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【弁護士相談室#3】なぜボス弁は仕事をしないのか?~法律事務所のライフサイクル

若手弁護士や就活生からの質問を素材に、弁護士のキャリアの話題などを中心に考えてみるシリーズです。内容は備忘録のようなものです。今回は、

うちのボス弁は、イソ弁(私)に仕事を押し付けて、ゴルフや会食ばかり行っていて、全然仕事をしていないように見えます。こんな事務所は早く出たいと思っているのですが、世間にはそういったボス弁が多いのでしょうか?

というテーマについて、コメントしたいと思います。これは弁護士数名程度の伝統的な法律事務所を想定した場合ですが、答えから言うと、そういうボス弁も多い、と思います(もちろん、全員がそうということもなく、自席でずっと起案しているタイプのボス弁もいるとは思います)。そして、このことは、現在の法律事務所のライフサイクルから構造的に生じる、普遍的な現象ともいえるでしょう。

近時は、ウェブ集客等をベースとして組織化する事務所も増えてきており、少しづつ状況は変わりつつありますが、ここでは、従来の伝統的な日本の法律事務所を想定して、そのライフサイクルを紹介してみます。

1.日本の法律事務所の実情

最近でこそ、大手事務所の人数がかなり増え、新人弁護士の相当割合がいわゆる四大や準大手、新興系大手に就職するようになりました。ただ、少なくとも現時点では、法律事務所の数でみると、弁護士1名から数名程度の小規模な事務所が主流です。日弁連は、毎年、日本の弁護士活動に関する詳細な統計情報を「弁護士白書」として公表していますが、2021年版の事務所数のデータは以下のとおりでした(※弁護士数ではないことに注意)。

弁護士白書2021年版より

上記を見ると、弁護士5人以下の法律事務所が約9割以上を占めていることが分かります。この状況は、過去からそれほど変化はありません。

2.伝統的な弁護士のキャリア

ここで、日本の伝統的な弁護士のキャリアスタイルを考えると、以下のようなものであったのではないかと思います。

① ボス弁のいる事務所で勤務弁護士(イソ弁)として修業
② 経験を積んで自分の顧客が少しできたあたりで独立(一人事務所)
③ 事務所運営が軌道に乗ってきたところで自分のイソ弁を採用
④ 知り合いの弁護士と共同経営化して事務所拡大

分岐点は②と③あたりにあって、多くの人が自分で経営するところ(②)までは行くものの、イソ弁を雇うかどうかで選択が分かれ、③に進むのが数割、さらに④に進むのがその数割、というイメージなのかなと思います。

独立という形態をとらずに、知り合いの弁護士と一緒に独立して共同事務所を立ち上げるという場合もありますが、経費共同で独立採算型をとるようなことが多く、実質は一人事務所のようなもの(②)ということも少なくないと思います。親族だけで構成する事務所というのもありますが、これも実質は一人事務所に近いと思います。

司法制度改革以後は弁護士人口も増え、大手事務所でキャリアを積むことやインハウスの選択肢などもかなり一般化してきましたので、ルートは多様化してはいるものの、上記のような事務所の規模別の分布を見ても、また周囲を見渡してみても、現在でも①→④は典型的なルートであり、今後もそうは変わらないのではないかと思います。

3.イソ弁を採用する理由

こうした、いわゆる伝統的な弁護士のキャリアを前提に考えてみたとき、イソ弁を採用する理由はどのようなものでしょうか。

色々な状況や考え方もあるでしょうが、依頼される仕事が増えて、自分一人では業務が回らないから、というのが一番の理由でしょう。経済的に見れば、給料はもちろん様々な経費もかかりますし、人が増えると事務員さんも必要でしょうから、その給料もあります。それを十分に賄えるだけの受任案件数の見込みが必要になります。しかもこれは固定費で恒常的に発生しますので、それを超えて自分の収入も安定的に確保しないと、自分が生活していけません。イソ弁を採用するためには年間売上がどの程度なければならないか計算してみると、そう簡単ではないことが分かります。

共同経営化すれば、イソ弁や事務局の人件費を共同分担することができかなりリスクは低減できるわけですが、そうしたとしても、従業員数が少ない中小企業以下の事業体ですから、経済的には結構シビアです。

(なお、最近は、機械的に集客をして(ここにノウハウがある)、イソ弁をむしろ事件処理係とし、ボス弁がそれを取りまとめる形態の事務所がチラホラと出てきています。その前提として、受任業務を特定類型(比較的定型的な事件)に限定することを伴う傾向があるので、様々な法律知識を駆使して事件に取り組むという従来型の弁護士のスタイルとは異なっていて、非弁提携のブローカーが事件に困った弁護士を食い物にするようなイメージがありますが、最近はそういう風潮もなくなってきたのかなと思います。)

