見出し画像

no name 「#3 夢見る人形じゃいられない」

前回までのあらすじ
私は「第1小隊」で衛生兵として働く量産型NIKKE。指揮官1人と量産型NIKKE7体のみで30kmを徒歩で移動するというかなり危険な作戦中に斥候ラプチャー3体と交戦。何とか撃破するが機関銃手のエブリンは左脚を失い、新兵のナオは活動停止になりかねないほどの損傷を負う。第1小隊は増援された後続部隊と合流するべく来た道を引き返すことになった。


「エリカ」
「はい、隊長」
「後続部隊と連絡は取れそうか」
「はい、あ、いま呼び出しがありました。直接お話しになりますか?」
「頼む」
 エリカが背中の無線機のスピーカーをオンにした。マイクを指揮官に手渡す。ノイズ混じりだが無線機から声が聞こえる。
「…スロップ1からエア…ートへ。…願います。ノースロップ1です。」
「ノースロップ1。聞こえる。エアポートだ。」
「現在ルート…を北上中。…らくあと30…内……流できそうです。」
「ノイズが激しい。もう一度言ってくれ」
「……30分以内に…流できそうです。繰り返します30……内に合流できそうです」
「エアポート了解。第1小隊の被害は甚大。なるべく急いでくれ。今ラプチャー本隊に襲撃されれば全滅もあり得る」
「ノースロップ1了解。…追……報告があります。ルート33に並走する………で演習中の第1特殊大隊がタイラ……級を含むラプチャー群と遭……し、交戦。撃破に……ずも撃退した……ことです。第1特殊大隊の……的な周辺スキャン…によるとエアポートの現在……周辺に………チャー反応は全く見……ない……のことです」
 マイクを持った指揮官の表情が変わるのが分かった。無線機を背負って隣に立っているエリカのほうを見ている。
「第1特殊大隊と言ったな」
「言ってましたね」
 エリカも無機質な声を出した。気のせいか驚きを押し殺したような声だ。
「とにかくこの辺りにラプチャーはいない、ってことだな?ノースロップ1」
「その通りです……信じ…もらえないのは分かり…すが、司令部から…連絡がありました。」
「エアポート了解した。ノースロップ1の武運を祈る」
「ノースロップ1了解…通信終わ…ます」
「通信終了」
 無線を終えた指揮官がエリカにマイクを返しながら何やらぶつぶつ独り言を言っている。エリカは自分のサブマシンガンが弾詰まりしてないかチェックしている。それをケースに戻して背中に背負い、短く呼びかけた。
「隊長」
「んあ?」
「いろいろ悩んだって仕方ないですよ」
「心配してくれてるのか?」
「そうです」
 予想外の答えがエリカからかえって来たようで指揮官は両手を変な角度に曲げて顔を包んで大袈裟に驚くポーズを取った。エリカは華麗に無視した。
「それに第1特殊大隊と言やぁ『アブソルート』かもしれないぜ」
「その可能性が高いですね」
「エリぴょんもそう思う?」
「今度私をその名前で呼んだら警告なく撃ちます」
 エリカがバイザーを上げた。指揮官を見る目が座っており無機質を通り越して畏怖すら覚えるほどだった。
「怖い…」
「終わった?茶番劇」
指揮官の前に立ったハンナがスリングで肩からかけたランチャーを揺らしながら言った。バイザーを上げてニコニコしている。
「準備できましたよーっ」
スナイパーライフルを肩にかけたミーシャが間延びした声で言った。
「準備完了しました」
アサルトライフルを斜めがけにしたミシェルが言った。
 ミーシャとミシェルの持った担架に乗せられたエブリンは無言で右手を上げた。何故か親指を立てている。彼女は担架に寝たままかなり重たそうな機関銃と弾薬ケースと給弾システムを愛おしそうに抱いている。
「エブリン重いだろ。それ置いてったらどうだ?」
 指揮官がエブリンの愛銃を指差して聞いている。
「はぁ?私がこれ置いてくときは死ぬ時だ!っていつも言ってるでしょ!」
「左脚を失ってもそれだけ元気なら大丈夫だと
言いたいところだが、エブリン、辛い時は辛いと言え。お前が思考転換を起こすところなんざ見たくない」
「わーかってますって!」
 大きな声を出したあと、チッ!と舌打ちしたエブリンは上げていたバイザーを下ろし、さらに顔を右手で覆った。見られたくない表情もあるのだろう。
 エブリンの切断された左脚はナオの担架に一緒に乗せられた。担架には身体を固定するベルトがあるから多少傾いても落ちることはない。
 NIKKEだって脚を失えばショックを受ける。身体は人工物でも怪我をすれば組織液が流れ出る。内部は人間と同じような臓器が動いている。私たちの頭には人間の脳から造られた脳髄が入っている。旧時代の映画で見たことがあるが、傷を負うと身体の中で歯車や回路が火花を散らしているサイボーグとはまるで違う。だから私たちは自分が人間ではないと知りつつもそれを「自覚」すれば思考転換を起こす。
 私たちを、手足が吹き飛んでも攻撃を止めない不死身のロボットの様に思っている人間も多いが、そうではない。それを証拠に私たちには感情がある。怖いものは怖いし分からないものには不安を感じる。痛みや恐怖は避けて通りたい。それは人間と同じ。
 だから指揮官の奇跡のファインプレー続出が無ければエブリンは今頃どうなっていたか分からない。さっきからずっと指揮官には動揺させられているがひとつだけ確かな感情がある。
 それは「感謝」だ。今回だけではない。この小隊に配備されてこの指揮官の下について約1年が過ぎたが何度感謝したか分からない。

