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楽園 | ep.2 陰陽


僕にとって、女の子と遊ぶことはいつの間にか容易いことになっていた。



けれどそれと同時に、
人に対する愛が少しずつ失われていくのにも、薄々気づいていた。


だからいつも通り、彼女にも特別な感情は湧かなかった。

他の女の子と同じだった。

彼女はそれに気づいていて、

あの日の夕方、
僕の家でテイクアウトしてきたハンバーグ弁当を向かい合って食べていた時に、ふと言った。


「君にとって私は、このグリンピースなんだろうね。」



彼女はそう言ってグリンピースを口に入れた。




僕はふっと笑ったけど、何も言わなかった。


たいして、気にしていなかった。




けれどなぜか、その夜に彼女が言った、
「時間を止めて」
の一言が、忘れられなくなってしまった。


彼女がいなくなった朝から、

僕はひたすら、時間を止める方法を探し始めた。


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次に僕が思い付いた方法は、陰と陽の境目に立つことだった。



別に何かで、
この方法が時間を止めると聞いたわけではないけれど、



影と光は表裏一体で、

その境目では何か特殊な力が働くのではないかと思ったのだ。




僕は陽の傾きに備えて、午後3時に家を出た。


イヤホンを耳にさし、音楽を再生した。


最近ハマっているアーティストをまとめたプレイリストを、シャッフル再生でかける。



一曲目にきたのは、nekuraという曲だ。


この曲は王道のラブソングという感じの歌詞に、オルタナティブなメロディーが心地よい。


普段あまり王道のラブソングは好まないのに、
なぜかこの曲だけは聴き入ってしまう。


僕は川沿いの並木路を、曲のテンポに合わせて歩きながら、彼女を想った。



会いたいけれど、会ってはいけない気がする。

居場所も分かるけれど、このひとつの大きな任務を果たすまでは、会ってはいけないと思う。


この事を彼女に話したらなんて言うだろう。

まさか本気にしたの?って優しく笑うだろうか。



そんなことを考えていたら、道沿いにサンドイッチ屋を見つけた。

おじいさんとおばあさんが経営している、街の小さな店だ。


僕は朝から、
昨日スーパーで買った残りの春雨サラダしか食べていないことに気がついて、
無性に空腹を感じた。

サンドイッチを買っていくことにした。

店の中に入ると、おばあさんが笑顔で「いらっしゃい」と言った。


僕は「こんにちは」と言い、ショーケースに入ったサンドイッチを眺めた。


どうやら人気の店のようで、売り切れが多くあった。


僕は残っていた照り焼きチキンたまごサンドと、紙パックの牛乳を買った。


「これください」と僕が言うと、おばあさんはやはり優しく、「ありがとう」と微笑んでいた。


手にビニール袋を下げて、店を後にし、再び街のほうへ向かった。




銭湯の脇にある、今はもう使われていない古びたビルの前についた。

僕が向かっていた先はここだ。


このビルの裏側にまわると、立ち入り禁止の貼り紙がある階段があって、

その階段を上まで登ると、屋上に出ることができる。


ここは、数年前に友達と見つけた場所で、

今でもよくここで暇つぶしをしている。

僕はいつものように階段を登り、屋上に出た。


家を出た時よりは、陽が傾きはじめていた。


とりあえず腹ごしらえだと、屋上の真ん中に座って、サンドイッチをほうばった。



おいしくて、あっという間に食べ終わってしまった。

最後に牛乳をストローで吸い干すと、
僕は実験を始めることにした。


時刻は4時近い。

この屋上では、この時期にこの時間になると、
ちょうど屋上の半分が太陽に照らされ、もう半分が影になる。



僕はその境目に立ち、4時になるのを待った。

あいにく、腕時計は壊してしまっていてないのだが、

きっと時間になれば何かが起きるから、大丈夫だと自分を信じた。



その時が来た。

陰と陽の境目が、屋上を二つに分けた。

僕はその境目にしばらく立っていた。

そして、街を見下ろした。



すると、少し遠くに、
先ほどのサンドイッチ屋のおばあさんが、″サンドイッチ″と書いてあるのぼりを店の中にしまっているのが見えた。


僕は落胆した。

また失敗したのだ。


何の根拠もないなら、失敗して当たり前なのだが、僕はなぜかいつも成功を信じている。



僕はしばらく同じ場所に立って、街を眺めていた。

街はいつもと変わらず、そこにあった。



僕は、屋上の隅に置いておいたサンドイッチのゴミを拾い、


猫の待つ家へと帰った。

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