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no name「#4 ヒトとNIKKEのあいだに」

前回までのあらすじ
 私はとある小隊で働く衛生兵NIKKE。量産型NIKKEだけで構成された私たちの第1小隊は移動中にラプチャーの襲撃を受けたがこれを撃破。しかし機関銃手のエブリンは左脚を失い、新兵のナオは瀕死の損傷を負う。私たちの指揮官は頼れる通信兵エリカのサポートを受けながら、怪しげな人脈と老獪な作戦で司令部からの増援を取り付けた。そしてナオを全身換装な施設に運ぶという。


 まだ午前中にも関わらず道路の表面温度はどんどん上がっているようだ。隊列を組み、徒歩でルート33を南下する私たち第1小隊。道路は南北にどこまでも伸びている。砂漠とまでは言えないが乾燥地帯であることは間違いない。沿道には商店やレストランやガソリンスタンドがまばらに並び、その全てが激しく損壊している。ここに人間がいて自動車が行き交っていたのはもう100年以上も前の話だ。地上はラプチャーたちの支配する空間。人類は突然現れた侵略者に100万年以上も住処としてきた地上を奪われ、戦うことを余儀なくされた。それまで地上の全ての生物の王者として君臨していた「人間」は瞬く間にその地位を追われることになった。
 ラプチャーとは何なのか。どこから来たのか。そもそも生物なのか制御された兵器なのかすら判明していないという。そんな謎の存在と人類は長い長い戦争に放り込まれた。
 人類の持つ兵器ではラプチャーに対抗することはできず、あっけなく人類は敗北した。世界中の人口の殆どが死滅し僅かに生き残った人々は地下に造られた人工都市「アーク」に籠城して、更なる侵略に怯えながら暮らした。
 しかし人類はラプチャーから地上を取り戻すことを諦めなかった。人類は人間の脳を移植した人型アンドロイド兵器を開発し、やっとラプチャーに一矢報いることが出来た。何故か男性タイプの実験は全て失敗し完成したのは女性タイプの人型兵器であったので、人類はその人型兵器を古代の神話の勝利の女神になぞらえて「NIKKEニケ」と呼んだ。
 NIKKEニケを投入したラプチャーとの戦いは100年以上続いたが、初期の頃に局地的に勝利を収めただけで、総合的にラプチャーの優位性は揺るがなかった。長い闘いの歴史の中で、ラプチャーは火力や防御力だけでなく互いの意思疎通手段も進化を続け、常に人類よりはるかに進んだ技術力を持っていた。人間はもうラプチャーに勝って地上を取り戻すことなどできないのだといった諦めのような空気もアーク内には充満している。  