「第1小隊、チェックポイントへ移動を開始する!」
0940時、指揮官が号令をかけて私たちは歩き出した。しばらく無言で移動を続ける第1小隊。先頭にハンナ。その後ろに指揮官。エリカと私がナオの担架を、ミシェルとミーシャがエブリンの担架を運んで歩く。2つの担架は平行に並んで運ばれていく。ラプチャーの襲撃はないと先ほど連絡があったものの、午前中は見事にそれを裏切られた。ここは何が起きてもおかしくない地上でラプチャー達の楽園。私たちはなるべくまとまって歩いた。
 とは言え私たちの火力は機関銃手のエブリンと装甲擲弾兵のハンナに支えられている。エブリンの戦力が失われた今となっては襲撃を受けたら全滅は免れないだろう。ミシェルは遊撃や斥候といった特殊任務兵、ミーシャは狙撃手だ。エリカは通信、私は救護という完全に火力からは遠い任務に就いている。そしてナオは車両の運転や整備が専門の特技兵で一応アサルトライフルを扱うことが出来るが、NIKKEのメーカーが無理にそういうオプションをつけているだけで実戦ですぐに役立つわけではない。そして私とエリカには非力なサブマシンガンしか支給されていない。これは攻撃用の兵器というより自らを守るための目眩しくらいの威力しかない。ラプチャー相手なら装甲に傷をつけるくらいしか出来ない。自分の職務を果たしながら重火器を扱えるような能力は私たち量産型NIKKEにはない。聞いた所によると特殊個体ネームドNIKKEには戦場での救護能力を持ちながら重機関銃を1体で運用するという私たちからすると考えられない活躍をする個体もいるらしい。
 それに個体スペックの関係でエブリンの機関銃はエブリンとハンナにしか扱えない。もしラプチャーに襲撃されたらハンナは擲弾グレネードランチャーで、ミシェルが機関銃で応戦すると彼女たちが話し合っていた。しかしミシェルには機関銃を扱えるような腕力がない。NIKKE専用の機関銃は機関銃手として製造されたNIKKEでないと反動で弾を前方に飛ばすことさえ難しい。人間なら腕ごと吹っ飛ばされる。そういう代物をミシェルが扱えるだろうか。そういう危うい行軍を私たちは余儀なくされていた。さっきまでの賑やかな雰囲気とは打って変わって粛々と行軍したのはそれを全員が感じていたからではないだろうか。
 日は少しずつ高くなってじりじりと乾燥地帯のアスファルトを焦がす。今日は6月24日。この地域は北半球に位置しこの時期は初夏に当たる。完璧に管理されたアーク内の気候と違ってここは太陽光線が降り注ぎ、アスファルトの照り返しが激しい。道路脇には壊れた建物や車両が散乱しまともに歩けそうにないので、培養肉を焼く鉄板のような熱された舗装された道路を行軍するしかない。
 ラプチャーの襲撃には遭ったが幸い水や食料には損害はない。水分の心配は要らないが、指揮官は大丈夫だろうか?人間には厳しい湿度と温度のはずだ。
 指揮官はデザートイエローの砂漠用迷彩服とヘルメットを着用してハンナの後ろを歩いている。そして腰には重そうな拳銃を下げている。これは指揮官が地上に赴くときに必ず腰のホルスターと一緒に携帯する拳銃で、かなり奇妙な形をしている。指揮官によると「リボルバー」というタイプの銃で旧時代に使用されたものだそうだ。詳しい銃の名前も聞かされたが興味がないので忘れてしまった。
 指揮官の好きな旧時代の戦争映画にこういう銃を腰に下げた小隊長が登場するのだそうだ。当人はかっこいいと思っているようだが、それに同意する意見というのは人間からもNIKKEからも聞いたことがない。そして、当然そんな骨董品の拳銃に合う弾丸も薬莢もないように思えるが、なんとこの古めかしい銃のために指揮官は銃弾を自作しているのだ。誰かから拳銃も銃弾も入手しているようだが、さっきの医療用消耗品の件と言い、この人の人脈はどうなっているのか見当もつかない。

