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no name 「#2 私がNIKKEになっても」

「前回のあらすじ」
私はとある小隊で衛生兵として働く量産型NIKKEのテトラライン社製I・DOLLオーシャンタイプ。徒歩で目的地へ向かって行軍中に斥候と思われるラプチャー3体に会敵した私たちの小隊は戦闘に入り、2体のNIKKEが重傷を負ったが2体のラプチャーを擱座させた。そして現在状況は膠着しつつあった。


 私は衛生兵だから戦術とか戦略とかはさっぱり分からないが、指揮官のとった行動はかなり消極的だと思う。
 セルフレス級とは言えラプチャー3体を屠るのは簡単ではないのは私にも理解出来るが、時間がかかり過ぎている。
 今いるラプチャーは恐らく斥候で、私たちを見つけた時点で本隊に連絡しているはずだ。それに、もしコーリングシグナルが届かなくてもこれだけ派手な音でお互い攻撃し合えば、ラプチャー本隊は気づいているはずだ。ラプチャーは統率された軍隊のように集団で行動する。だからラプチャー本隊には必ずロード級以上のボスがいる。ロード級ラプチャーは特殊個体ネームドNIKKEのような特殊兵装があれば互角以上の戦闘も可能と聞いているが、私たちには量産型NIKKEの兵装しかない。そしてラプチャー本隊には多数のセルフレス級とサーバント級、数体のマスター級がいる。放射線や有毒ガスを浴びせて攻撃力を奪うラプチャーまでいる。量産型NIKKEによる1個小隊など集中砲火を浴びて跡形もなくなるほど粉砕されるだろう。
 つまりぐずぐずしていたら私たちの元へ斥候を出したラプチャー本隊が来てしまう。そして本隊が私達を撃破し、ここで待ち伏せして私たちの後から来る予定の3個小隊を襲撃したら最悪だ。
 私たちと後続の3個小隊は第8駐屯地のエレベーター守備隊の増援に向かう途中だ。第8駐屯地の戦力は3個小隊の戦力とは比べ物にならないくらい大きい。それなら増援予定の私たちと3個小隊を撃破した後で第8駐屯地のエレベーター守備隊を襲撃したほうが、ラプチャー側の戦力も損害が少ない。エレベーター守備隊は増援もなくかなり苦戦を強いられる。つまり今回の作戦全てが失敗してしまう。
 最善の策があるとすれば、ラプチャーに発見されて攻撃された時点で3体全てを「即座に」破壊しチェックポイントまで引き返して司令部へ連絡し、新たな指示を待つこと。時間をかければどんどん打つ手がなくなる。
 しかしこの中尉殿はそうしなかった。私が腹立たしいのは、その理由も何となく推測できることだ。
 理由は恐らく私たちの小隊の損害を最小限にするためだ。ラプチャー3体を短時間で破壊しようとすればかなり強引な攻撃を仕掛けなければならない。NIKKEに突撃させてラプチャーもろとも自爆させるくらいの火力で攻撃しなければ、相手がセルフレス級であっても破壊は困難だ。私たちの小隊にNIKKEは7体。ラプチャー3体倒すのに3体突撃させれば4体残る。単純な引き算だ。実際そうやってきた指揮官を何人も見てきたし、指揮官とはそういうものだと思ってきた。
 ところが目の前の現状はどうだ。手間暇かけてラプチャーを2体倒して戦える状態のNIKKEが5体もいるのに、指揮を執っている「この中尉殿」は残りのラプチャー1体に引き返してほしいなどと呑気なことを言っている。それだけではない。攻撃どころかどこかから手に入れてきた「NIKKEのための医療用具」を使って治療までしている。
 正気の沙汰とは思えない。消極的すぎる。セルフレス級相手に時間をかけすぎだしNIKKEの手当など戦闘がおさまってからやればいい。助からなくても仕方ない。
 このままだと死んでしまう。私たちNIKKEではなく、いま目の前で困った顔をしている指揮官が死んでしまう。この人は軍人には向いていない。
 そこまで考えが至った時に思考を止めた。
やめよう。今は生き抜くこととみんなを助けることだけ考えよう。

