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800 cherries『romantico』四半世紀を経て甦った渋谷系の隠れた名盤 by 管梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #208 Disc Review - 2024.1.30
800 cherries『romantico』review by 管梓(エイプリルブルー)

800 cherries / romantico

 自分の肌感覚として、日本の音楽をアクティブに掘り下げる海外の音楽リスナーはまだまだマイノリティだが、そのマイノリティは異様なまでの情熱を持って向き合っており、おかげで日本では決して認知度が高いとは言えないバンドが海外発信で国内以上に人気を得るケースが多々ある。わかりやすい例がシティ・ポップや渋谷系、シューゲイズなどで、これらのジャンルに関してはオンライン/オフライン問わず海外の僕の知人で熱心な好事家が何人もいる。
 そんな彼らがたびたび名前を挙げるバンドのひとつが、この800 cherries。1994年に札幌で結成され、主に90年代後半に活動した宅録ユニットだ。
 自分も高校から大学にかけて渋谷系周辺のバンドをディグしていた時期があり、その頃から名前は知っていて数曲聴いたこともあったが、あくまでもUKインディ・ロック然としたものを求めていた当時の自分には刺さらなかったのかそこで止まってしまった。しかしこちらの『romantico』が1998年のリリースからおよそ四半世紀の時を超えてリマスター再発されるということで、友人の勧めもあり改めて聴き直してみて驚いた。
 M1「painty paint pots」からして、確かにわかりやすくUK的な成分はない。しかしオルガンを前面に出したミニマルでサイケデリックなサウンドといい、どことなく60年代的なソングライティングといい、力の抜けたアンニュイな女性ボーカルといい、これはStereolabではないか。Stereolabはフランス人ボーカリストを擁しているのもあってかUKのバンドでありながら欧州大陸的な洒脱な空気感と流麗さ、影に潜む毒っけを持ち合わせていたが、800 cherriesが持つフィーリングはかなりStereolab譲りのものを感じさせる。そう思ったら一気に腑に落ちた。一方で60年代のサンシャイン・ポップを宅録でチープかつサイケデリックに再構築したようなフィーリングもある。自分が気に入っている「rainy poppy field」「honeydew blue」辺りは特にその感覚が顕著で、いずれもしっとりとした情緒のある美しい楽曲だ。
 それとは打って変わってM6「through」のような飛び道具的な楽曲もある。「through」は6分近い大曲で、シューゲイズ然とした陶酔感のあるノイジーなサウンドだ。淡白なリズム・マシーンのループをバックにオルガンのドローンやふわふわしたシンセのループ、か細い歌が乗るさまは往年のRocketshipのディープ・カットにあってもおかしくなさそうな趣き。もっと近しい界隈だと日本のSALON MUSICが「wanna be tied」で試みたシューゲイズ・サウンドにも通ずるものがある。よくも悪くも歌謡的な側面が強くなりがちな日本のシューゲイズとは一線を画すスペーシーな感覚が心地よい。
 アルバムのラストを飾るのはThe Velvet Undergroundのカバー「here she comes now」。M4.「b.b.v.u. (give me give me)」の曲名や歌詞にThe Velvet UndergroundやGalaxie 500への言及があるが、その系譜の影響がよりダイレクトに回収される形だ。しかしながら原曲のぶっきらぼうで危うい感じはなく、キッチュでまったりした仕上がりになっているのが印象的。
 本作をちゃんと聴いてみて、国内以上に海外で高く評価されるのも頷けると感じた。流麗で美しいソングライティングとファニーでチープなサイケデリアのバランスが素晴らしく、しかも渋谷系が根強い影響を持つ現行の音楽シーンにおいて類する存在があまりいない。90年代中後期のStereolabとほぼ時を同じくして日本で生まれた驚くべき一作を、この機会に再訪してみてはいかがだろうか。


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