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「アニスとの面談」スキルリセットがつらい指揮官へ(加筆修正版)

 私がカウンターズの指揮官として着任してからの1年半はまさに嵐のように過ぎ去った。何度も死にかけた。何度も生き残った。そしてそれを支えてくれたのはNIKKE達であることは疑いの余地もない。
 自画自賛になるが私の実績が次第に軍司令部から高く評価されるようになると、私に与えられた任務も複雑に高度になっていき、カウンターズのみでは対応できない作戦が増えてきた。
 あくまでもカウンターズ指揮官としての任は解かれぬまま、作戦単位で他の部隊の指揮官として出撃することが多くなった。初めは臨時の代理指揮官としてカウンターズ以外の部隊指揮を執っていたが、時間をかけて生死を共にするようになると他部隊のNIKKE達とも信頼関係を築くことが出来るようになった。アニスは私が他の部隊の指揮を執ることについて明らかな不満を表情で表明したが、それが彼女特有のコミュニケーションであることも分かっている。「他のNIKKEのことばっかり考えて私たちのこと忘れないでよ」などと拗ねたような表情をしていたが、すぐに「指揮官様が私たちだけのものじゃないことは分かってるけど」と付け加えた。
 アニスは自分の力ではあらがえない事実にはあまり抵抗を示さない。割とあっさり事実を受け入れてしまう。それがネガティブにとらえられることもあるようだ。

 そんな多忙な毎日を過ごしていた私に一つの命令が下された。
「カウンターズ及び貴官の指揮した全ての部隊のNIKKEのうちからリセットプロセスを開始するNIKKEを選出し報告せよ」というものだった。
 「リセットプロセス」とはNIKKEの身体能力の向上やスキル発動を促すデータをNIKKEからアンインストールする作業のことである。NIKKEは、ラプチャーとの戦闘で収集して生成したコアダストとバトルデータを使用して身体能力を向上させることが出来る。またNIKKEが個体ごとに異なる特殊能力「スキル」を発動するためには、NIKKEのOSに組み込むプログラム「スキルマニュアル」が必要である。
 これらのコアダスト・バトルデータ・スキルマニュアルは全てのNIKKEに互換性があるので、NIKKEにインストールした後でもアンインストールして別のNIKKEにインストールすることが可能である。ただしアンインストールされたNIKKEはデータを失うので後から強化された身体能力やスキルを失うことになる。このアンインストールのことを軍は「リセット」、リセットを行う作業を「リセットプロセス」と呼称している。
 しかし、これらの「コアダスト・バトルデータ・スキルマニュアル」は大量生産が困難であるという最大の問題があった。
 特にコアダストはラプチャーコアを破壊することなく入手するという困難さと、NIKKEの強化に使用できるように生成する過程が非常に複雑という理由で大量生産がほぼ不可能であった。
 さらにバトルデータやスキルマニュアルはラプチャーの技術を研究しているうちに偶然発見したものであるため、コードが複雑すぎて人類には理解できていない。つまり非常にわかりやすく言えば「バトルデータ・スキルマニュアルをインストールされたNIKKEが『なぜか』パワーアップするので便利だから使っている」程度であり、バトルデータやスキルマニュアルを人工的にコピーすることも新たに作成することも不可能なのである。大量生産が出来ないのはそのためだ。

 ラプチャーの脅威は年々増しているが、人類の技術力ではNIKKEによる作戦には劇的な変化を望めない。NIKKEの技術は頭打ちになったと唱える科学者もいる。
 かつては常識を超えた能力を持つ少数のNIKKEが多数のラプチャーを圧倒し人類に希望を見せたこともあった。より強力なNIKKEを開発することに心血が注がれた時期もあった。ゴッデス部隊がまさにそうである。
 しかし歴史を少しでも知っている者ならば、その後人類がラプチャーに圧倒されて暗く狭いアークに閉じ込められていることを知っている。今さらゴッデス部隊のような少数精鋭部隊をもう一度創設するのは技術的にもほぼ不可能であり、現実的ではなかった。
 二度にわたる地上奪還戦の戦果が芳しくなかったことにより、少数精鋭部隊による作戦から量産型NIKKEを大量生産・大量配備することでラプチャーに対抗する戦略へシフトしていったが、戦況は結局のところ何も変わっておらず地上奪還の夢を先延ばしにするだけであることに軍司令部が気が付くのにさほど時間はかからなかった。

