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no name「#5 太陽と誇りの中で」

前回までのあらすじ
 私は量産型NIKKEだけで構成されたとある小隊で働く衛生兵NIKKE。ある作戦に参加するための移動中にラプチャーと交戦。機関銃手のエブリンは左脚を失い、新兵のナオは再起不能な程の損傷を受けた。ナオを全身換装できる施設に運ぶという指揮官からは、最近になって軍や中央政府のNIKKEへの待遇が変化しつつあると聞かされる。


「また戦車ですか」
 私があからさまに呆れた声でそう言うと指揮官は振り返らずに答えた。
「また戦車だ。さっきのM1エイブラムスとは違う国のな。その国は宗教的に紛争が絶えない地域に建国されて、周囲を全て敵対する国に囲まれていた。そしてすごく小さな国で人口が少なかったから兵力に不安があった」
「今度はその話がどこに着地するんでしょうね」
 私の相槌は完全に皮肉になっていた。指揮官には絶大な信頼と感謝の念を抱いているが、親しくなろうとは思ってない。小隊のメンバーではハンナやミーシャが特に指揮官と親しげに話すほうだが、ハンナは「どこまでも明るい元気な女の子」なので指揮官みたいな変人とうまくコミュニケーションが図れるのだろう。ミーシャは………まあいいだろう。
 それでも今日の私は必要以上に冷たい態度を取っている。さっきミーシャにはありがとうと言えたのだが、指揮官には言いたくなかった。理由はよく分からない。ラプチャーの襲撃やナオやエブリンのこともあるから疲れてるんだ。きっとそうだ。
 道路わきには乾燥地帯特有の枯草色のまばらな草原が広がり、少し風が吹いただけで砂ぼこりが舞う。アスファルトの上でも指揮官の軍用ブーツがジャリジャリと砂を踏む音がする。
 先頭にハンナ、そのすぐ後ろに指揮官。エリカと私がナオの担架を、ミシェルとミーシャがエブリンの担架を運んでいる。万に一つのラプチャー襲撃に備え、出発した時のフォーメーションを崩さないようにしているが、明らかに指揮官の歩調が遅くなっている。ハンナとの距離が開きそうになると指揮官が少し歩調を速める、というのを繰り返している。

 時刻を確かめた。0958時。私たちは第8駐屯地の臨時増援部隊として派遣される途中でラプチャーに襲撃された。もともと第1から第4までの4個小隊が派遣される予定だったが、補給の遅れによって私たち第1小隊だけが先に移動を始めた。しかも途中のチェックポイントまでは車両に乗って移動したが、4時間ほど睡眠を取って残りの30㎞を徒歩で移動することになった。しかも夏の太陽に熱されたアスファルトの上を。軍隊とは言え過酷な移動には違いない。
 軍の情報によると私たちの進路上に数日間ラプチャー反応はなかったそうだが、事実として私たちの第1小隊はラプチャーの襲撃で2体のNIKKEが激しく損傷した。ラプチャーはセルフレス級3体のみだったから第1小隊の火力でも何とか撃破できた。しかしこれは恐らくラプチャー本隊から出された斥候で、本隊が何処かに潜んでいる可能性が高くなった。本隊には必ずロード級以上と多数のセルフレス級やサーバント級がいる。その上には数体のマスター級もいる。私たちはもともと量産型のみで構成されている小隊だから火力はそう高くない。さらに私たちの攻撃の要である機関銃手のエブリンがラプチャーの攻撃で左脚を切断され、戦力はさらに乏しくなった。エブリンは「脚なんかなくても機関銃くらい撃てるって」と強気だったが片足を失ったショックは大きい筈だ。NIKKEは四肢を失っても戦える不死身のロボットではないから、心理状態が戦闘に大きく影響することは確実だ。NIKKEにも感情はある。それにエブリンの機関銃はNIKKE専用の強力な重火器だから、エブリン以外では前方に弾を発射することさえ難しい。いくらエブリンでも片足でまともに撃てる代物ではない。ラプチャーに対抗できる火力として期待できるのはハンナの擲弾グレネードとロケット弾だけだ。もしミサイルポッド搭載型のラプチャーが1体でも現れたら、それがたとえセルフレス級であっても、第1小隊の戦力など恐らく1分も耐えられない。ロード級なら想像すらできない地獄となるだろう。