 無言で移動を続ける第1小隊。私はさっきからずっと気になっていたことを指揮官に聞いてみた。
「隊長。いえ指揮官。先ほどナオのボディを全身換装できる施設があるとおっしゃっていましたが」
「指揮官でも隊長でもどちらでもいいぞ」
「では指揮官。全身換装できる施設というのはどこのことですか?」
「普通のリペアセンターだよ。お前たちがいつも行ってる」
「そんなはずないでしょう」
 そんなはずはない。確かにリペアセンターはアーク内の中隊本部、中央政府の庁舎、アーク内の一般病院、あらゆる場所にある。地上にも前哨基地や駐屯地、簡易野戦リペアセンターまで含めると相当な数がある。つまりそれだけ戦闘で傷つくNIKKEが多いということだ。私たちも様々なリペアセンターで点検やメンテナンスを受けている。しかしボディを全身換装できるような施設はごく限られている。私の知る限りロイヤルロードにあって中央政府が運営するリペアセンターにしかないはずだ。そしてそこにはかの有名な特別医療部隊「セラフィム」の本部がある。
「ところがあるんだな。これが」
「どういうことですか」
 私は重ねて聞いた。
「最近、軍のNIKKEに対する方針がかなり変わってきている」
 私は何故かドキンとした。
「M1エイブラムスって知ってるか?」
「いいえ」
 短く答えて後を続けた。
「どんなカテゴリーの言葉かも分かりません。花の名前と言われてもコメディアンの芸名だと言われても受け入れます」
 私の隣でそれを聞いていたミシェルとミーシャがあはははと笑った。彼女たちの運ぶ担架にはエブリンが仰向けになって身体の上で機関銃装備一式を抱えている。彼女の身につけているアーマードスーツと鈍重な機関銃装備が担架に揺られてガチャガチャと音を立てている。
「戦車だよ。旧時代の兵器だ。人間同士が戦争をしていた頃のな。対ラプチャー戦車も100年以上前にはあった。デカい砲を積んで履帯を備えた装甲車両だ。旧時代の陸上戦は戦車同士が砲を撃ち合う戦闘が一般的だった」
「そうなんですか」
 私は素っ気ない声を出してしまった。私とエリカで運んでいるナオを乗せた担架に目を遣る。スキャナーを起動し彼女を簡易スキャンした。依然としてコアが弱々しくなっていく。急がねばならないのは相変わらずだった。私の様子に気が付いたのか、斜め前を歩くミシェルが「エブリンもナオも大丈夫だよ、きっと」と小さな声で言った。何だかまた泣きそうになった。今日は調子が狂う。
「それでその兵器が?」
 私は少し苛立ちを含んだ声で指揮官に尋ねた。これじゃ私が八つ当たりしてるみたいじゃないか。
「M1エイブラムスは当時、世界最強の軍隊を持つ国の主力戦車だった。世界中の戦場でその戦車が使われた。」
 指揮官がしばらく無言になる。さっき気が付いたが指揮官の息がかなり上がっている。無理もない。昨夜は3時間しか寝ていない。それから夜明けと共に移動を始め、途中で休憩は取ったが4時間以上徒歩で行軍したのだ。緊張感もあるだろうし軍人として訓練されているとは言え疲労感はあるだろう。この人は人間なのだ。
「M1エイブラムスは動力装置から兵装から全てが当時の戦車の中では最先端技術が使われていて、製造コストが莫大になりすぎた。しかし無敵ではないから故障もすれば破壊もされる。しかもバリバリの現役なのにメーカーは生産を終了してしまった。それでM1エイブラムスは全てリサイクル戦車になった」
「リサイクル戦車?」
今まで黙ってエブリンの担架の後ろ側を持っていたミーシャが会話に加わった。
「面白い言葉だね」
 ミーシャは小隊でいちばんおっとりしていて反応が独特だ。いわゆる「天然」と呼ばれるタイプ。いつもエブリンやミシェルにからかわれてはケラケラと楽しそうに笑っている。彼女が小隊に配備された当時は会話が成立せずに困った覚えがある。
「リサイクル、つまり老朽化したり壊れたりしたパーツだけを取り替えて使い続けることにした。そのパーツも破壊されて回収した戦車からの部品を使う。つまり新しい戦車を造らなくなった。新造すればコストがかかるし、そもそも使い捨てるような兵器じゃなかったからな」
 何となく指揮官がこの話を私に聞かせている理由が読めてきた。しかし私は素っ気ないふりをした。どういうわけだか指揮官を困らせたかった。やっぱり今日は疲れてるんだ。きっと。
「最近、NIKKEを製造するコストがかかり過ぎて大量生産に無理が出始めた。最たる理由はラプチャーが進化しているからだ。向こうの火力に合わせてこちらもそれを凌ぐNIKKEを開発する。いたちごっこってやつだな」
「えーそうなんですか?」
「初めて知りました」
 ミーシャとミシェルがほぼ同時に言った。彼女たちに担架で運ばれているエブリンは仰向けでバイザーを下ろし空を見上げている。表情は分からない。時折、身体の上に抱いている機関銃から手を離して失われた彼女の左脚の「あった」辺りを触る仕草をしている。胸が痛んだ。
「だからNIKKEの大量生産、大量消費という方針に疑問を持つ政府や軍のお偉いさんが出始めた。三大企業に大金を払うのは彼等だからな。それでもっと効率よくNIKKEを運用出来ないか?壊れたら廃棄じゃなくて出来る限り修理していけば良いんじゃないか?という考えが広まっている」
「そういうお偉方の裏事情をなぜ隊長が知ってるのかという疑問が残りましたけどね」
  私の前を歩くエリカが振り返らずに言った。彼女に私はかすかな不安を抱いていた。彼女は通信兵だ。だから腕力より情報処理能力を高める設計がされている。私は衛生兵だからNIKKEを抱えたり移動させたりすることが多い。重火器を扱うような体力はないが、結構腕力はある。しかしエリカはこんなに長い距離を、ナオとエブリンの切断された左脚1本を乗せた担架を持ったまま歩いたことなどないと思う。NIKKE1体の重量は小型オートバイくらいあるのだ。
 エリカは私よりこの小隊に配備されたのが1か月早い。そして現在のNIKKEメンバーでは最古参だ。初めは緊張して接し方も分からなかったが彼女の方から積極的に話しかけてくれて、私も早く彼女に馴染むことが出来た。
「私より1か月遅いだけなら私とほぼ同期だからメディも最古参だよ。あの隊長じゃ苦労すると思うけど大きな顔してこの小隊にいていいと思うよ」
 出会ってから1か月もしない内に、中隊宿舎の休憩室で笑いながらそう言ってくれたのを覚えている。それから就寝時間が来るまでエリカと語りあった。彼女が好きな映画のこと、私は読書が好きなこと、気がつくと理想の男性像まで。コーヒーが美味しかった。
 エリカをはじめ、第1小隊のみんなは私のことを今でも「メディ」とか「メディー」と呼ぶ。もちろん衛生兵メディックを略したものだ。ただし指揮官は別だ。指揮官だけにはメディックと「呼んでもらって」いる。
 何故そんなことになったか。そもそも量産型NIKKEのはずのみんなになぜ個別の名前があるのか。そうなった経緯は今は思い出したくない。私の隊長、指揮官のせいだ。あの人と長く接するのは苦痛ではないしむしろありがたいことの方が多い。しかし何故か調子を狂わされる。今日は特に、指揮官を困らせたかった。

