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新作映画2024

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2024年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。新作の定義は、今年も2022/2023/2024年製作の作品で自分が未見の作品です。
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2024年 上半期ベスト

社会人も四年目となってしまい、着実に映画を観る時間は減っているのだが、今年もそこはクオリティで維持しようと奮闘している…はず。鑑賞本数自体は一昨年より100本近く少ない去年よりも更に少ない343本で、しかも今年は去年頑張りすぎた影響でギリギリまで好みの新作に出会えない辛い年となった。毎年恒例の発表日をズラすというズルを今年も行い、滑り込みでランクインした作品もあって、これも良かった。今年も例年通り、 の三つを条件に作品を集めまくった。結局総数は138本となった。昨年は128

ギヨーム・カイヨー&ベン・ラッセル『ダイレクト・アクション』フランス北西部ZADで抵抗する人々の生活と活動

2024年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品、作品賞受賞作品。ナント郊外にある田舎のコミューン、通称ZAD(防衛地帯)は、2012年に起こった空港建設騒動に反発した地元住民たちや活動家たちが立退きを拒否し、抗議のために自給自足で生活している地域である。2018年には大規模な強制立退きが実施され、警官隊は推定8000発の催涙弾を撒き散らしたらしいが、排除に失敗し空港建設計画は白紙になった。映画は2022年から2023年にかけて撮影された。その発生から様々なメディアの好奇

ギンツ・ジルバロディス『Flow』ラトビア、ノアの方舟に乗る黒猫

傑作。2025年アカデミー国際長編映画賞ラトビア代表。ギンツ・ジルバロディス長編二作目。人類が居なくなってすぐ後の世界で、主人公の黒猫は森の中にある猫屋敷で悠々自適の暮らしをしていた。他に猫はいないのだが、庭中に猫の石像が置かれており、近くの山の上には牛久大仏クラスの猫像が建設中(猫視点なので実物よりデカく見える可能性あり)という激アツな猫好きすぎる家主ももういない。そんなある日、突然の大洪水によって住居が水没してしまった黒猫は、偶然通りかかった帆船に乗り込んで放浪の旅を始め

アガーテ・リーダンジェ『Wild Diamond』フランス、ある孤独なインフルエンサー少女の物語

2024年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。アガーテ・リーダンジェ(Agathe Riedinger)長編一作目。南仏フレジュスで無関心な母親と小さい妹と三人で暮らす19歳のリアーヌは、そこそこ有名なインスタグラマーである。ある日、彼女はリアリティ番組のキャスティング・ディレクターから電話を受け、意気揚々とオーディションに出かけ、結果も出ないうちから既に受かったかのような浮かれっぷりで周囲と溝が深まっていく。いわゆる少年少女とSNS、及びインフルエンサーの孤独、前者の派生として

マリカ・ムサエヴァ『鳥かごは鳥を探す』チェチェン、慣習から逃れられない三人の女たち

傑作。2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。カナダ新世代の面々がエンカウンターズに続々と選出されているのは嬉しいことで(アシュリー・マッケンジーとカジク・ラドワンスキ)、横を見てみるとソクーロフ門下生もこの部門が登竜門になっていることが分かるのも面白い(アレクサンドル・ゾロトゥキンとマリカ・ムサエヴァ)。シャトリアンの引退に伴って名前が変わって劇映画しか入れない部門に変わるようだが、この伝統は残るのだろうか?閑話休題、本作品の物語はチェチェンの寒村に広がる見渡

ツァイ・ジエ『失った時間』中国、"借り物の時間"と胡蝶の夢

大傑作。ツァイ・ジエ長編一作目。監督自身の出身地である広州を舞台に、言語や生活様式も似ているはずなのに近くて遠い特別な場所であり青春時代に多大なる影響を与えた香港との関係性を描いた作品。物語は結婚を間近に控えたティンが恋人の実家であるライチ農園で収穫をする場面で幕を開ける。低木で人間の腰から頭にかけて葉の生い茂るライチの木の隙間から見えるティンの横顔はどこか憂鬱そうだ(あの視界不良のロケーションは見渡せそうで見渡せないもどかしさもあり、同時に"ジャングル"でもあった)。実家に

マルガレーテ・フォン・トロッタ『Ingeborg Bachmann – Journey into the Desert』謎多きインゲボルク・バッハマンを断片的に観察する

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。マルガレーテ・フォン・トロッタ長編22作目、ベルリン映画祭のコンペは『Sheer Madness』以来40年ぶり二度目。ヴィッキー・クリープスに実在の人物を演じてもらおう系映画の第二弾(第一弾はマリー・クロイツァー『エリザベート 1878』、三銃士のアンヌ・ドートリッシュはノーカン)。40年前に撮っていたらバルバラ・スコヴァが主演だっただろう。物語は二人+一人の男と付き合っていたそれぞれの時期をバラバラに繋いだ構造を取っている。その

