「反事実的思考」がクリエイティビティを高める
「反事実的思考」とは?
「あの時、○○していたら、今頃は・・・」や「あの時、○○をしていなければ、今頃は・・・」といった、実際の事実とは別の結果を想像することを「反事実的思考」といいますが、これには2種類あります。
1つは、加算的思考です。例えば、「もし傘を持っていれば、雨に濡れることはなかっただろう」と考えることで、実際の事実に新たな要素(「傘を持つ」)を追加して考える思考法です。
もう1つは、減算的思考です。例えば、「もし雨が降らなければ、雨に濡れることはなかっただろう」と考えることで、実際の事実からある要素(「雨が降る」)を取り除いて考える思考法です。
この2種類の「反事実的思考」のうち、どちらがクリエイティビティを高めることに役立つでしょうか。それを検証した研究がありますので、次に紹介します。
クリエイティビティを高める思考法
米オハイオ大学心理学部のキース・D・マークマン博士らは、参加者に過去のネガティブな出来事を思い出してもらう実験を行いました。実験では、参加者を2つのグループに分け、過去のネガティブな出来事を思い出す際に、1つのグループには、「加算的」な反事実的思考を、もう1つのグループには、「減算的」な反事実的思考をするように指示しました。具体的には以下のようなイメージです。
過去のネガティブな出来事として、「重要な取引先とのミーティングで、大事な説明資料を持参するのを忘れたこと」を思い出したとします。
この出来事を、加算的な反事実的思考で考えると、
「もし、説明資料を持参していれば、今頃、大きな契約を獲得できただろう。」
となります。
一方、この出来事を、減算的な反事実的思考で考えると、
「もし、説明資料を忘れなければ、今頃、大きな契約を獲得できただろう。」
となります。
このように過去のネガティブな出来事を思い出してもらった後、全参加者に、クリエイティビティと論理的思考力を試すテストを受けてもらいました。前者は、新しいアイデアを考えるテスト(英語の言葉遊びのゲームなど)で、後者は、論理的な問題を解決するテストです。
その結果、次のことがわかりました。
・減算的思考をしたグループは、論理的思考力のスコアが、加算的思考をしたグループよりも高かった。
・加算的思考をしたグループは、クリエイティビティのスコアが、減算的思考をしたグループよりも高かった。
この実験結果について研究者らは、減算的思考は、既存の物事の関係性やプロセスを論理的に考えるのに有用である一方で、加算的思考は、新たな追加要素を考える過程が思考を拡散させ、新しいアイデアを生み出すのに役立つのではないかと考察しています。
つまり、過去の出来事を加算的に考えることが、クリエイティビティの向上につながる可能性があるということですね。
「反事実的思考」と心理的距離
社会心理学には「心理的距離」という考え方があります。例えば、明日の予定なのか、1年後の予定なのか(時間的距離)で、私たちの考え方、心構えは変わってきますし、地元で起きた事件なのか、遠い外国で起きた事件なのか(空間的距離)でも同様です。私たちは、心理的距離が近いほど具体的に考え、遠いほど抽象的に考えることがわかっています。
「反事実的思考」は、過去の出来事を振り返って考えることになるので、当然、心理的距離(時間的距離や空間的距離)が遠くなります。そして、心理的距離が遠くなる方が、クリエイティビティが高まることが、米インディアナ大学心理・脳科学部の李博士らの研究で明らかになっています。
この研究では、参加者(大学生)に、「交通手段」を思いつく限り挙げてもらい、そこで出たアイデアの数や独自性から、クリエイティビティを評価しました。ただし、この課題の前に、参加者の心理的距離が、以下のような些細な方法で操作されました。
1つのグループは、この課題は海外(ギリシャ)で作成されたものだと伝えられ(心理的距離が遠いグループ)、もう1つのグループは、この課題は地元(インディアナ大学)で作成されたものだと伝えられました(心理的距離が近いグループ)。
分析の結果、心理的距離が遠くなるように操作されたグループの方が、クリエイティビティの評価が有意に高いことがわかりました。
ここまでの研究結果を併せて考えると、心理的距離が遠くなる「反事実的思考」は、クリエイティビティを高めるのに適しており、中でも、加算的思考が最も有効であることが示唆されます。
過去の出来事をネガティブな気持ちで反芻することは、メンタルヘルスにとって悪影響ですが、加算的思考を意識しながらあえて振り返ることは、心理的距離を遠くする効果も加わって、クリエイティビティの向上には役に立つということですね。
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