 今の指揮官の下に配備される以前の指揮官には、所詮道具としてしか扱われてないという安心感があった。つまり自分は道具に過ぎないから何の感情も責任も感じない、という無責任な立場でいられた。
 しかし今までに数人の指揮官の下で働いたことがあるが、何人目かは忘れたがある指揮官に誰にも打ち明けたくないことをされそうになったこともある。その指揮官に毎晩、自室に呼ばれて「行為」を強要されていたとある量産型NIKKEが思考転換を起こして暴走し、指揮官を殺そうとして治安部隊に連れて行かれたこともある。その指揮官は軍法にかけられて銃殺された。暴走したNIKKEは廃棄処分となった。そのことをその後に着任した新たな指揮官から知らされて「酷い目に遭いたくなければこのことは全て忘れろ」と事実上の脅迫を受けた。私も記憶消去される寸前だったところを「せっかく実戦で習得した衛生兵としての技術まで消すことになるのは惜しい」と軍が判断して私を脅迫して事件をなかったことにしたのだ。
 実際のところせっかく訓練したNIKKEを記憶消去して作戦に必要な技能まで忘れさせてしまうリスクはある。私が事実を公表しようとすれば私を「処分」すれば済む。だからそんな事件の核心まで私は知らされているのに無事でいる。

「NIKKEは人間に危害を加えられない」ということは事実であるかのように喧伝されているが、それは限定的であることを私は知っている。実際に人間に「酷いこと」をされて人間に危害を加えたNIKKEを私は何体か見てきた。明日の命もおぼつかない戦場では精神的にすり減ってしまい、人間性を失ってNIKKEに対して非道な扱いをする指揮官はかなり多い。もしかするとそちらが人間の本質なのかもしれない。
 NIKKEを開発しておきながらその原理はまだ秘密にされているところが多く、一種の陰謀論めいたオカルトまで生んでいる。だから、人間を傷つけるNIKKEがいても何らおかしくないと私は思う。
 隊長、いえ指揮官。私はやっぱり名無しの衛生兵メディックが良いです。そっちの方が気楽に過ごせる。小隊のみんなは大好きだけど、いつ誰が死んでもおかしくない。そんなところで名前のある存在なんて、悲しいじゃないですか。
「だいじょぶ?」
 隣でエブリンの担架を運ぶミーシャが私に声をかけた。
「大丈夫だよ」
「メディは優しいねぇ」
 ミーシャが笑顔で私の方を見て言った。
「なんで?」
「だっていっつも誰かを心配してるもん」
「そんなことない」
「私はさー、ライフル撃つしか能がないからさ、なーんにも考えずにラプチャーをやっつけてるだけだもん。考えなくてもできるから」
 ミーシャはここまで言うと「えーっと」と何か考える素振りをした。話したいことを整理して話す時の彼女の癖だ。そして彼女は続けた。
「でもメディはさ、いっつも誰かのためにどうやったら怪我を治せるかとか痛みが少なくなるかとか考えてるじゃん。基地に返ってきても仕事してるじゃん。仕事じゃなくて本気で私たちのことを助けてくれようとしてるみたい。それってすごいことだと思うよー」
 ミーシャはたまに核心を突く。私が最も欲しかった言葉を寸分の狂いもなく与えてくれた。さすが狙撃手スナイパーだ。
 私は居場所が欲しいのかもしれない。名無しの衛生兵がいいという感情とは矛盾するから本当のことは分からない。自分でも本心など分からない。
 しかし私は胸が熱くなった。NIKKEにこんな感情が生まれることがあるのか。ありがとう。私を認めてくれて。ミーシャもみんなも。
「ありがとう」
 心からの言葉が出た。心があるならば。
 そんな時にしばらく黙っていた指揮官がいきなり声を出した。
「さらにメルカバという戦車があってな」
「はあ?」
 指揮官とナオを除くそこにいる全員がそう言った。

続く。

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