 周知の事実だがNIKKEは死亡した人間の脳を、人工的に製造した生体組織に移植して製造する。その製造の際に、個体によっては特殊な能力が発現することがあり、中には1体で戦車1個中隊に匹敵する火力を有したり、完全に機能停止したNIKKEを蘇生したり、一時的に特殊なバリアを構築したりと人間には不可能な戦闘力を持つNIKKE個体が存在する。
 しかし、そのような能力は完全に無作為に発現するため予測が出来ない。それどころか能力発現のプロセスや発現条件も何も解明されていない。どのような能力が発現するかも誰も予測できない。「死ぬ前に最もなりたかった自分になれる」というあいまいな情報があるのみである。そして能力が発現する可能性は非常に低い。能力が発現しなかったNIKKEは量産型となり配備される。
 そのため能力が発現した個体、いわゆるネームドNIKKEは個別の名前が与えられ、ネームドNIKKEのみで構成される特殊部隊や、その他の一般的な部隊の中心戦力として戦線へ投入される。ネームドNIKKEのみで構成される少数の特殊部隊を除けば、部隊の主力として作戦を率いるネームドNIKKEとそれを支える大量配備の量産型NIKKEという、現在の戦力構成に落ち着いている。
 しかしこのままでは地上奪還に進捗が見られないと司令部が焦っているのか「能力の低いNIKKEをリセットしてコアダスト・バトルデータ・スキルマニュアルを確保し、能力の高いNIKKEにインストールする」という戦略的判断が非常に強くなっているように感じている。先述した通り、コアダスト・バトルデータ・スキルマニュアルは数が限られている上に大量生産が出来ないからである。
 リセットは記憶消去ではないので、比較的NIKKEの心理的負担を減らすことが出来る。ただしこれらのアンインストールはリペアセンターの特殊な装置を使用する「リセットプロセス」と呼ばれる作業であるため、そこまで容易に大規模に行うことが出来ない。
 それで定期的に指揮官に対して「リセットするNIKKEを選んで報告しろ」という命令が下される。

 アニスは私が指揮官として着任した直後から部隊を支えてくれた最大の功労者の一人でもあり、私は彼女をリセットプロセスへ送りたくなかった。
 しかしコアダスト等のNIKKEを強化するデータ素材の数が限られているという状況は私個人の力では変えようがない。さらにNIKKEの強化データ素材をいくら使用してもそれほど身体能力に変化の見られないNIKKEがいる一方で、少ない強化データ素材で劇的に能力が向上するNIKKEもいる。特殊能力も個体差がかなり大きく、強力な能力を持つNIKKEを優先的に強化するのは軍として当然の判断だった。それが戦争という非人間的な事実を構成する冷酷な現実であり、軍人としての私が個人的な理由で不満を唱えても子どもの喧嘩にしかならない。
 ラピ・アニス・ネオンのカウンターズは、強化データ素材による身体能力向上が理論上の限界値を迎えており、特殊能力も実戦で目覚ましい活躍を発揮できるようなものではなかった。
 もちろん彼女らの価値はそれだけで決まるものではない。彼女らはかけがえのない私の部下であり信頼できる兵士であり、大切な仲間だ。今までの実績がそれを証明している。
 しかし、私が今までに臨時で指揮してきたNIKKEにはカウンターズの3名を大幅に上回る戦闘能力を持つ者が多数いた。最近ではそういったNIKKEもほぼ私の部下のようになりつつある。もしここでカウンターズのリセットを行わず、他のNIKKEへの強化素材の提供を拒んではただの依怙贔屓になる。カウンターズを特別扱いすることは出来ない。人間的な感情に反してでも。

 リセットプロセスへ送るNIKKEの選出という命令を受けてから、私はあらゆるシミュレーションを重ねた。その結果、次のような苦しい判断を下すことになった。
「カウンターズの3名とスカウティングの2名をリセットプロセスへ送ります」
私は司令部からの命令書にそのように付け加えて返信した。

 ついにカウンターズをリセットプロセスに送ることに決めた私は、今度はそれを彼女らに伝えるという仕事をしなければならない。
 それぞれの個性を考慮した上で最初にアニスと面談をすることにした。面談は定期的に行っているが、今回は特別な面談になると事前に伝えてあった。