4.仕事をしないボス弁

そこで今回のテーマですが、イソ弁を雇うようになったボス弁(③)は、弁護士会か何かの集まりか分かりませんが、昼は会合に出かけていくばかりで、平日週末を問わずにゴルフに行き、夜は会食ということで6時には出て直帰という生活を送っている人も少なくありません。

ボス弁が割と自分の手を動かす事務所もありますが、そういう事務所は大抵、ボス弁がワーカホリックなタイプで、イソ弁はそれ以上に忙しいということもあります。

こういう状況になると、イソ弁からみると、ボス弁は仕事をしていないでサボってばかりではないか、という不満が溜まることがままあります。我々は搾取されているのではないか、実際に仕事をしているのは俺たちだ、何ならボス弁の法律知識も最近少し怪しいぞと、そういうことで不満が溜まり、自分の依頼者を作るように動きはじめ、準備ができたら独立する、ということになります(②の段階)。

ボス弁も、内心では、イソ弁はいつかは独立する可能性があると思っているので、業務に支障が生じない範囲のことはやるとしても、必要以上の自分の時間を割いて教育をするインセンティブは働きません。「勝手に見て学べ」というのがまあ多くの人のスタイルかと思います(これを体よく言い換えたのが「OJT」というわけです)。

5.ボス弁になったイソ弁

ところが、独立してボス弁になったイソ弁は、意外と暇だったりして危機感を覚え、やはりクライアントを獲得するためには営業活動や人脈作りが何より必要ということを再認識するわけです。ボス弁がああして熱心にゴルフの練習をしたり、ガイドブックで名店をチェックしたり、会務で弁護士会に入り浸っていたのは、半分は趣味だけども、実は、仕事の一環でもあって、それを怠ると既存のクライアント(特に依頼者を紹介してくれるようなクライアントや先輩弁護士)が離れていくし、新しいクライアントを獲得するということが難しいことに段々気が付いてきます。

そのあたりの勘所が分かった新ボス弁(旧イソ弁)は、自分のボス弁のやり方を真似て、より積極的に営業活動も行うようになって、依頼者を集めるようになり、段々と忙しくなってきます。そうして売上が立つようになると、時間が足りず、そろそろ手伝ってくれる人が欲しいと思うようになり、イソ弁(新イソ弁)を取ろうかと考えることになります(③の段階)。そして、新イソ弁を取れば、その頃には、自分の年齢も上がってきてますので、手を動かす仕事はできれば若手のイソ弁君に任せて、自分は対外活動に専念したいというようになります。

そうなると、まさに以前の構造と同じになるわけで、今度はその新イソ弁に不満が溜まっていき、同じ道をたどることになります。

大体、歴史はこの繰り返しです。

6.共同事務所の選択肢

ボス弁も、イソ弁を取っては独立、取っては独立、ということを繰り返しているだけでは、加齢とともに次第に自分の競争力も失われ、だんだんと暇になっていきます。その頃には稼ぎ切っていて引退するまで悠々自適生活という人もいるとは思いますが、中には拡大志向を持つ人もいて、永続性を持つ強い組織になることを目指そうと考えたりします。そこで、同じ意識を共有化する他の弁護士のメンツが揃えば、共同事務所を立ち上げるという選択肢(④の段階)も出てくることになります。

ボス弁とイソ弁の関係性が良好であれば、イソ弁が組織内でそのまま力を付けて、そのまま事務所インフラを利用し、ボス弁(パートナー)として経営側に入る形で共同事務所化する、ということも実現する場合があります。

もっとも、弁護士はもとより自己主張の強い人達ですから、事務所の経営方針を巡っては、少なからず意見の対立が生じます(多いのはお金の問題、例えば、事務員さんやイソ弁をどっちが多く使っているのに費用負担がアンバランスとか、そんな話です。)。そして、共同経営事務所を立ち上げたものの、方針が合わずに分裂する、ということも頻繁に生じるわけです。運よく共同経営者の方針が合致して、この時期を乗り越えることができれば、もう少し永続性のある事務所になっていくことになります。

ここから先の分岐点もまだまだあるわけですが、多くの事務所はこの辺りでとどまっているのではないかと思います。

7.まとめ

イソ弁から見て、ボス弁の仕事ぶりには不満があることは多いと思いますが、ボス弁は依頼者との接点を保ち、新規の依頼を獲得していくことに軸足を置いており、イソ弁は実際に依頼された案件に対応するということが役割とされているということで、要するに、仕事のフィールドが少し違うということかもしれません。

なお、一定程度の割合で、仕事も営業活動もバリバリの先生も沢山いますし、依頼者に恵まれて何ら対外活動をしなくても仕事がどんどん来る先生もいるでしょうから、上記はあくまで一例、ということになります。

【自己紹介】

私の自己紹介については、以下のページにまとめておりますので、こちらをご参照ください。連絡先は、後記のとおりです。

Eメールでの連絡先:
info@sparkle.legal
事務所連絡先:
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町2-105 ワテラスアネックス1205 
スパークル法律事務所
TEL: 03-6260-7155

(了)

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