 しばらく無言の行進を続けた1人と7体。沈黙を破ったのはエリカだった。
「隊長。通信に使った中継ドローンはどうしますか?」
「中継ドローン?何のことだ?」
エリカが一瞬答えに詰まったが、すぐに納得したように呟いた。
「はぁ…またなんか企んでる…」
「中継ドローン…あれか!ラプチャーと交戦中に通信システムがオンになったまま突然飛んで行ったドローンのことか?きっとエブラ粒子のせいだろう。エブラ粒子がドローンの制御スイッチに干渉して勝手に電源が入り勝手に飛んで行った。しかもそれが偶然HQ司令部の無線周波数を拾い我々と通信が可能になった。全くの偶然だな!こんな所から中継ドローンなんか飛ばしてラプチャー本隊に見つかったらHQ司令部は激怒するだろうな!しかし勝手に飛んで行ったものはどうしようもないし不可抗力だった!しかし結果的にそれで上手くいったし全員幸せになれたのだから、うん、良かった!良かった!」
 独りで流暢に喋る指揮官の背中を見ながら、エリカが黙って聞いていた。彼女はナオの担架の前を、私が後ろを持って運んでいる。
「分かりました。報告書はそれでまとめるんですね。ほんとにもう…いつか営倉入りか銃殺になっても知りませんよ」
「何のことか小官にはさーっぱり分からんなぁ」
はっはっはっと変な笑い声を立てる指揮官。
「…この悪党が」
エリカが低く呟いたのを私は聞き逃さなかった。思わず吹き出してしまった。
「では勝手に飛んで行ったドローンの回収は?」
エリカが食い下がる。
「後続部隊と連絡が取れたからもう不要だ。証拠として回収されて万一調べられたら困る…じゃなくてだな、さっきHQ司令部と連絡が取れた後に一向に繋がらなくなったからおおかた自爆したんじゃないか?エブラ粒子のせいだ!きっと!」
「自爆…ええと…あれはかなり高価な装備では?」
「そうだな俺の給料10年分より高い」
「中央政府の補給担当官が気の毒ですね」
「だな!でも中継ドローンの通信装置は遠隔でオフに出来ない。通信電波を発したままのドローンを回収すれば、電波を傍受したラプチャーも一緒に連れてきてしまう可能性があったからな」
 ナオの担架を運ぶエリカの背中しか見えていないが、彼女が指揮官の思惑に気づいたようだ。指揮官の本音は最後の部分だったのだろう。
「とにかく分かりました。今後そういう無茶をする場合は事前に私に確認することをお勧めします。」
「エリカに聞いたら反対するだろ」
「しませんよ。私もけっこう悪党なので」
「何だって?」
「何でもありません」
 エリカはよくこんな人を上官に持っていながら上手く操って、それを活かして小隊のみんなをまとめ上げていると思う。何というか量産型NIKKEなのにコミュニケーション能力がものすごく高い。私は感心するばかりだ。
 しかし私には指揮官に最も聞きたいことがあった。さっき指揮官が言った瀕死状態のナオを全身換装できる施設のことだ。私は、その疑問をぶつけてみることにした。

続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?