 面談予定の時刻になった瞬間、神妙な面持ちに軽薄さを無理に足したような表情でアニスが指揮官室に現れた。地上では見慣れた黄色の戦闘用ジャケットではなく、カーキのカーゴパンツとタンクトップという非常にラフな服装である。ベレー帽は脱いでいるのでボリュームのある彼女の金髪がいつも以上に自己主張している。まるで風呂上がりに寄ってみたという感じがするが、前哨基地のカウンターズ宿舎にいる時アニスはだいたいこんな服装である。
 指揮官室に入ってきたアニスにソファに座るように促した。
「指揮官様、炭酸水もらっていいかな?」
 面談の時に炭酸水を飲むなど上官に対して礼を失する行為であるからやめさせるべきだ、とラピにうるさく言われている。ラピには悪いがアニスにそれを言えないまま1年と半年が経過した。
 アニスは私の許可を得る前に私の冷蔵庫を勝手に開けて炭酸水を2本持ってきてテーブルに置いた。よいしょと年寄りみたいなことを言いながらソファに腰掛けた。炭酸水の1本は私の分だ。これはアニスなりの礼の尽くしかたなのだろう。私は面談を開始した。いつもの流れである。
 アニスは黙って私の話を聞いていた。怒るわけでも悲しむわけでもなく彼女は淡々とした態度でソファに座っていた。
「一旦リセットをするがそれはアニスが必要なくなったわけじゃない。私も軍人だからときには非情な決断をしなくてはならない。アニスには特に世話になったから、メンテナンスのために一度後方に下がって休息する期間と考えてくれないか。君が必要なのは変わらないから、いつか必ずもう一度アップデートすると誓う。私を信じて待っていてくれないか」うつむき加減に話を聞いていたアニスに私はこう伝えた。
「指揮官様、そーゆーとこずるい」
アニスは少し怒ったような顔でこっちを見た。私は思わず視線を下に落とし小さく「すまない」と言った。
「冗談よ」
今度はニッと笑顔を浮かべ、テーブルの上にあった炭酸水の缶に口を付けて一口飲んだ。短めの金髪がふわりと揺れる。
「指揮官様からそんな大人の判断を聞かされちゃ反論の余地がない」
冷酷な声で彼女は言い放った。私は冷たいナイフで背中をなぞられた気がした。アニスは金髪の毛先を右手の人差し指でくるくるともてあそぶ。私は口をつぐんでしまった。言葉がなかった。
「それにさ、私は人間じゃないし、兵器だし」
先ほど背中に当てられたナイフが大きな口径の銃に代わった気がした。それはアニスのグレネードランチャーだったかもしれない。私はアニスの顔を見ることが出来なかった。
「ぷっ」
数秒間の恐るべき沈黙が流れた後、アニスが噴き出した。そしてけたたましい爆笑に代わりソファの上を転げまわった。私はポカンとそれを見つめた。ひとしきり彼女の馬鹿笑いが指揮官室に充満した後で、落ち着きを取り戻したアニスは涙をぬぐいながら私に向き直った。
「指揮官様ってホント指揮官様よね」
私は意味が分からないといった表情で彼女の顔を見つめた。金色の瞳がまっすぐこっちを見ている。
「私が指揮官様にそんな意地悪なこと本気で言うわけないじゃん!初めて会った日からもう1年半も経つのにそういうことはまだ分からないんだよね。どこまでお人好しなんだろ」
私は急に恥ずかしくなった。そして同時に先ほど背中に突き付けられた銃器の感覚がなくなっていることに気づいた。アニスはまたけらけらと笑うと私の目をじっと見た。
「指揮官様じゃない他の人間の指揮官様なら何も言わずにリセットしてるでしょ。ある日急にリペアセンターに送られて待機しろで終わりよ。そういう指揮官もいるってこのあいだ派遣作戦に行った時にルピーに聞いたもん。ルピーがそういう目に遭ったわけじゃないんだけど勝手に怒ってた」
そんなこと考えもしなかった。アニスにどうやって納得してもらうか、そればかり考えていた。
「とにかくさ」
アニスは炭酸水の残りを一気に飲み干すとテーブルに少し強めに空き缶を置いた。カン!と乾いた音がした。
「私は指揮官様の指示なら喜んで従うし納得もしてる。こんなに誠実に接してくれる人の言うことに逆らえない。」
アニスはいきなり立ち上がると私に敬礼して大声で言い放った。
「NIKKE登録番号Tet-Sp.ANNIS2599アニス軍曹はKMA中尉の命令を受領しリセットプロセスに入ります」
私も立ち上がり無言で返礼する。数秒間私とアニスは間にテーブルを挟んで向かい合ったまま敬礼していた。
沈黙を破ったのはアニスだった。
「じゃあ、行ってくる。でもカウンターズが解散するわけじゃないんでしょ?記憶消去でもないしまたここにしょっちゅう来るつもりだしシャワー室も使うしそれに」
少し間を置いてアニスが言った
「私の指揮官様は指揮官様しかいない」
私は再び何も言えなくなった。あれこれ言葉を探し回った挙句にアニスへの返答として選ばれた言葉は何とも陳腐なものだった。
「いつでも来てくれ」
私が言うとアニスはまた笑顔になり、それからすたすたと指揮官室を出て行った。ごくごく小さな声で「また好きになっちゃうじゃない」と呟くのが聞こえたが聞こえないふりをした。

 アニスが指揮官室から出て行ったあとで私は携帯電話を取り出し通話ボタンを押した。
しばらく呼び出し音が続いた後、応答があった。
「…はい、もしもし」
「ラピか?すまないが今日中に面談をしたい。いつもより少し長くなるかもしれない。あまり愉快じゃない話を君に伝えなくてはならない」
「ではこの電話で要件をお伝えになっては?私は指揮官の指示には全面的に従います」
「そんなことはできない」
「しかし…」
「頼む。君に言い訳をさせてくれ。直接会って君に苦し言い訳をして少しでも楽になりたいんだ」
「…そんなに正直におっしゃるのなら直接聞かないわけにはいきませんね」
「ありがとう。それでは都合のいい時間に指揮官室へ来てくれ。今日はこの後ずっとここにいる」
「了解致しました。1時間でいま取り掛かっている書類を提出したら参ります」
「待ってる」
私は電話を切った。次はラピの番だった。
(つづく)

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