仕事の「ひと工夫」でメンタルを改善する
働くことの意味を実感しづらい時代
今の時代、働くことの意味(meaning of work)を実感することが難しくなっていると言われています。その理由の一つとして、仕事の複雑化が挙げられます。経済が右肩上がりで伸びていた時代は、物質的な豊かさを得たい、生活水準を欧米諸国のように上げたいという明確な目標がありました。しかし、今の時代は、生活水準が高まり、社会が豊かになった分、目標がわかりづらくなってしまいました。そして、特に大企業が扱う仕事はどんどん高度化、複雑化し、ひとつの仕事が完成するまでの工程に、多くの人が関わるため、自分がやった仕事がどう成果につながっているか、見えにくくなってしまったのです。そうなると、自分の仕事が本当に付加価値を生んでいるのか、誰のどんな役に立っているのかが実感としてわからず、働くことの意味を実感しづらいという状況が生まれるわけです。
それでも、終身雇用制度を前提とした働き方が成り立っていた時代は、仕事そのものの意味よりも、その会社に所属して働いていることが重視されてきましたので、「会社のために頑張ろう。」というモチベーションが湧きやすかったのですが、終身雇用制度の実質的な崩壊により、会社との長期的な関係を考えることが難しくなってしまうと、社員の関心は、会社よりも、「仕事そのものの意味」に向かうことになります。しかし、上述の仕事の複雑化により、社員は「今ここで、この仕事をする意味」を感じにくくなっています。つまり、これまで終身雇用が覆い隠してきた問題が浮き彫りになってきたということですね。
では、社員はどうしたらいいのか。
・部署の異動を申し出る
・副業に活路を見出す
・転職する
・趣味に生きる
など、色々あると思いますが、「もう少し今の仕事でできることはないのか」という視点で考えると、仕事のやり方や、職場の人との接し方、そして仕事に対する考え方を工夫する「ジョブ・クラフティング」という方法があります。
ジョブ・クラフティングとは?
「ジョブ・クラフティング」は、 働く人が自ら、仕事に新たな意味を見出したり、仕事内容の範囲を変えたりすることです。つまり、「やりがいを持って働けるように、働き方を工夫する手法」といえます。そして、ジョブ・クラフティングは、次の3つに分類することができます。
① 仕事のやり方の工夫
これは、本来決められている仕事の手順や範囲を自分で変えることです。もちろん組織の一員なので、勝手に大きく変更することは難しいですが、どんな仕事でも、「自分で変えられるスペース」が必ず存在します。例えば、今までやっていた仕事の順番を入れ替えてみて、どちらが早く完了するか、ストップウォッチで計測して比較してみる、などです。スピードを自分で「見える化」するだけで、ゲーム感覚を醸成でき、確実にモチベーションが上がります。
② 周りの人との関わり方の工夫
これは、同僚や顧客といった他者との関係性を増やしたり、その質を変えるための工夫をすることです。例えば、あえてあまり話したことのない、隣の部署の先輩にアドバイスをもらいに行く、などです。
③ 仕事に対する考え方の工夫
これは、自分の仕事の目的や意味を捉えなおすことです。例えば、普段の自分の仕事は、究極的には、誰のどんな役に立っているのかを考え、そのシーンを強く想像する、あるいは、実際にその現場を自分の目で見てみることで、自分の仕事に対する捉え方が変わる可能性は十分にあります。
そして、様々な研究結果から、ジョブ・クラフティングを実践している人は、仕事への活力が高く、心理的なストレスが低く、健康やパフォーマンスにも良い影響があることがわかっています。
また、オランダのエラスムス・ロッテルダム大学心理学研究所による、化学工場の従業員288人を対象にした研究では、「ジョブ・クラフティング」を実践している度合いが高いほど、働きがいや仕事の満足度が高く、バーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクが低い可能性があることがわかりました。
仕事の「ひと工夫」の実践例
では、このジョブ・クラフティングの完璧な実践例を一つご紹介します。2016年にハーバード大学経営大学院(MBA)のケーススタディにも採用された有名な事例です。
それは、東北新幹線等の車両清掃業務を担い、7分という世界最速のスピードで完璧な清掃をすることで注目を集めている会社、株式会社JR東日本テクノハートTESSEIの事例です。この会社は、「テッセイ」の愛称(旧社名の鉄道整備株式会社に由来)で親しまれており、2013年には、経済産業省主催の「おもてなし経営企業選」50社に選出されています。
その凄さは、“魅せる清掃”と呼ばれる清掃技術ですが、それだけではなく、礼儀正しさ、新幹線の乗客へのきめ細かなサービスにも定評があります。
この会社の社員は、比較的シニアの女性が多く、新幹線の車両のお掃除がメイン業務ですが、
という強い認識とプライドを持っています。
ある社員のシニア女性は、この仕事を始めたとき、娘さんにこう言われたそうです。
また、旦那さんからは、こう言われそうです。
しかし、この仕事を始めてしばらくして、本人は、こう言っています。
トップダウンによる組織変革の成功による部分が大きいとはいえ、地味な清掃業務を担う現場の一人一人の社員が、自分たちの仕事をこのように捉えられることは驚きですし、まさにこれはジョブ・クラフティングのお手本のような事例です。
さらに、驚きなのは・・・。
彼女らにとって、新幹線のトレイ掃除は難易度の高い仕事で、それを任せてもらえることは「認められた証」であり、名誉なことなのです。
詳しくは、ぜひ、元早稲田大学教授で、元欧州系戦略コンサルファーム、ローランド・ベルガー日本法人代表の遠藤功さんの『新幹線 お掃除の天使たち 「世界一の現場力」 はどう生まれたか?』(あさ出版)を読んでみてください。どんな仕事でもジョブ・クラフティングは可能だと必ず思えます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?