20221107

 長崎は晴れていた。朝から空港へ向かい、東京へ戻る。羽田や成田と比べれば蟻と象ほどにスケールが異なる。保安検査の列の手前で家族や親族らしき人々が別れを惜しむように歓談していた。わたしたちは中年と老境の親子なので、外から見ればまた違う気もするが大学の時に実家を出て以来、いくつになっても別れの感覚は同じような気がする。一人で暮らした時間の方が、もう家族で過ごした時間よりも長くなってしまった。「年に一回は帰ってこい」と父に言われ、あいまいに頷きながらばあちゃんによろしく、と伝言して保安検査のゲートに向かった。荷物をカゴの上に置いて、背後の両親に手を振った。
 薄い雲が広がってはいたが東京も晴れていて、暖かかった。空港から京急線に乗って帰路に就いた。ドラムバッグやスーツケースを持つ人々は品川で散り散りになり、東京の日常的な風景の中にわたし自身も紛れた。ハイデッガー『言葉についての対話』(高田珠樹訳、平凡社ライブラリー)を読んだ。九鬼周造のいう「いき」がヨーロッパの美学として説明される違和感から、日本語と西洋的な思想の関係性や、言語あるいはこと・ばが表象するものについての洞察はとても刺激的な内容だった。

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