「俺が飛び出して対ラプチャーロケットを正面から打ち込むってのは…」
「ダメです。」
 おそらく「どうだろうか?」と続いたであろう指揮官の言葉を遮ったのは通信兵のエリカだ。今まで沈黙を貫いていた彼女はバイザーを上げた。模範的な無表情である。
「反対されると分かっていて、しかも指揮官が戦死して指揮系統が崩壊するという最悪の事態を招くような提案を何故したのか指揮官の心境を伺いたいです」
「ふぁい…」
 変な声で指揮官は肩を落とした。指揮官のしぐさはいちいち芝居がかっている。恐らく好きな映画俳優の真似でもしているのだろう。
 冷徹と言えるほどの声で指揮官の「無謀」を諫めたエリカは私たちの小隊で指揮官のサポート役を務める。特別に軍からそういう任務を与えられたわけではない。ここ一年かけてそういう役回りが彼女に回ってきただけだ。
 彼女はエリシオン社製ソルジャーオウルタイプ。やはり私と同じ量産型NIKKEである。
 第8軍団第8機械化歩兵連隊第244中隊第1小隊が私たちの小隊だ。そして第244中隊は32個小隊で構成されており、第1小隊長である我らが指揮官殿は第244中隊全体を統率する首席指揮官である。そして私たちの第1小隊に配備されているのは全て量産型NIKKEだ。
 信じられないことに、私たちの現在の指揮官である「この中尉殿」は後方支援まで含むと配備NIKKE400体近い32個小隊を束ねる軍人さんなのだ。そして第1小隊以下の各31個小隊の小隊長はもちろん人間の指揮官で、彼らは全員「この中尉殿」の部下ということになる。
 つまり、目の前で量産型NIKKEにたしなめられている指揮官は31人と400体の上に立って作戦を指揮する人物なのである。

「エブリンの治療終わりました。左大腿部は破断面を縫合し組織液の漏出は止まりました。千切れた左脚は清潔にして保管してリペアセンターで接合させられると思います。万一接合出来なくてもスペアパーツが使えると思います。痛覚センサーを切る回路がショートしていたので応急処置をしてます。首の怪しげな装置を取り外してもエブリンが自分で痛覚センサーを切れるようにしています。つまり、とりあえず大丈夫です。左脚を失っている以外は」
「左脚ないのに大丈夫って言うか?フツー」
 指揮官への報告を聞いていたエブリンが片方だけ口角を上げて言った。
「ありがとう。メディック」
 何かを考えていた指揮官は私に礼を述べた。
「それで、司令部か第8駐屯地との連絡は?」
「どちらもまだです。気流と天候の影響でエブラ粒子がここに集まっているようです」
 エリカが淡々と答えた。
 エブラ粒子浄化装置は中隊本部にはもちろん装備しているが、今回の作戦では持ってきていない。エブラ粒子は確かに無線を無効化してしまうが、ラプチャーにも見つかりにくくなるという利点もある。さらに浄化に時間がかかるという欠点もある。今回は第1小隊のみの単独作戦だということもあり、指揮官は「ラプチャーに見つかりにくい」という点を選択したのだ。しかし今回は見事にラプチャーに発見されてしまったのだが。
「でもまあ」
 指揮官は自信を込めてこう言った
「今回は負ける理由が少ない」
 以前に聞いたことがあるが、指揮官に戦いの必勝策はないらしい。あるのは負ける原因を0に近づけることで必ず勝てる戦いなどないらしい。今は指揮官を信じるしかない。
「分かりました」
 エリカが言うとバイザーをおろした。
「指揮官がそう言うならそうなんでしょう?」
ハンナが明るい声で言った。私はハンナが落ち込んでいるところをこの1年で2回しか見たことがない。
「いつでも行けますよ」
ミーシャがスナイパーライフルを両手で持ちあげて言った。
「準備完了です」
さっきハンナと共に指揮官から指示を受けていたミシェルが言った。
 彼女は常に骸骨をあしらったマスクをつけており、小隊のほとんどのメンバーでさえ彼女の素顔を知らず目元しか見たことがない。謎めいたエリシオン社製量産型NIKKEのソルジャーイーグルタイプである。
 今はマスクの上に暗視装置の付いたヘルメットを被り、タクティカルジャケットとパンツに身を包んでアサルトライフルを携えている。エリカもそうだがエリシオン社製の量産型NIKKEはどこか凛々しさを感じる。
「それじゃ始めるぞ」
 指揮官がポンと軽く音を立てて両手を合わせた。
「りょーかい」
「アイサー」
「分かりました」
ハンナ、ミシェル、ミーシャが応えた。

