友達の悩みに同感できなくなったときに気付くこと。

以前の私は自他共に認めるクソネガティブ人間でした。
常に悩みが頭から離れない、故にずっと気持ちが晴れない、心を許している人間と会ったらずーっと愚痴を吐き出し続けるマシーンでした。
恐らく笑顔も少なかったんじゃないでしょうかね。
そんな私の人生は下降線を辿っていった結果、2023年の夏頃にまだ見えていなかったドン底の底に叩きつけられることになりました。
面白いことに、これがちょうど30歳を迎えた数日後の話です。
もうこのままでは生きていられないと感じた私は、1から私という人間を形成し直すことにしました。
⇧この話についても今後細かくまとめていきたいと思います。

考えを改め始めた結果、クソネガティブ人間が、少しずつポジティブに考えられることが増えてきたと実感しています。
すると最近、以前ネガティブが凝り固まっていた頃にその感覚に同感を得ていた友人Aと話していると、すごく違和感を感じるようになってきました。
「そんなこと悩まなくてもいいのに・・・」
「そこまで考えすぎても仕方ないよ・・・」
きっとこれは、過去に私の愚痴を聞かされていた友人達が感じていたことなんじゃないだろうかと思います。

以前までの私の考え方はこうです↓↓
・相手に励まされても「でも…」とマイナスな方に話を持っていく
・あなたは幸せだからこんなことで悩まなくて済むんでしょと妬み、周りが皆自分より良い生活を送っていると劣等感を生み出す
・自分は何もできない、異常者だ、人付き合いも下手で皆から認められない
・認められている事もあるのに、人から否定された経験にだけ目が向く
・自分がダメな人間だから否定されるんだ。。。

もう悪循環すぎます。
この状態では何言われても落ち込む以外の選択肢がないんです。

あまり愚痴を言わず上手くやっている友人を心のどこかで妬み、
ネガティブな発言に同感してくれる友人がいて安心感を得ていたように思います。
それが今ではそのネガティブ発言に同感できなくなってしまいました。(良い変化なんですけども)

友人Aの悩みを聞いていると、本当にあの頃の自分を見ているかのようです。ネガティブ思考についてもそうですが、もうひとつ気付いたことがありました。
ネガティブ思考をこじらせると、とにかく自分をダメな人間だと思い込み続け、全ての事象にマイナスな要素をくっつけようとしてくるんです。
こうなると、実は個々の悩みの内容や本質は見失われていて、「とにかく私がダメ人間なので全て上手くいきません!」という主張だけが胸張っている状態になるんです。
端からみると、「結局その話のどの部分に悩んでいて、どうなってほしいの?」が自分で見つかってない場合があるということです。
私は立ち直る際に、これらの悩み一つ一つを見つめ直して、何に不満をもっているのかを紐解いていく作業をしていきました。
その効果なのかは分かりませんが、友人Aの話す悩みの内容がスーッと入ってきて(悩みの本質が見えてくる感覚)、パッと解決策や楽になる考え方が頭に浮かぶようになりました。

自分がネガティブ⇒ポジティブに変化を実感しているからこそ、
あなたも大丈夫!変われるよ!って思うし、「こうしたらいいんじゃない?」ってアドバイスもしてあげたくなるけれど、
以前の私を知る限り、相手に何を言われても思考がマイナスな方に勝手に進んでいってしまうだろうから、今友人Aに何言っても無駄なんかなぁ…と思ったりしてモヤモヤします。
30年間ネガティブ人間をやってきたので、それ以外の接し方がまだ掴めてません(笑)

”類は友を呼ぶ”とはよく言ったもので、
波長が合う=思考のバランスが合う人の方が付き合っていく上で楽ですもんね。
友人Aと距離を置こうとまでは思っていませんが、
自分で自分の思考の傾向に気づいてくれるまで、
私はそっと見守っておこうと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?