見出し画像

【小説(ライトノベル)】細い糸を紡いだ先

緊迫した状況

「非常に危険な状況です」
「わかった。まぁ、焦るな」
簾越しに藩主、頼嗣よりつぐと伝令が話している。
「頼嗣殿、どうするのです?焦るなと言われましても…」
「先方の要望はわかった。後は、私がなんとかする。今まで、お前らを裏切ったことがあるか?」
頼嗣は笑顔で、伝令に着た国周くにちかに応える。
「いえ、一度もございません。頼嗣殿に限って、そんな…」
「大変な状況はわかっておる。気苦労させるが、もう一度、私を信じてほしい。伝令、本当にご苦労であった。下がって良いぞ」
国周は頼嗣の笑顔を見て、目に涙を浮かべる。そして、すぐに頭を下げ、
「はっ!」
国周は謁見の間を速やかに去っていく。

頼嗣は肘掛けに肘を置き、扇子でトントンと膝の上を叩きながら想いにふける。
頼嗣は思う。
『はてさて、どうするか。この小さな藩を、ここに住まう民を守っていくには…』

コンコンと床から音がする。頼嗣は扇子に口を当て、後ろを向く。そして、頼嗣は扇子で床をトンと叩く。すると、床の下から、
「如何なさいますか。私どもは、いかようにも動く準備はできております」
「いつも、すまないな」
頼嗣はため息をついて、外を見る。綺麗な青空が広がり、庭の梅の花がより一層、綺麗に華やいでいる。
「あの、梅の花を枯らせる訳にはいかない。ましてや、この藩に住まう民を傷つけるわけにはいかぬ。また、民と共に、楽しく花見をしたいものだ。すまぬが、ネズミ、いつものを頼むぞ」
「はっ!お気をつけて」

床からコンコンコンと音がする。頼嗣は立ち上がり、謁見の間を跡にする。

忍びの家系

ネズミは屋敷の下を速やかに駆け抜け、森の中に入っていく。木をリスのように素早く駆け上がり、木々をつたって山頂の方に飛んでいく。そして、一つの洞穴のところにネズミは着地し、洞穴に入っていく。

洞穴には、黒装束の人間が5人集まって、隣の藩の地図を囲んでいる。そこに、ネズミが入ってくる。洞穴にいた一人がネズミに話す。
「頼嗣殿はいかように」
ネズミは応える。
「ウシ、お前の予想通りだ。また頼嗣殿が行かれることになった」
洞穴の5人が一斉にため息をつく。
「いつも真っ先に危険な場所に行かれるなぁ、頼嗣殿は」
「まぁ、そういう性格だ。そこはトラと似ているな」
トラはそっぽを向く。
「いつもの体制となりますか、ネズミさん」
「あぁ、そうだ。ウサギには苦労かけるが、いつもの潜入で頼む」
「はい、承知しました!」
「タツとトラと私で、頼嗣殿のフォローに回る。そして、ウシは頼嗣殿の代わり身となってくれ」
「承知!」
5人の真ん中にあった地図をネズミが巻き取り、懐に入れる。それと同時に、洞穴に銭が2枚、投げ込まれてくる。
「頼嗣殿も準備できたようだ、いくぞ」
5人は素早く洞穴を出る。
洞穴の外に出た5人は、すぐさま散らばっていく。ネズミは上を見上げ、一本の木に素早く登る。すると、隣の木に、別の黒装束の一人が立っている。
「ネズミ、大丈夫か」
「頼嗣殿、大丈夫です。今回のことは、ウサギがすでに調査していたがゆえ、準備はできておりました」
「いつも、すまないな」
「何を仰いますか。私どもは一心同体。頼嗣殿が愛する藩を、私どもも愛しております」
頼嗣はネズミの方を向いて、頷く。そして、木を伝って飛んでいく。そこにネズミもついていく。