 指揮官はもともとこの作戦には難色を示していた。命令が下された時に若干抵抗したようだが、それは想像に難くない。そして指揮官の危惧していたた通りラプチャーに襲撃を受けた。だからと言って出来ることは少なかった。ラプチャーに遭遇した時にNIKKE3体に自爆攻撃をさせて撃破し、すぐに引き返して後続部隊と合流することも可能だった。恐らくそうする指揮官は多数いるに違いない。私はそれに関しては何とも思わない。NIKKEは兵器でただの機械に過ぎないから人間である指揮官の命を優先するのは当然だ。私はそう思う。
 しかし指揮官はそうしなかった。最初のラプチャー2体はミシェルの自動小銃アサルトライフルとエブリンの機関銃で擱座させた。残りの1体は必要以上に攻撃せず、刺激しないようにしてミーシャの狙撃銃スナイパーライフル弾とミシェルのライフル弾を一点に集中させてコアの装甲を破壊し、ハンナの擲弾グレネードを撃ち込んで爆破した。擱座した2体もその爆発に巻き込まれて完全に破壊された。少ない攻撃で最大の攻撃を行うのは指揮官のいつもの戦術で、指揮官は小隊の被害を最小限にすることを最優先する。
 私たちの指揮官は第8機械化歩兵連隊第244中隊の第1小隊指揮官、つまり中隊の首席指揮官で第244中隊の中隊長待遇だ。現在どんな理由か知らないが第244中隊長のポストは空けられており、そこに現在、今私の目の前を歩いている「この中尉殿」が据えられている。
 目の前を歩いている指揮官は「戦術が消極的すぎる」とか「腰抜け」とか軍内部でも非難されている、とリペアセンターでメンテナンスを受けた時に他の中隊所属のNIKKEから聞いたことがある。そういわれるのも仕方ないと思う。しかし、この指揮官が数々の武勲を立てているのも事実だ。とにかく低い火力で困難を切り抜けるのが「異常に上手い」と上層部から目されていると第2小隊長から聞いた。ただし指揮官によれば「そうするしか方法がないからだ」ということらしい。
 私たちの第1小隊は量産型NIKKEのみで構成されており当然火力も低い。ただしそれは現在ラプチャーと戦っているほとんどの部隊がそうである。特殊個体ネームドNIKKEはNIKKEになった時に特殊な能力が発現した個体を指し、その存在は世界でただ一つのワンオフ兵器である。中には1体で小隊どころか中隊規模の戦力を持つ特殊個体ネームドもいるという。しかし特殊能力が発現する確率は非常にまれで何万体も生産されてきたNIKKEの数%しかおらず、ほとんどの戦力は量産型NIKKEが占めている。だが私たちの第824中隊はその中でも特に奇異な存在だった。中隊全てのNIKKEが量産型で占められている。こんな中隊は他に例がないそうだ。それなのに私たちの中隊は非常に損傷が少なかった。特に第1小隊長に現在の指揮官が着任してからは、第1小隊だけに限って言えば量産型NIKKEの完全破壊はゼロである。これは奇跡としか言いようがなかった。だからこそ指揮官は「NIKKEが戦死しないのは逃げてばかりだからだ」と陰口をたたかれている。しかしその誹りは不当なものである。指揮官はラプチャーの破壊率が非常に高い。ロード級以上のラプチャーと交戦して破壊した記録はないようだが、私たちの非力な火力を上手く利用して最大の戦果を挙げていることもまた事実だ。
 行軍を続ける私たちをじりじりと太陽が焼く。私たちは表面温度が上がらないように音感センサーを調節できるが、指揮官はそうもいかない。さっきまでTシャツだったが今はその上に砂漠用迷彩のジャケットを着ている。乾燥地域では気温が人間の体温を上回ることがあるため、皮膚を外気に晒しているとかえって危険なのだ。
 今回のラプチャー襲撃も、指揮官の行動により被害は少なく抑えられたように思えるが、自爆攻撃をさせるよりも時間はかかってしまった。どこかにラプチャー本隊が潜んでいる可能性がある以上、急いで司令部か後続部隊に状況を伝えて次の行動に移らなければならない。しかしエブラ粒子の影響で無線は使えない。
 そこで指揮官は珍しく大胆な行動に出た。ラプチャーに第1小隊の場所を特定されるリスクと、最悪の場合ラプチャー本隊がこの作戦自体を察知して第1小隊のみならず後続の7個小隊に大規模な攻勢をかけてくるリスクを冒して、中継通信用ドローンを飛ばした。指揮官の行動は吉と出て、チェックポイント守備隊との連絡に成功した。守備隊によると、今朝0900時に作戦HQ司令部が予定されていた第1小隊から第4小隊までの4個小隊に加えて、新たに第5小隊から第8小隊までの4個小隊を増援として送ることを決定し、既に私たちの第1小隊を除く合計7個小隊が私たちを追いかけているという。