 ミーシャがスナイパーライフルを撃つ。いつもより反動が大きかったようで少し仰け反る。
ドゴン!
 一際大きな音が響いてラプチャーのほぼ中心に命中した。どうやら徹甲弾のようだ。続いて2発目も命中。
ラプチャーが怒ったような音を立てて機銃を乱射する。激しくコンクリートの破片が飛び散る。
 ミシェルが遮蔽物の隙間からアサルトライフルで射撃した。連発ではなく単発だ。タン!タン!タン!タン!とリズム良く、ラプチャーの動きに合わせてエイムし直し、また単発射撃。猛獣の急所だけを狙うハンターのようだった。
 更にラプチャーが怒りの声を上げて反撃。しかし装甲の一部が剥落しているのが私からも見えた。その奥にはまるで怪物の眼球のような赤いコアがあり、ギロリと睨まれたような気がした。
「とどめっ!」
 ハンナが擲弾グレネードを発射。弧を描いて怪物の眼球へ吸い込まれるように命中した。全員で前方のラプチャーを見つめた。
グワッ
 ラプチャーにオレンジ色の閃光が走ったかと思うと遅れて激しい爆発音と共に爆炎が上がった。爆炎と共に後方へ吹き飛んだラプチャーは後ろで白煙を上げて擱座していた2体のラプチャーを薙ぎ倒し、それらを巻き込んで更に爆散した。遮蔽物を乗り越えてラプチャーの破片が私たちの頭上に降り注ぎ、辺り一面は白煙と細かい金属やコンクリートの破片や小石が舞い、それから静かになった。ラプチャーのいた道路は陥没し真っ黒焦げになって何かが溶けた様な異臭がしていた。アスファルトが溶けたのかもしれない。

 「っしゃ!」
 グレネードランチャーを構えたままのハンナが左手の拳を腰のあたりで握り歓喜の声をあげた。グレネードランチャーを下ろすとミシェルと右手でハイタッチしてからハグし合った。同じことをミーシャとも繰り返す。
 とりあえずの脅威は去ったが、撃破したラプチャーは斥候に過ぎない。このままだと本隊が襲撃してくるに違いない。一刻の猶予もない。司令部か目的地の第8駐屯地と連絡が取れない現状では、即座に引き返して昨夜メンテナンスをしたチェックポイントへ向かい司令部へ報告するのが「模範解答」であろう。ラプチャー本隊が何処かにいる以上、第8駐屯地に向かって進むのもここに留まるのも自殺行為だ。

