今日のグラグラ ―ショートショート―

お題「さみしさの元」
(お題提供者 torika さま)



 ぼくにはグラグラというともだちがいる。

 グラグラは、ぼくの中にいる。

 グラグラ。

 グラグラゆれる、ぼくの前歯。

 ぼくはこいつをグラグラって名付けた。

「あら、ユウくん、前歯抜けそうなの?」

 おひる休みに、えみセンセーは言った。ぼくは「うん」って答えた。えみセンセーはそれから、「それが抜けたら大人だね」とにっこり言った。ぼくはセンセーにチョップした。

「えみセンセーの人ごろし!」

 ぼくはそう言ってにげだした。えみセンセーは「え?え?え?」ってハテナをあたまの上に作ってた。えみセンセーは人ごろし。グラグラをころそうとする。でもグラグラは人じゃないから、ええっと、歯ごろしだ!

 歯ごろしのえみセンセーは「そういう言葉を使っちゃいけません!」っておこるけど、ぼくはしってる。大人はヒキョウだ!やさしい声でグラグラをころそうとするえみセンセーはよくって、グラグラを守ろうとするぼくがおこられるのはぜったいにおかしい。大人はヒキョウ!

 せかいは、ヒキョウな大人だらけだ!

 その日、ぼくが帰るとお母さんは「前歯抜けそうなのね」と言った。ぼくは「もしかするとお母さんも敵かもしれない」と思った。そう思うと、お母さんのあたまの上に角が生えているように見えた。ついでに、大きなキバも生えてる。

「お父さん帰ってきたら抜いてもらおっか」

「やっぱりお母さんも歯ごろしだー!」

 チョップ!お母さんは「あいたっ」とあたまをおさえて、「なにするの」とおこってきた。やっぱりだ。やっぱりお母さんも歯ごろしだった。もしかすると、せかいは歯ごろしであふれてるのかもしれない。

 歯医者さんが大ボスで、その下にえみセンセーとかお母さんがいる。きっと、いっぱい歯ごろしがいるはず。

 ぼくはにげる。二かいにあるぼくのへやへ!

「こら、待ちなさい!」

 歯ごろしのお母さんが追ってきたからぼくはいそいでかいだんをのぼったから、お母さんは大きいからきっとすぐにのぼってくるから、ぼくはいそいでかいだんをのぼった。

「あ、こらユウくん、階段で遊んじゃ怪我するよ」

 そんなお母さんのこえもムシしてぼくはかいだんをえっちらおっちらのぼった。のぼってのぼって、

「あっ」

 こけた。

 かいだんをふみまちがって、なんだかよくわかんないたいせいになっちゃって、足がズルってなって、ごっつんってかいだんにあたまぶつけて、ずるずるっておちちゃって、お鼻いたくて、お母さんが「あー!」ってさけんでて、でもお母さんにつかまったらグラグラがころされちゃうからおちたくないけど、でもおちちゃうからぼくも「あー!」ってさけんで、そしてかいだんをおちた。

 ずるずるーって、しゅわっちのたいせいのまま、うしろむきでおちた。

 そんなぼくをお母さんがキャッチした。かじばのばかぢからだ。

「もう、ユウくん、あんたあぶないでしょ。あー、ほら、おでこ擦れてるじゃない。あ、ここも」

 おでことかお鼻とかうでとかいたかったけど、でもぼくはグラグラを助けるためににげなくちゃいけない。お母さんの手からにげようとじたばたしてると、かいだんの上のほうできらって光るなにかがあった。

「あ」

 あ、って言ったぼくの口はなにかがおかしかった。

 すーすーする。

 まどでもあいてるみたい。

 ぼくはじぶんの口をさわってみた。


 グラグラが、いなかった。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 かいだんの上で光ってるのは、きっときっと……!

「ユウくん、どうしたの、痛かったの?」

 ぼくはたらたらとナミダがながれて、「うお-!」と叫んだ。なんだかおむねがとってもいたくて、おなかのなかがきゅーってした。ぼくの前歯にはもうグラグラはいない。グラグラは今、かいだんの上でしくしくないていた。

 グラグラは、しんんじゃった。

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!うああぁぁぁぁん!!!」

「あー、ほらほら痛かったねー、痛かったねー」

 お母さんはやさしくぼくのあたまをなでたけど、でもぼくはしばらくないていた。


 つぎの日、ぼくはグラグラのおはかを作った。



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