 0900時といえば私たちがラプチャーに出くわす前だ。つまり時系列で考えれば、私たちがラプチャーに襲撃される前から4個小隊の増援が決まっていたということになる。指揮官が「豊富な人脈」を利用して作戦HQ司令部に増援を決めさせたに違いない。私たちはお世辞にも強力な火器を備える重要な部隊とは言い難い。さらに軍の人材不足は深刻だ。人材不足と兵力不足を補うためにNIKKEが開発されたのだが、未だに人類全体で見ればラプチャーと互角に戦えるような戦力とは程遠い。だからさっきの指揮官の話にあったように「NIKKEを大量生産・大量消費するシステムを改善する方針に変わりつつある」というのはうなずける部分も多い。
 しかし後続予定の3個小隊の出発を急がせるのは当初の予定通りだったとしても、量産型しかいない部隊に4個小隊もの増援を送ることは有り得ない。世界には出来ることと出来ないことがある。そして出来ないことは、出来る方法を知らないか出来る方法が存在しないかのどちらかしかない。これまでに数々の有り得ないことを成し遂げている指揮官はたくさんの「私たちの知らない解決法」を持っているのだろう。

 私たちを追いかけてきている7個小隊全体の指揮を任された第2小隊長が、さっきの無線で30分以内に合流できそうだと報告していたが、もう数分でその30分が経過する。私たちがわずかな休憩をはさみながら4時間かけて歩いてきた道を、後続の7個小隊が8台の装輪装甲車でこちらに向かっている。徒歩と車両では速度は比べ物にならないしここはアスファルトの舗装路だから装輪装甲車の走行には最適だ。ラプチャー反応もないという。それなら30分で合流も可能に思えたが、私たちは徒歩で2体のNIKKEを担架で運んでいる。しかも空は腹が立つような快晴で、太陽もかなり高くなっている。アスファルト上の温度も上昇している。指揮官の体力も心配だ。
 本当に無事に合流できるのだろうか?そんな不安がよぎった。
「戦いに明け暮れる国だが人口が少なく国土も狭い。そこで兵力を確保するために特別な戦車を開発した」
 私の意識はとうに指揮官の話とは違うところにいたが、指揮官の声がそれを引き戻した。まだ何とかいう旧時代の兵器の話をしている。私の心配を知らずに嬉々としてどこに着地するか分からない話を続けている。私はまたイライラが募ってきた。むしろ怒ってさえいた。指揮官の体力はかなり消耗しているはずだ。
「その戦車がメルカバだ。通常の戦車は装甲で覆われた戦車内の前の方に乗員のスペースがあり後ろの方にエンジンがある。敵からの被弾が多いのは前で、エンジンを守るためだ。しかしこうするともしも被弾して装甲が破られると乗員の脱出が難しくなる。戦車で安全なのは後ろだが、後ろにあるエンジンが邪魔で脱出が難しい。燃え上がる鉄の棺桶の中で全員あの世行き」
 前の方とか後ろの方とかを説明する時に身振り手振りを加えている。声が大きくなっている。もうやめてください指揮官。そんなよく分からない話で体力を消耗するのはもう止めてください。ナオだってこんなに衰弱しきっているのに。もう二度と動かないかもしれないのに。指揮官は量産型NIKKEでも全身換装できる施設があると言っていましたが、その話だけではまだ信じられない。ああ、だれか助けてください。ナオを死なせないでください。
「そこでメルカバはエンジンを前にして乗員のスペースを後ろにした。こうすると被弾してエンジンが止まってもそれが盾となって乗員は守られる。戦車は動かなくなるが乗員は安全な後ろから逃げられる。つまり戦車よりも兵士を活かすことに特化したのさ。人口が少ない国だったからな」
 そこまで話すと指揮官がふう、と大きく息をつき手首で額の汗をぬぐってから突然黙った。太陽はだいぶ高くなった。よかった。私の苛立ちも最高潮だった。
「指揮官、少し休息されては」
いかがですかと言おうとしていた時に指揮官がゆっくりと言った。
首だけこっちに振り返っていた。
「メディック」
「はい!」
突然呼ばれたので思わず上ずった声が出た。