 「メディック。一緒に来てくれ」
 指揮官は私を呼んだ。私をどこへ連れていくかは予測が付いていた。そして私もすぐにでも「そこ」へ行きたかった。ここをすぐにでも離れるのが「模範解答」だったとしても私には「そこ」でやりたいことが残っている。
 私たちは道路の反対側のコンテナの陰にいるナオのもとへ走った。
 ナオはまだ生きていた。私に内蔵されているスキャナーを立ち上げてナオの全身をスキャンする。脳波は異常なし。ただコアの反応は更に弱くなっている。循環器系も止まりかけている。やはり肩への被弾で最初に組織液が大量に漏出してしまったせいだ。
「容態は?」
 主語を省略して指揮官が尋ねた。私はなるべく冷静に答えようとした。
「人間でいう首筋の頸動脈から大量に出血したような状況です。すぐにボディの全身換装が出来る施設に運ばなければ」
 そこまで言ってしまって後悔した。量産型NIKKEが全身換装などされるはずがない。私も含めて量産型NIKKEはただの使い捨て兵器。人間の脳を使用せず人工脳髄を使ったNIKKEすら製造されているのに、わざわざ全身換装してまで壊れたNIKKEを生かそうとするはずがない。
壊れた兵器はスクラップにして新しく製造すれば良い。明らかにそういう世界に私はいた。
 変人と呼ばれている今の指揮官だって魔法使いではないから、軍のNIKKEに対する態度まで変えることは出来ないはずだ。ナオはたぶん助からない。救えなかったことは後悔しているが「自分に出来ること」の範囲内ではどうにもならないこともある。
 しかし、ナオの弱々しいコアの反応を見ていると彼女との思い出が蘇ってきた。
 彼女は特技兵で、彼女の場合は車両の運転や整備を専門としている。私たちの小隊に配備されたのが3か月前。工場からロールアウトしてそのまま小隊に配備された。車両の運転や整備はメーカーでの訓練を受けているが戦闘訓練は全く受けていない。
「車の運転は自動運転より正確ですが戦闘はぜんぜんだめですね。出来れば戦いたくない」と話していた。この前小隊のみんなに指揮官が見せてくれた映画も旧時代の自動車で兄弟が旅をする話だった。映画を観終わってからみんなにそれがどんな自動車でどういう性能なのかを嬉々として説明していた。私にはさっぱり分からなかった。しかしナオの目は輝いていた。
 指揮官は戦闘訓練が出来てない以上は作戦に参加させたくはないようだったが、トラックや装輪装甲車の運転や整備が出来るのはナオしかいなかった。指揮官は自分の忙しい時間を削ってはナオを射撃場に呼び出して訓練した。付け焼き刃なのは明らかだったがどうしようもなかった。
 今回の任務も途中のチェックポイントまでは装輪装甲車で移動したからナオが必要だった。運転だけならまだしも軍の車両は毎回必ず機械的トラブルを起こすから特技兵は移動の際に必要不可欠な存在だった。しかし戦闘に至った時のことを考えればナオは不安要素でしかなかった。だからと言ってナオばかり特別扱いをすることは許されない。
 だからこそ、ブリーフィングの後で指揮官は小さく「すまん」と言ったのかもしれない。
 NIKKEの不足は慢性化していてどこの部隊も満足な配備はされていない。軍は三大メーカーに半ば強引にNIKKEを急造させてほとんど訓練せずに配備しているのが現状だ。そのためNIKKEの訓練はそれぞれの指揮官任せになっている。
 特殊個体ネームドNIKKEは個体ごとに異なる特殊能力を持つ世界に唯一の存在だからまだ重宝されているほうだ。しかし特殊個体ネームドになれるNIKKEは非常に貴重で圧倒的に数が少ない。特殊個体ネームドが配備されるのは軍から重要な任務を与えられる一部のエリート軍人の指揮する部隊のみで、それらの部隊でさえ多数の量産型が犠牲となって特殊個体ネームドをサポートするというシステムになっている。
 決して今の私の指揮官だけが特別に量産型に手厚い対応をしているわけではない。他にも量産型NIKKEを貴重な戦力としてなるべく被害を出さないようにしている指揮官はいるらしい。しかしそういう指揮官は少数派であることは間違いない。
「じゃあそういう施設に運ぼう」
「え?」
「全身換装できる施設」
 指揮官の言葉に苛立ちを覚えた。何故そんなことを言うんですか。そんな所あるわけないじゃないですか。あなたはどこまでお人好しなんですか。あなたみたいな甘い人間はこんな所で指揮官なんかせずに、アークで女子校の教師かカウンセラーでもしてたらどうですか。
 あなたはもっと冷酷であるべきだ。そうでないと私が冷静でいられなくなる。あなたに死んで欲しくないと思ってしまう。