ダーグ・ヨハン・ハウゲルード『Sex』ノルウェー、二人の煙突掃除人とジェンダーアイデンティティの揺らぎ

ダーグ・ヨハン・ハウゲルード長編六作目。"Sex Dreams Love"三部作の第一作。『Love』はヴェネツィア映画祭コンペ部門選出、『Dreams』は未発表なので順番は入れ替わっている。物語は二人の煙突掃除人の男が休憩中にある出来事を語る場面から始まる。上司はデヴィッド・ボウイが自分を女性として扱ってくる夢を見ると言い、部下は依頼人の男の誘いに乗って仕事の後にセックスしたと言う。双方、これまで見られたことのない目線に晒され困惑しつつも、最終的にはそれを受け入れているのだ

Szilágyi Zsófia『January 2』ハンガリー、離婚した親友の引越手伝い

シラージ・ジョーフィア(Szilágyi Zsófia)長編二作目。彼女はエニェディ・イルディコー『心と体と』やホルヴァート・リリ『Preparations to Be Together for an Unknown Period of Time』などで助監督と務めた後、2018年に『One Day』で長編デビューした経歴を持つ。学生時代はエニェディ・イルディコーとペーテル・ゴタールの指導を受けていたらしい。ちなみに、ホルヴァート・リリは本作品のプロデューサーを務めている。物

Laurynas Bareiša『Drowning Dry』リトアニア、ある姉妹其々の家族の穏やかな時間と

2025年アカデミー国際長編映画賞リトアニア代表。Laurynas Bareiša長編二作目。本作品はエルネスタとユステという姉妹を中心に、二人の夫と二人の子供たちについて描いている。エルネスタの夫ルーカスはMMAの格闘家で、比較的強い選手のようだが、エルネスタは彼が戦い続けることに不安を感じている。ユステの夫トマシュは人の良い小太りのおっさんだが、ハンドルを握ると人が変わることが指摘されている。エルネスタの一人息子クリスタパスとユステの一人娘ウルテは同年代で、仲も良好である

アリーチェ・ロルヴァケル&JR『An Urban Allegory』現代版"洞窟の寓話"は都市の隠された顔を見る

傑作。アリーチェ・ロルヴァケル新作短編、JRとの共作は『Omelia Contadina』以来二回目。なんとFestivalScopeに無料配信で来ていた(現在日本からはジオブロックが掛かっており鑑賞不可能だが少なくともフランスからなら鑑賞可能)。"プラトンの洞窟の寓話は知ってるか?"とレオス・カラックスは主人公親子に尋ねる。生まれたときから洞窟に繋がれる我々は、洞窟の壁しか見ることが出来ず、その影/幻想を現実を勘違いしている。では、洞窟から逃げようとした者がどうなったか知っ

マイク・チェスリック『Hundreds of Beavers』新人トラッパー対ビーバー軍団の死闘

マイク・チェスリック長編一作目。マシュー・ランキン『The Twentieth Century』が公開された際、"ガイ・マディンが撮ったモンティパイソン映画だ!"などと呼ばれていたが、今度は"ガイ・マディンが撮ったルーニー・テューンズ"が登場したらしい。19世紀アメリカ、アップルジャックのセールスマンである主人公はパーティでしこたま酔っ払って、リンゴ畑を焼き尽くしてしまい、食料を得るために雪山に入り、そのまま何百頭ものビーバーを倒して北米最大のトラッパーになることを目指す、と

フェデ・アルバレス『エイリアン:ロムルス』重力=地面/落下/下降から逃れる戦いの記録

大傑作。フェデ・アルバレス長編四作目。ケイリー・スピーニーが順調に出世してるのとても嬉しい。太陽の見えない採掘惑星で、穏やかな生活を求める若い入植者たちが突然やって来た放棄された宇宙ステーションに忍び込む話。とにかく上昇/下降が強調されているのは、自由になるためには重力から逃れる必要があり、それは落下/下降から逃れることと等しいからだろう。入植者たちは重力によって地面に捕らえられ、主人公レイン("雨"もまた地面に降ってくるものだ)はその度に上昇を続ける。序盤でエイリアンの死体

レヴァン・アキン『Crossing』人は姿を消すためにイスタンブールへやって来る

レヴァン・アキン長編四作目。引退した歴史教師のリアは姪のテクラを探している。トランスジェンダーであることを告白して父親から追い出されて以来、テクラはジョージアを離れて行方不明となっていた。冒頭でテクラの暮らしていた地域を訪れたリアは、そこでアチというテクラと同年代の青年と出会い、共にインタンブールでのテクラ探しの旅に出かける。そこに、母親が出稼ぎで街を出ているためサズを弾いて日銭を稼ぐ少年イゼットや、地元のクィアコミュニティに属しつつ法学の学位持ちとして協力するエヴリムという