役割を果たす

謁見の間にて、一人の伝令が入ってくる。
「頼嗣殿、今、よろしいでしょうか」
「どうした?」
「先ほどの申し上げた事態に備え、戦えるものを用意した方が良いかと思い、その承認を頂きに参りました」
「先ほど、焦るなと申したろうが…」
「はっ、確かに。ですが、民を守るためにも備えておくべきかと思います」
「お前の気持ちはわかる。だが、何の根拠もなく、民を不安にさせるのも良くない。いいか、民に気づかれぬよう、主要な者だけに、お前が直接伝えるのだ。そして、武具の手入れだけを少しずつ始めておけ、いいな」
「はっ、承知しました」
伝令が謁見の間を出ていくのを、ウシは確認して、
『だいぶ違和感無くなってきたな』と頷く。


ネズミと頼嗣が木の上から、城下町を見ている。
「頼嗣殿、今、タツとトラで街に入り込み、情報を再確認しています」
「ウサギは?」
「ウサギは、いつもの通り。城に入ることのできるよう、火遊び好きの武士に近づいております」
頼嗣は顔をしかめる。
「頼嗣殿?」
「いや、いつもすまないなぁと思ってな」
「頼嗣殿、ご存じだとは思いますが、これも忍びの役目。お気になさらずに」
頼嗣はうなずく。


ウサギが懐に刀を携えた武士と、月明かりが綺麗に水映っているお城の堀に沿って歩いている。
実次さねつぐ様、こうやって歩いているだけでも、私は嬉しいのでございます」
「私も楽しいぞ、こんな幸せなことがあっていいのかと思っておる」
「そんなぁ、でも、普通の街の娘が一緒になるのは到底…」
実次がウサギの手を握る。
「そうかもしれん、そうかもしれんが、私は愛しているのだ」
ウサギは目を潤ませて、
「実次様、私も同じ気持ちでございます」
実次が顔を近づけようとした瞬間、ウサギは目を逸らし、
「でも、武士の方々は、戦もあるのでしょう」
実次も、ハッとした表情となる。ウサギは、それを横目で見ている。
「そうだな。近々、戦になるかもしれん。だが、安心しろ。敵はこちらの奇襲で一気に落ちるだろう」
「戦はいつなのでございます?私は心配で…」
「明日と聞いておる」
「そんな突然…今まで平和に過ごしてこれたのに…」
ウサギは、堀の近くの岩に腰掛け、実次も隣に座る。
「怖いです、私。何か実次様にあったら」
「案ずるな、私は大丈夫だ」
「でも、あのお殿様が急に、なぜ戦なんか?」
「うん、私も心配ではあるのだ、あのお方が来てからだな」
「あの、お方?」
「あぁ、私もよくはわからんのだが、最近になって、信康のぶやす殿と会う参謀がいるようなのだ」
「それは、どのような方なのです?」
「さぁな、私にもわからんのだよ」
「そうですか…」
ウサギは竹筒の水筒を取り出し、お茶を注ぐ。
「実次殿、貴重な時間の時に変な話を聞いて、ごめんなさい。お茶でも如何ですか?」
ウサギは笑顔を実次に見せ、実次も笑顔で応える。
「そうだな。一杯、もらうか」
実次はウサギから竹の蓋に注がれたお茶を飲む。ウサギはその蓋を預かり、竹筒の封筒を懐にしまい、また、実次の手を握る。
「実次様、私を守ってくださいね」
そして、ウサギは実次の肩に顔を寄せる。
実次はウサギの手を強く握り、もう片方の手で、ウサギの頭を撫でながら、
「当たり前だ、私はいつも、お前の味方だ…」
実次は、ウサギの頭を撫でていた手を止め、しっかりウサギの手を握っていた方の手をゆっくりと解く。そして、両手ともにウサギから離れる。
ウサギはそっと、実次を地面に寝かせる。そして、ウサギは、その場を去っていきながら、
『うーん、その参謀の正体がわからないなぁ。まぁ、でも、やるしかないかぁ』
ウサギは、自ら服装を少し乱れさせ、そこから1番近くの門番のところまで走っていき、
「すみません、お侍さん」
門番の武士2人がウサギの方に顔を向ける。
「どうした?ん、お前さんは、確か実次殿の女では?」
「あっ、はい。それで、実次殿が酔ってしまわれたみたいで、どうにか運んでいただけませんか?」
「はぁ、何をしているんだ、実次殿は」
ウサギは、門番の武士2人の手をとり、
「申し訳ございません。お願いできませんか」
門番の武士2人は顔を見合わせ、
「うーん、仕方ないかぁ」
「すみません、お願いします」
門番は、ウサギが指差した方向で寝ている実次を確認して、走っていく。
その隙に、堀の水の中で潜っていた、頼嗣、ネズミ、トラ、タツが素早く掘りを上り、ウサギしかいない門のところに入っていく。


