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オールタイムベスト

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記事一覧

ジャン=シャルル・フィトゥーシ『私が存在しない日々』1日ごとにしか存在できない男の物語

人生ベスト。ジャン=シャルル・フィトゥーシ長編三作目。ルイス・ミゲル・シントラ演じる謎の男がアントワーヌという名の幼い甥にある物語を語り始める。それは2日に1日しか存在しないアントワーヌという男の物語だった。真夜中24時になると次の日を飛ばしてその次の日の24時1分に遷移してしまう彼には、昨日と明日という概念が存在せず、起き上がると新聞を読んで知らない"昨日"を必死に埋める日々を送ってきた。そんな彼が最も避けていたのは他人、特に女性だったが、肉屋ですれ違ったクレモンティーヌの

ジャン=シャルル・フィトゥーシ『私は死んでいない』時間も輪廻も幻想も生者も死者も混ざり合う温かな愛の旅

人生ベスト。ジャン=シャルル・フィトゥーシ長編六作目。長らく"聖杯"リストのトップを守り続けていた伝説の映画。物語は科学者シュタインによって創造された人造人間アリックスという27歳の女性が、意図的に省かれた感情である"愛"を探す旅を中心に、様々な段階の"愛"を様々な人間の中に見出す三部構成の群像劇である。第一部ではアリックス、彼女が一緒に暮らすアレクシやその周りの人物たちが"愛"について語りながら、"愛"を定義付け視覚化しようとする哲学的な物語となっているが、第二部以降は大き

Binka Zhelyazkova『The Last Word』ブルガリア、囚われた女性パルチザンたちの抵抗

人生ベスト。1974年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。カンヌ映画祭コンペ部門に選出された数少ないブルガリア映画の一つ。選出にあたって、当時のPDがブルガリアまで試写を観に来たらしい。前作『The Tied Up Balloon』の上映禁止処分とそれに伴う国立映画センターからの解雇によって映画を撮れなくなってしまったジェリャズコヴァだったが、トドル・ジフコフの方針はプラハの春以降も変わらず、知識層と接触を続けることが保身への最良の戦略と認識していたために、もう一度だけ監督のチャ

アリーチェ・ロルヴァケル『墓泥棒と失われた女神』あるエトルリア人の見た夢

人生ベスト。2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。アリーチェ・ロルヴァケル長編四作目。なんだかんだ『天空のからだ』が一番好きで、『夏をゆく人々』も『幸福なラザロ』もそこまでハマらなかったので、最早ファンと名乗っていいのか不安な数年を過ごしてきたが、ようやく胸を張ってロルヴァケルのファンだと名乗れるのが嬉しい。物語は1980年代、エトルリアの美術品を盗掘して売り捌く"トンバローリ(墓荒らし)"に巻き込まれる若い英国人放浪者アルトゥールを中心に語られる。多くを語らない物静かな

バス・ドゥヴォス『Here』ベルギー、世界と出会い直す魔法

人生ベスト。2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品、作品賞受賞作品。バス・ドゥヴォス長編四作目。上映前メッセージでは"間違えて車から投げちゃってインカメ壊れちゃったんだ~"と謎のお茶目さを披露しながら、苔についてアツく語っていた(こんな人なんだ)。物語はブリュッセルに暮らすルーマニア人建設労働者シュテファンの日々を追っている。夏季休業によって4週間の休暇を言い渡された彼は冷蔵庫を空にするためスープを作り、世話になった人や友人たちに配り歩く(エンドクレジットにはス

カマラ・カマロヴァ『Road Under the Skies』ウズベキスタン、ある少女の恋とその後

人生ベスト。カマラ・カマロヴァ(Kamara Kamalova)長編六作目。中心にあるのは、恋に落ちた少年アジズと少女ムハバトの物語である。しかし、恋も束の間、アジズは妊娠したムハバトを放り出して軍に行くと言い出し、ムハバトは村で白眼視されることになる、という中々ハードな展開に進んでいく。それをフォークロア的に語っているわけなんだが、あまりにも語り口が突飛なので心が動かされる。台詞のほとんどは詩歌からの引用らしき言葉であり、二人の関係性は鮮烈なイメージのみで語られるのだ。真っ

Binka Zhelyazkova & Hristo Ganev『Life Quietly Moves On...』ブルガリア、パルチザン神話の果てしなき重さ

人生ベスト。ビンカ・ジェリャズコヴァ(Binka Zhelyazkova)長編一作目。ブルガリア初の女性監督による長編映画。夫で長年の協力者だったフリスト・ガネフが共同監督している。彼は1924年生まれの元パルチザンという経歴の持ち主であり、青年時代にパルチザンに参加する視点人物の一人パヴレは彼の経験を基にしているのかもしれない。製作当時はポーランド(『灰とダイヤモンド』は1958年公開)やチェコ、ユーゴスラビア等でパルチザン映画が製作される前で(特にユーゴスラビアでは60年