「つまりNIKKEの生存率を上げようという方針が提案されているんだ」
「はい?」
「NIKKEは兵器だが兵士でもある。さっきのメルカバの話に合わせると戦車でもあるが兵士でもあるってことだな。つまりNIKKEの生存率を上げることは兵士と兵器、両方の損耗率を下げることになるんだ。これにお偉いさん達が食いついた。そんなこと初めから分かってだろうにな」
 私は何も言えなくなっていた。そして気づくとミーシャもミシェルもエリカまで指揮官の話に聞き入っていた。指揮官の前を歩くハンナも多分そうだろう。担架の上のナオにはほとんど意識がないから別としてエブリンはどうか分からない。
「だからNIKKEの生存率を上げる試みとして、全身換装できるリペアセンターを一気に10か所に増やすことになった。いいか、この全身換装はな、特殊個体ネームドだけじゃなく、いわゆる量産型と呼ばれているモデルも対象だ。その10か所のうちに我らが第8機械化歩兵連隊第244中隊も選ばれたんだ」
「ええええええ?!」
 エリカがすごい声を上げたので私もかなり驚いた。エリカには悪いがこんな女子みたいな反応をするエリカは見たことがない。
「すごいだろ。いわゆる量産型にも生存率を上げる試みが適用されることになって、うちの中隊のようないわゆる量産型しかいない中隊がモデルケースに選ばれた」
 指揮官は「量産型」という言葉の前には必ず「いわゆる」を付ける。これは私が初めてここに配備された時からそうだ。そしてそうする理由も何となく予想がつく。
「あの、まさかとは思いますが」
「どうしたエリカ」
「その決定をしたのは…」
「もちろん副司令だ」
「もう…隊長…やり過ぎるといつか軍からデータごと消されますよ」
「それはやだなあ」
 エリカが副司令と呼んでいるのはグリム中将だ。副司令のポストは人数が決まっておらず、必要に応じて増減される。副指令の内で現在最も力を持つのがアンダーソン副司令で、グリム中将はナンバー2に当たる。そしてなぜか私たちの指揮官であるこの中尉殿は、グリム中将と「かなり」太いパイプを持っている。軍関係者だけではない。中央政府や三大企業やありとあらゆる機関に何らかの人脈を持っている。これは嘘だと信じたいが過激派テロ集団エンターヘブン辺境無法地帯アウターリムにも顔が利くと言われている。「ウチの中隊首席指揮官は辺境無法地帯アウターリムの武器の密売人と仲良しなんだ」と第2小隊長がこっそり私に教えてくれたことがある。もちろん冗談だと思いたいが、この小隊で働くようになって1年間でそういう「人脈」が発揮されたとしか思えないことが何度も起きたのも事実だ。
 しかし、それは今はどうでも良かった。つまり中隊本部に戻ればリペアセンターでナオは全身換装が出来るということなのか?そんなことが現実としてあり得るのか?さっきから思考が追い付かない。でも、それが本当ならこんなに嬉しいことはない。
 それでもナオを元通りに出来ると約束された訳でもないが、今はその希望が見えたことが有り難かった。今度は少し指揮官に申し訳なく思ったが、それを表に出すのは癪だった。私は無表情を装った。
「よかったね」
「そんなことってあるんだ」
「よかったじゃん!」
 ミーシャとミシェルとハンナが同時に言った。ナオに向けた言葉かと思ったが彼女たちは私を見ていた。先頭のハンナも振り返ってこちらを見ている。
「ありがとう…」
 今度ははっきり涙が流れているのが分かった。嬉しいのと安心したのとありがたいのとが混ざっていた。下を向いたらぽたぽたと音を立ててナオの担架を持つ両腕に涙が当たって乾いたアスファルトに落ちた。涙が止まらなかった。
「初めは俺の言うことが信じられなかったんだろ」
「申し訳ありません」
 涙声で答えた。そして指揮官には心から感謝を表したかった。
「ありがとうございます」
「礼ならセラフィムの医者に言ってやれ」
 なぜここでセラフィムが出てくるんだと訝ったが、次の一言で全てを理解した。
「今度新しくできるリペアセンターはセラフィムの実地データ収集という名目で行われる。つまりお前たちは実験台ってことだ!」
 わははははと悪役みたいな声で笑ったが、またしても芝居がかっていてもはや誰も何も言わなかった。

続く。


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