行かないのだ。好きな女の子へ送ったプレゼントを自分の為に売らせるなんてクソダサくて死にたくなる事請け合いだ。

購入の間彼女は時々笑顔になったり、遠くを見つめていたり、ボーッとしたような顔をしたり、動揺が体全体に出ていて可愛らしかった。

店を出た僕らは喫煙所のある公園で一服する事にした。タバコの煙をゆっくりと吐き出しながら彼女はいつに無く真剣な顔で僕に言う。

"ね、ありがと"

僕はくすぐったい様な気がして"どうした急に"なんてはぐらかしてしまったけれど、本当はとても嬉しくて、誇らしかった。

その後少しだけお酒を飲もうと言う事になり、前々回のデートで行ったお店へと足を運んでまだ動いているアナゴを食べた。帰るつもりがせっかくだからと次はアメリカンダイナーに行って更に飲む事にした。

"酔った"

そう言って彼女は艶っぽい表情でお酒を口に運ぶ。この日の帰り六道についての話をしたが、僕は生まれ変わったらこの日の彼女が飲むグラスかお酒になりたい。(大真面目に)ミラーボールの光と薄暗い照明で彼女の憧れのネックレスが首元で小さくキラキラと光っていた。僕がその光景にうっとりするたびに彼女はいつもの調子で"何??"と僕に言う。だから僕は"似合うよ"と言うと彼女は何度も自分の首元にネックレスが付いているか確認しては、いつもは絶対にしない何処か儚げで夢を見ているかの様な顔をして"ねぇ、これ夢じゃないよね?"と何度も聞いた。

店を出て1時間だけカラオケをして初めてのデートを思い出した後、タクシーを拾って駅まで向かう。どちらかと言えば僕の方が夢みたいな1日だった。

帰ってからも飲んでいたが、僕はいつの間にか寝てしまっていた。最後に覚えているのは彼女の一言だけ。

"私今無敵モードだから!酔わないし眠くないから!"

朝目が覚めるといつ撮ったのか僕の寝顔のチェキが一枚追加されていた。白飛びした酷い写真だった。

僕はこの日の事を一生忘れないだろう。初めて誰かの憧れを自分の手で叶えて、それを共に喜ぶと言うこの経験は僕にとって思っている以上に大きな出来事だった。本当に嬉しいし、誇らしい。心からおめでとう。彼女の十数年の夢はこうして実を結んだ。

こうやって彼女の小さな夢達を
一つずつ大切に叶えていきたい。


今日はここまで!
またいつか与太話を。
んじゃ、また!!

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