 私はただの兵器で良いんです。兵器に愛着なんか持たないでください。私は、私は個別に名前のないただの兵器なんです。
 私の中に怒り、悲しみ、諦め、不満、憎しみ、罪悪感、義務感、ありとあらゆる感情が渦巻いた。それは指揮官の言葉によって止まった。
「おい、メディック」
「なんですか?」
「お前、泣いてるぞ」
「そんなわけが」
 驚いた。
 NIKKEになって今まででいちばん驚いた。
私の両目から大粒の涙がポロポロと溢れている。
「泣いてません」
「分かった。とりあえずナオのことだが、そういう施設はちゃんとあるんだ」
「どういうことですか?」
涙声になっているのがわかった。どうしちゃったんだろ私は。涙よ止まれ。泣くな私。
「どうせナオも使い捨てられると思ってるんだろ?」
「否定はしません」
 はっきり言うなよと小声で言ってから指揮官が続けた。
「とにかくここに留まるのは良くない。急いでチェックポイントへ戻る。第1小隊!集合!」
 命令に応じて向こうの遮蔽物にいたエリカとハンナが走ってきた。遅れてミシェルとミーシャがエブリンを担架に乗せてここまで運んできた。私がエブリンを治療した時に出しておいた携帯用担架を使っている。
「エリカ、司令部と連絡は?」
「司令部とはまだです。しかし中継用ドローンでチェックポイントとは繋がりました。」
 中継用ドローン?あんなのをここで飛ばしたのか?馬鹿な。ラプチャー本隊に見つかったらどうするんだ。そう私が考えていると指揮官が言った。
「中継用ドローンが本隊に見つかったらどうしようとか考えているかもしれない諸君らに言っておくが、あれだけ激しい爆発がラプチャー本隊に届いてないわけがない。我々の位置はとっくに知られていると考えたほうが良いだろう」
 私はバイザーを上げて指揮官の目を見て睨みつけてやった。何だか心がざわついた。
 私の視線をまともに浴びて指揮官はわざとらしい真顔のまま続けた。
「チェックポイントからの指示は?」
「チェックポイントには本日0900時に後続の3個小隊が到着し、0910時にはこれに加えて4個小隊が到着し、合計7個小隊が装輪装甲車8台でこちらに向かっているとのことです。我々第1小隊はルート33をそのまま引き返しこれと合流せよとのことです」
 あまりの事に私は呆気に取られたが指揮官にそれがバレるのが嫌で無表情を装っていた。
 3個小隊に加えて4個小隊?合計7個小隊が私たちの後を追ってきている?しかも装輪装甲車8台で?初めの命令では第1小隊のみで30km徒歩での移動だったのに?急になぜそんな多数の戦力が?
「聞いたように我々は引き返すことになった。我々第1小隊の後を追っている7個小隊となるべく早く合流する。3分以内に各自出発準備!全員かかれ!」
 出発準備といっても、さっきミーシャとミシェルとハンナがラプチャーへ火力集中攻撃を行った時にエブリンの治療に使った装備も消耗品の残りも全て救急バッグに収めてある。ナオはどうやら移動させるようだから、私が背負っていこうと地面にしゃがみ、いちばん近くにいたエリカに頼んだ。
「私の背中におんぶするように、ナオ乗せてくれる?」
「担架はもうないの?」
 エリカが幾分柔らかい口調で聞いてきた。
「いや、あとひとつある」
「じゃあ担架使って2人で運ぼうよ」
「それだとナオとエブリンに4体も使っちゃうよ」
「いいと思うよ。どうせ攻撃されたら遮蔽物に隠して残り5人で戦うんだから。私ひとりフリーになるかならないかでそんなに変わらないよ」
思わず指揮官を見た。
「エリカの言う通りだ。ナオは2人で運べ」
「はい」
指揮官の指示に従った。
「移動させるよ」
ナオに声をかけて彼女の上半身を起こして後ろに周り、ナオの両脇の下から両手を入れてナオの胸の前でしっかり組む。エリカが両脚を持つ。
「いくよ、1、2、3」
 エリカと声を合わせてナオを担架に乗せた。
 コアの反応はどんどん弱くなっていく。ただ息はしているし脳も異常はない。ただし意識はほとんど失われている。助けたい。そう思った。死なせるもんか。死なせるもんか。
 私の思いを知っているのか分からないがエリカも沈鬱な表情に見えた。
 気がつくと太陽も高くなりつつある。時刻を確認した。0932時。ラプチャーとの戦闘が始まってから20分も経ってない。しかしナオにとっては死線を彷徨う16分だ。
 ナオにとっても第1小隊にとっても急いで次の行動を起こす必要がある。

続く。

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