アラン・キュニー『The Annunciation of Marie』"見えないこと"の反復の中にある"見えること"の神聖さについて

人生ベスト。俳優アラン・キュニーの残した最初で最後の長編作品。ポール・クローデル「マリアへのお告げ」の映画化作品。キュニーとクローデルは友人関係にあったらしく、晩年には彼の妹を題材にした『カミーユ・クローデル』で二人の父親ルイ=プロスペル・クローデル役を演じている。物語は原作と同じく主人公ヴィオレーヌが聖堂建築家のピエールと別れる場面から始まる。目を隠すように黒いハットを深々と被って馬に乗るピエールを正面から捉え、すると画面左下から両手の人差し指で作った十字が"止まって"とい

Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森

人生ベスト。レイダ・ライウス(Leida Laius)監督三作目。アウグスト・キッツベルグの同名戯曲の映画化作品。暗闇の中で月光を反射する水面。墨のように暗い森と顔を明るく照らす松明の光。物語の舞台は19世紀初頭のエストニアの農村。タンマル農場には跡取り息子マルガスと彼の幼馴染で婚約者マリ、そして幼少期に養子としてやって来た活発なティーナがいた。三人は仲良く10代後半まで育つが、マルガスはティーナに惚れていて、嫉妬したマリはティーナが狼女であると告発する。ティーナの母親は魔女

アレクサンドル・レクヴィアシュヴィリ『The Step』行き先を知らぬ者は最も遠くまで辿り着く

人生ベスト。アレクサンドル・レクヴィアシュヴィリ長編三作目、初カラー作品。いきなり映し出されるのは狭い書斎にこれでもかと物を置いた雑多な風景だが、赤茶色のタンス、水色の壁、緑の植物という色彩の豊かさに感動を覚える。レクヴィアシュヴィリ、カラーもいけるんかい。しかも、過去ニ作とは違って都会の一部屋なのに、あり得ないほど植物に囲まれている。ナウシカの地下研究室くらい、そこかしこに植物があるのだ。主人公アレクシは植物学を専攻する学生で、冒頭で登場した家は彼が父親と継母のいる実家から

アレクサンドル・レクヴィアシュヴィリ『The 19th Century Georgian Chronicle』ジョージア、森の村を守るために

人生ベスト。アレクサンドル・レクヴィアシュヴィリ長編一作目。オタール・イオセリアーニやギオルギ・シェンゲラヤの監督デビュー作、そして『放浪の画家 ピロスマニ』で撮影監督を務めたレクヴィアシュヴィリが満を持して撮った一本。森の中にある村に青年が帰ってくる。行政による森の開拓が目前に迫り、村は青年に全てを託して送り出す。青年には病気の母親がいた。彼女は医者に"遠くの木を見ると心が落ち着くよ"と言われており、この言葉によって青年の中で森の存続と母親(の余命)が重ねられる。村は長年そ

アドルフォ・アリエッタ『炎』幻想の消防士に恋して

人生ベスト。少女バルバラは真夜中に窓辺に立つ消防士の男を幻視する。時が経ってもその幻想は彼女を捉えて離さない。バルバラは学校にも行かずに部屋にこもり、コラージュと称して消防士の"王子様"を夢想する。本作品の特徴はまず背景の奥行きがないことだろう。窓は開いていても奥は真っ暗で何も見えず、鏡ですら手前の人物しか映さず、角に置かれた椅子と壁紙のせいで直行した壁すら平坦に見えてくる。まるで、そこが世界の端であるかのような不穏さ。家の外にも一応出るが、庭と消防署前も周囲だけでマップが終

ルチアン・ピンティリエ『Sunday at Six』ルーマニア、日曜六時に会いましょう

人生ベスト。ルチアン・ピンティリエによる初長編作品。ニューウェーブを感じさせるような鮮やかかつ不気味な冒頭で、じゃれ合う若者たちを窓越しに眺める女は、隣に立つ男に"これから貴方はヨン・アンギルよ"との言葉を投げる。男はラドゥという青年で、反ファシストのレジスタンス活動を行っているらしく、指示を出した女マリアは彼の上役だった。1940年の緊迫したブカレストの街を舞台にしているが、急速な世界の変化にまるで無関心な若者たちの姿は、どこか同年代の記録のように瑞々しい。しかしそれに続く

ドン・アスカリアン『コミタス』アルメニアの美しき自然に捧ぐ

人生ベスト。19世紀から20世紀にかけて実在したアルメニアの修道士であり作曲家コミタスと、1915年にトルコで虐殺された200万人の同胞に捧げられた一作。コミタス、本名 Soghomon Soghomonian は1869年、オスマントルコ帝国キュタヒヤでアルメニア人の両親の下に生まれた。しかし、当時16歳だったという母親は産後半年で亡くなり(多くの詩を彼女に捧げている)、以降酒浸りとなった父親も11歳の時に亡くなった。孤児となったコミタスは、エチミアジンにある神学校で教育を