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Slow Pulp 『Yard』 ”オルタナ”と”アメリカーナ” 真逆に聞こえる音楽を一つに詰め込んだときに見える人間らしさと美しさ by Kent Mizushima(to'morrow music / records)

KKV Neighborhood #186 Disc Review - 2023.10.5
Slow Pulp 『Yard』review by Kent Mizushima (to'morrow records)

Slow Pulp 『Yard』

Slow Pulpのライヴを初めて観たのは2019年のAlex Gのツアーでサポートアクトとして出演していたときのことだった。オルタナやシューゲイズな楽曲からガレージっぽさのある曲までを幅広く演奏しつつ、2018年に「At Home」という曲をリリースしていることも頷ける少し宅録アーティストさを感じるようなライヴで、ファジーな音色を軸にしつつも、ときにはMen I Trustを彷彿させるドリーミーなギターサウンドが会場を包み込んでいた。元々彼らのことは知っていたし、好きなバンドの一つではあったのだけど、ライヴを観てかなり印象が変わったのを覚えている。

2020年にリリースされた『Moveys』というデビューアルバムは個人的に年間ベストアルバムの9位に選出するほど好きで、とくにThe Smashing Pumpkinsを連想させる「Idaho」という曲はこの年のベストオルタナソングだったと思う。作品の素晴らしさとバンドの知名度はちゃんと比例し、デビューアルバムのリリースを経て、各フェスティヴァルへの多数出演やAlvvaysとツアーを回るなどSlow Pulpは着々と飛躍した。

そのSlow Pulpが〈Anti〉へとレーベルを移籍し、今まで以上に期待が集まった2ndアルバム『Yard』が先日9月29日にリリースされ、これがまたしても本当に素晴らしい作品に仕上がっている。

2曲目「Doubt」はサビの" I just wanted your do-do, do-do-do-do, do-do-do-do-do doubt "というフレーズで今までにはなかったキャッチーさを生み出している反面、少しフォーキーで実験的なリードギターはEP時代の少しエクスペリメンタルなフレーズを混ぜ込むSlow Pulpの特徴が出ている。懐かしさ+新しさを組み合わせ楽曲で、旧ファンを沸かせつつ、新しいファンも獲得できるような構成でバンドにとって重要な曲になるだろう。

さらにヘヴィーでファジーにギターサウンドが鳴っている「Cramps」では、激しくアップテンポな曲にもかかわらず、バンドのキャラクター性にとって重要な気怠さを残せているEmily Masseyのヴォーカルがまず第一に素晴らしいし、楽曲の後半でヴォーカルのエフェクトやサンプリングを混ぜ込んでいる辺りもSlow Pulpの実験性を物語っている。そのヴォーカルエフェクトはひと夏の恋を描いた「Slugs」のVerse 2でも活躍しており、Slow Pulpの一つの武器になっていることは間違いない。前作に続きパンデミックの影響でEmily Masseyはヴォーカルを父親と自宅のスタジオでレコーディングしているらしく、ヴォーカルのエディットも父親のMichael Masseyがクレジットされているので、もしかしたらこの辺りのアレンジにも父親が一役買っているのかもしれない。

昔からSlow Pulpは結構荒々しく歪んだギターを鳴らす楽曲も得意としていて、美しさと激しさ、壮大さと生々しさを混同できるバンドだったけど、今作後半はまさにそのバンド像を体感できるトラックが並んでいる。Slow PulpではギターのHenry StoehrとヴォーカルのEmily Masseyが楽曲制作のプロセスを担うのが多いとのことだが、唯一ベーシストのAlex Leedsがメインのソングライターを務めたという7曲目「Worm」は今作の中でもっともファジーなギターサウンドが爆発したかのようなグランジ調の楽曲で、リレーションシップのトキメキのはじまりのドキドキ感を表現。そして9曲目「Broadview」ではハーモニカーやバンジョーなどを使用したアメリカーナを披露しており、この曲での感情的なEmilyの歌声は今までの楽曲のどれもよりも素晴らしい。今年の春にリリースされたWednesdayの新作『Rat Saw God』も同様だが、オルタナやグランジのようなサウンドからアメリカーナとカントリーのようなサウンドまで、真逆でありながらも”アメリカ”という共通点で繋がっている音楽性を一つのバンドのプロジェクトとしてどちらも100点で完成させることを証明している。そして何よりも彼らがDIYで制作している拘りもアルバムのいたるところから感じることができて、僕が一番最初にライヴを観たときに感じた”ベッドルーム”というのもおもにアレンジ面にて散りばめられている。

Slow Pulpはデビューからこの2枚目の作品を通して、インディーリスナーからの愛と信頼を完全に勝ち取ったことだろう。何よりもアメリカの音楽が好きな人に多く届いてほしい作品だ。

Slow Pulp『Yard』
Release Date:2023.09.29
Label:Anti
Tracklist:
1. Gone 2
2. Doubt
3. Cramps
4. Slugs
5. Yard
6. Carina Phone 1000
7. Worm
8. MUD
9. Broadview
10. Fishes

Slow Pulp / Yard:Streaming
Slow Pulp:Instagram

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