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ロードトゥ彼女ん家

電車が嫌いだった。いや、正確には出勤の時間帯の電車が嫌いだった。そもそも他人の臭気というか気配というか、そういった類のものが僕は元来好きではないからだ。群れるのも基本的に好まないし、より大勢の人との関わりを持たなくては!といった強迫観念じみた、あの人脈至上主義みたいなものはちょうど僕が二つ前の仕事を辞める時に捨てた。

何より人と関わるとそれだけ面倒事が増える。日常生活に置いて無用なトラブルはなんとしてでも避けたい。そんな風に考えていた。

それが一変したのは彼女と出会ってからだろう。

終点"彼女ん家"

彼女のあの13畳ワンルームは僕の家から地味に遠い。だからいつも電車を使って彼女の家に向かう。気付けば電車が好きになっていた。街にも山間の鬱蒼と茂る木々の中にも電線をピンと張って、そこからパンタグラフで電力を供給し走るこの図体のでかい鉄の箱がなんだか大切なものの様に思えてくる。

かく言うこの記事だって彼女の家から職場までの電車内で書いているものだ。電車様々である。

お前の好きは俺の好き

きっと電車を好きになったのは彼女がそうであるからに他ならない。しばしば彼女の好きは僕の好きになる。なんだか心の優しいジャイアンみたいだ。

彼女の好きな食べ物や音楽や匂いや色や服、そういった文化的遺伝子(ミーム)を僕は大量に取り入れている。しかし全く同じ感じ方で好きになっているわけではないのでこれがまた難しいところである。ミームはどこまで行ってもミームなのであって、永遠に遺伝子(ジーン)にはなり得ない。どんなに取り込んでも彼女がどの様にしてそのモノを好きになったか、そして現在どの様な感覚でそれを好きでいるのか本質的には彼女しか知らない。知りたくても知れない。それは悲しいしとても愛しい事だ。

僕と君とでは違う。同じ生き物だし非常に似通った思考回路を持ち合わせていても、僕は君にはなれないし、君も僕にはなれない。だからそのギャップの中に愛情が生まれるし、もっと知りたいという欲求が生まれる。更に言えばその欲求や愛情が故に孤独を感じ、不安になる。そして更に知らなければ、と憤り焦る。大なり小なりこう言うループで愛情は大きくなっていく。

僕は今、僕らのミームを紡ぐ

慌ただしく過ぎる日々の中で僕らが確かにそこにいた事を、そこで愛し合っていた事を、そしてそこから地続きに繋がる膨大な物語を僕と君とのミームが混ざり合った子供達としてここに産み落とす。そうしてこの物語を読んだ誰かが僕らの事をミームとしてまた取り込んでこの世界の何処かで生き続ける。だから僕は僕と君を合わせて"僕ら"として綴る。ミームとしての同一個体だ。僕は君にはなれなかったし、君も僕にはなれないけれどミームとして混ざり合う事は出来る。それが僕らだ。

心臓は左、ピアスも左。

人類を創った誰かは何故心臓をど真ん中や、右側や、やや下といった場所に配置しなかったのだろう。少し左に寄せてあたかも反対側が何か抜けているかの様にしたのだろう?

きっと向き合って抱きしめた時にお互いの心臓がちょうど両側で鳴っているようにだと思うのだ。欠けたパズルのピースをはめるような、足りない回路をつなぐ様なそんな感覚。1人でなんか生きていけない様に創られているのかもしれない。

だから僕は彼女がピアスを開けようと言った時になんの気無しに決めた様にしてあえて心臓側を選んだ。抱き合った時にお互いの両側で光る様に。体外で可視化できる唯一の欠けたピースとして。

そうして擬似的に僕らはひとつになれる。
だから離れてしまうと"どこか足りない"なんてぽっかりと開いた穴をどうにか塞ごうと躍起になる。

今日も鉄の箱に揺られる

こうして、雑踏もその気配も彼女と僕のミームの一部だと気付いてそれから苦手では無くなった。もうすぐ職場に着く。彼女はもう働いている。

こうしてまた1日が始まった。今日は何が起こるのだろうか?そして何を彼女に話して聞かせようか?この物語の続きは僕らというミームが少しずつ丁寧に敷いたレールの上を今日もゆったりと進んでいく。

きっと色々あるんだろうけれど
それでも僕らは生きていく。

"次は終点、彼女ん家
彼女ん家です。お出口左側です。"


今日はここまで!
またいつか与太話を。
んじゃまた!!

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