城の中に入った4人は、物陰に潜み、そこでネズミは地図を広げる。
「頼嗣殿、この時間帯では月明かりがよく照らされておりますので、影が強い部分を使って忍び込みます」
頼嗣はうなずく。トラとタツは周りの様子を見て、頼嗣とネズミに手招きをする。そして、4人全員が影の強い部分を伝いながら、走っていく。城の中の門番は、その4人の走る音に気づくものもいるものの、はっきりと何がいるのかわからず、素通りしていく。
月が登っている逆の方向に辿り着いた4人。タツとトラは下で周囲の状況を見ながら、ネズミが素早く城の壁に上り、窓から潜入して道を作る。それを見て、頼嗣はネズミの後に続く。
城の中に入った頼嗣とネズミ。城内は静かで人の気配がしない。
「ネズミ、なぜ、こんなに兵が緩いのだ?」
「戦の準備をしており、主要なものが城内にいないことが大きな要因です。逆に言えば、このタイミングしかございません」
ネズミは上の方を指差して、頼嗣はうなずく。そして、二人は一気に階段を駆け上がる。

最上階まで辿り着いた頼嗣とネズミは、さらに上、天井の板を外して、屋根裏の空間に入っていく。
頼嗣とネズミは屋根裏を匍匐前進していく。
『それにしても、あまりにも人の気配がない。これは罠か』
ネズミの進むスピードが遅くなり、頼嗣もその変化に気づく。ネズミは辺りを見回しつつ、耳にも神経を集中させるため、目を瞑りながらゆっくりと進んでいく。
『音もしない。するのは頼嗣様の進む音のみ。トラとタツ、そしてウサギの調査が身を結んだ、ということか』
ネズミは全神経を集中させながら、目を瞑りながら確実に信康の寝室に向かっていく。

