深い穴 ―ショートショート―

 むかし、ある村の外れで、穴を掘り続ける男がいました。

 村の人が気づいた時には人ひとりが入るほどの穴が地に空いていましたので、誰もいつから彼が穴を掘り始めたのかを知る者はいませんでした。そして村の誰も、男の名前を知りませんでした。しかし誰も知ろうとは思いません。

 彼のことは遠巻きに「穴スケ」と呼ぶことにしました。

 穴スケは朝も昼も夜も掘り続けますが、やはり村の人々は「穴スケがまだ愚かなことをしている」と言うだけで、誰も気にはしませんでした。せいぜい、酒の席で穴スケの話を「愚かだ愚かだ」と酒の肴として笑うくらいのものです。

 穴スケは村の外れで穴を掘っていますので、誰の迷惑になることもありません。また、穴スケの方から村人たちに協力を求めることはありません。村の人々は「放っておこう」と言い合います。

 そして村で収穫祭を行っているときも、ぼやが起こったときも、野犬が出てきたときも穴スケは無関係に穴を掘り続けていました。穴スケが村人たちになんら興味を示さないように、村人たちもしだいに穴スケに興味を抱かなくなっていきました。

 ある村人が穴の近くを通りかかったときのことです。村人は「ああ、そういえばここいらで穴を掘り続ける男がいたっけな」と思い出しました。見れば、今も穴は深くなり続けています。穴スケはまだ穴を掘っているようでした。村人は「なんとも愚かだねえ」とだけ呟いて、その場を立ち去りました。

 このことを村の酒屋で別の村人に話すと、「いたねぇ、そんなやつ。名前は何だっけ」「穴スケ、とかいうんじゃなかったか」「ああそうだそうだ、穴スケだ」と言って笑い合いました。それを聞いた酒屋の店主が「おうおう、どうしたんだい、穴スケだって?」と話に加わります。「どうやらまだ穴を掘ってるそうだぜ」と先ほどの村人が言うと、店主も「愚かだねえ」と言って笑いました。

 こうして村人たちはたまに穴スケを思い出しては笑い話にしていました。

 そのうちに夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来て、また夏が来ました。それでもまだまだ穴スケは穴を掘り続けていました。穴はどんどん深くなり、穴スケの頭がかろうじて見えるほどになっていました。

 まさかこれほどの穴を掘るとは予想もしていなかった村人たちですから、なんだか少しだけ気になり出しました。

 どうして穴スケはここまでの穴を掘っているのだろう。穴を掘った先に何かがあるのだろうか。これほどの穴を掘る、あの穴スケは何者なのだろうか。

 いつしか穴スケの話題は、笑い話にはならなくなっていきました。

 ある少年は「もしかすっと穴スケはモグラの生まれ変わりなんじゃないか」と言いました。ある老人は「あの穴の先にはお宝があるんじゃ」と言いました。ある女は「あれは新しい井戸なのよ」と言いました。しかしそれらはあくまでもただの予想です。とうの穴スケがいないのでは、全く正解がわかりませんでした。

 そこで、ついに村人たちは穴スケ本人に尋ねてみることに決めました。

 村人が全員で村の外れへ向かいます。穴は途方もないほど深く、底はまっ暗になって見えません。その穴を取り囲むようにして、村人たちは立ちました。

 村の中で一番偉い村長が、口元に手を当てて、大声で「どうしてあなたは穴を掘っているんですかー」と叫びました。

 村長の声は穴に吸い込まれてどんどん遠くへ行って、消えました。村人たちはワクワクしながら、穴スケの答えを待ちました。みんな穴へ耳を傾けています。

 それから待てども待てども返答はありません。村長は心配になってもう一度「どうしてあなたは穴を掘っているんですかー」と叫んでみましたが、やはり返答はありませんでした。何度叫んでも、返答はないのです。

 そうです。穴はもう、声が届かないほど深くなっていたのでした。

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#小説 #ショートショート

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