戦わずして勝つ

信康の寝室の上まで辿り着いた頼嗣とネズミ。ネズミがゆっくりと天井の板を外す。そこから部屋の中を覗くと、寝ている信康がいる。
「頼嗣殿、信康は刀の扱いに長けていると聞きます。十分にお気をつけください」
頼嗣は頷き、天井の隙間から信康の寝室に、ほとんど音を立てずに飛び降りる。
『さすがだな。頼嗣殿は』
ネズミは頼嗣が降り立ったのを確認して、すかさず煙玉を天井にぶつけ、寝室の中に煙を蔓延させる。
「ゴホッ、なんだ」
信康が刀に手を置いて、起きあがろうとした時、
「信康殿」
と、頼嗣が信康に話しかける。
「な、何事か」
信康がまさに刀を抜こうとした時、ネズミが飛び降り、信康を後ろから羽交締めにして、クナイを信康の首筋に立てる。
「くっ、こ、これは」
「信康殿、この無礼、許してほしい。ただ、話を聞いてほしいだけなのです」
「お前は、誰だ」
「信康殿が攻め落とそうとしている藩主、頼嗣でございます」
「な、なに?」
少しずつ煙が薄くなり始め、ぼんやりと影が見え始めた時、
「ほ、本当に頼嗣なのか」
「はい」
「なぜ、藩主がいきなり目の前にいるのだ」
「それは、私がどうしても直接、信康殿に話したいことがあるからでございます。特に、なぜ信康殿は、我が藩を落とそうとお思いになったのでしょうか」
「な、なぜ、それを知っている?」
「私どもの藩は、とても小さい。ですが、舐めてもらっても困ります。小さくても住まう民を守るために、幾つもの努力を重ねております。さて、なぜ、私どもの小さな藩を落とそうとお思いになったのでしょう?」
ネズミはより一層、力を込めて、クナイを突き立て、わずかながらに首筋に切り傷を入れていく。
「わ、わかった。お前のところは海が近い。その海を今後、活用していくことが必要だからだ」
「それであれば、協力要請等していただければ、私どもは応じる所存です」
「な、なに?其方は、その要請に反発したではないか!?」
頼嗣は顔をしかめる。
『何だと?そのような要請は届いていない。私どもの家臣が裏切ったか。いや、裏切って何のメリットがあるのだ?それとも、誰か信康殿に入れ知恵を働かせたか』
「お前が反発し、戦も起こしかねないと言ったからだ」
「信康殿、私は反発などしておりません。ましてや、そのような要請すらも届いておりません。何かのお間違いではないでしょうか」
「何を言う?お前は、私の部下を蔑むのか」
「滅相もない。信康殿が築き上げてきた藩は、とても素晴らしく、民衆も幸せに暮らしていると聞いており、見習うべき点が多いと常々、感動しております。それも信康殿の人格がなせることなのでしょう」
「そ、そうか」
頼嗣は、膝を立てる。
『ここだ』
「信康殿、改めてお願いしたい。私は信康殿の藩を落とそうなどとは思っておりません。だからこそ、無礼とは思いつつも、このように直接、お話にお伺いした次第です。今一度、お考え直していただき、兵を納めていただきたい。また、海の活用につきましては、直接、ご相談いただければ、前向きにお話ししたいと存じます」
頼嗣は、素早く立ち、一瞬で信康の目の前に座り、一通の書状を目の前に差し出す。
「これは、私、頼嗣の直接の書状でございます。ご確認いただきますようお願いいたします」
そう言って、頼嗣は一気に屋根裏まで上がっていく。それに続いて、ネズミも屋根裏に上がり、天井の板を元に戻す。
信康は咳き込みながら、
「一体、何なのだ」
と薄煙の中、足元の書状を読み、手を顎の下に添える。
『確かに、あの姿は頼嗣殿だった。あの話し方も』
信康はそのまま枕元で胡座をかいて考え込む。

その様子を寝室の外から、信康の参謀・道兼みちかねが見ている。
「なるほど、厄介な藩だな、あそこは」
道兼は、そっと信康の寝室から離れていく。


鳥の囀りが聞こえる中、頼嗣は謁見の間で肘をついて、梅の花を見ている。
そこに、一人の伝令が入ってくる。

「頼嗣殿、今、よろしいでしょうか」
「どうした?」
「はい、信康殿の兵が下がっていくとの報告がありました」
「そうか、良かったな、戦にならなくてすみそうだ」
「はい、それにしても、なぜ、急に兵が下がったのかがわからないとのことで」
「まぁ、良いではないか。戦がなくなったのだ。緊張していた兵や武士に伝えておいてくれ」
「はっ!」

伝令は出ていく。そして、頼嗣の床の下から、コンコンと音がする。
頼嗣は後ろを向き、扇子を口にあてがう。
「どうした、ネズミ」
「少し気になることがあります。信康殿の説得の際、誰かもう一人の気配を感じておりました」
「そうか」
「はい。入ってきても、あの興奮を抑える薬を入れた煙の中では、そう大きな争いにはならないと判断しておりましたが、もしかすると、ウサギの言っていた参謀の可能性があります」
「その参謀が、今回の…」
「その可能性は大いにあるかと」
「わかった、引き続き、調べてくれ。ただ、気をつけてな。危ないと思ったら、逃げてこい」
「はっ!」
床の下から、コンコンコンと音がする。

外では、梅の花が咲く木の枝に、鶯が止まって、囀りを奏でていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?