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Coaltar Of the Deepers x Boris『hello there 』 遍在する7つの異空間 by 清家咲乃

KKV Neighborhood #206 Disc Review - 2024.1.24
Coaltar Of the Deepers x Boris『hello there 』review by 清家咲乃


UDECD-009 / FAS-060

 “Hello there.” 気安い挨拶が交わされる。COALTAR OF THE DEEPERS(以下COTD)とBorisという二つのバンドのあいだで。あるいは、彼らから私たちに向かって? とにかく、このスプリット・アルバムがそう気難しいものでないことは確かだ。
 COTDは1991年に、Borisはその翌年に始動し、ともに代替不可能な存在として長年ヘヴィ・ミュージック――ヘヴィ・メタルやハードコア、パンクなど激しさを特徴とする音楽を包括して言うところの――へのオルタナティヴな回答を提示し続けてきた特異点である。手短にまとめると随分陳腐に聞こえるが、実際はそう簡単じゃない。音楽のサブジャンルは想像を絶するほど細分化され、それぞれにローカル・ルールがあり、自陣から一歩はみ出れば吹きさらしのアウェーにもなる。もちろん、逸脱を試みるアーティストは古今東西現われてきた。プログレッシヴ・ロックやオルタナティヴ・ロックの源流だってそうだろう。しかし、そのどちらもが形骸化して久しい。「いわゆるプログレ」よりもプログレッシヴなものへ、「いわゆるオルタナ」よりもオルタナティヴなものへ。単一のバンドでそうした脱皮を繰り返してきたという点で、COTDとBorisは似ている。
 そして、両者のもう一つの共通点は「再提示」を行なうことだ。例えば、COTDには1stアルバム『THE VISITORS FROM DEEPSPACE』を本作でも健在のオリジナル・メンバーで再録した『REVENGE OF THE VISITORS』や、予告編EPで既発の楽曲をアルバム収録時にリアレンジ(『ROBOT EP』「THE SYSTEMS MADE OF GREED」→『NO THANK YOU』「THE SYSTEMS MADE OF GREED(Don't Bet Our Tax version)」など)したもの、BorisにはMerzbowとのコラボ・アルバム『Klatter』『2R0I2P0』でノイズによって装い新たになった既存曲や、各ディケイドで同テーマを問い直す『Heavy Rocks』シリーズがある。それらの先端として、セルフ・カヴァー・スプリットの本作がある。両バンドにはそれぞれ今のモード/リズムがあるわけだが、それを崩すことなく一つの作品としてまとめ上げるためにはうってつけの形態だし、相手からリクエストされた一曲をカヴァーしているのもスプリットならでは。加えて、各曲の尺が長いBorisがCOTDより一曲少なく収録された構成は、持ち時間を決めて既存曲を再提示する場としてのライヴを感じさせる。ただし、『hello there』が立ち現れる「場」は固定されていない。いわばこれは、遍在するツーマン・ライヴなのだ。

 公演は『PENGUIN EP』初出、『Yukari Telepath』でもリテイクされた「Wipeout」で開幕。和の調べとニューメタル・リフでDTMでの曲作をモチーフにした歌詞が描かれる。タイトル・コールが無機質なアナウンスへと変化、より電脳空間を想起させるテイストに。続く「Melody」はBoris『Noise』からのカヴァー曲で、夢見心地な冒頭の数十秒はまるでギターで奏でるコンフィ・シンセ。道路を高速で駆け抜けるうちにふくれあがる空気抵抗で視界がホワイト・アウトし、突き上げるように大気圏へと上昇するBorisと比較して、COTDの旋律は輪郭が幾重にもぶれて震え、重心のない加速感でもって広い場所へ広い場所へと宙を踏破していく。違う羽根から違う揚力で、右の耳から左の耳へ数千キロ。アウトロに響く、高音部で音が割れ気味になるソロは、遠宇宙から送信された歌だ。通り去って遥か彼方、そこからの声をこぼさないように受けとる。3曲目は『Yukari Telepath』より「Waterbird」。瞬間、打ち寄せるホワイト・ノイズに砂浜を幻視する。ここまで曲の舞台は地上にない。4曲目では、COTDの1stアルバムで口火を切ったThe Cure「Killing An Arab」のカヴァーにして、『REVENGE OF THE VISITORS』で改題された「Killing Another」がみたび更新される。90sデス・メタルを彷彿とさせたテンポ・チェンジとリフ・ワークは先祖返りを押し進め、ドローン・メタルにも繋がるロウな様態に。ぶるぶると蠕動するヴォーカルが、コズミック・ホラーの世界を極限の「異邦」として再提示している。
 電子の海、星々の海、水鳥、海底からの呼び声を経て、Borisのセットは波音ではじまった。『New Album』では混線・切断・乱反射によりブレイクコア的な聞こえ方をしたブラスト・ビートは、新しい「Luna」で有機的な潮騒として轟音の満ち欠けに並走する。『Noise』収録「Quicksilver」はここで、より立体感のあるドライヴを展開する。よりモダンな粒立ちのある歪みで回転するリフ。激情ハードコアの絶唱とリヴァーブを伴って流れるクリーン・ヴォーカルが要所で重なり、すれ違う。中盤には地から足が離れ今にも天に吸い込まれそうに歩調の乱れるセクションが追加され、COTDの音楽性にも通じるナイーヴな浮遊感を書き加えての再提示がなされる。束の間の漂泊で攪乱された体感時間に矛盾して、原曲よりも3分近く短くまとめられているのだから驚く。ラストを飾るのはCOTD『TORTOISE EP』から「Serial Tear」のカヴァー。エスニックなパーカッションで幻惑する元ヴァージョンに対し、Borisは轟音で極大の顎を形成、シーク・バーをバリバリと噛み砕いてゆく。しかし、歌の入りから景色は徐々に顎の奥、腹のなかへと潜った先の小宇宙へと様変わり。スペーシーで多声的なメロディはアンサンブルのうねりに運ばれ、最後は音渦に呑まれて収束する。有無を言わさぬ幕引き。目の前で行なわれていたはずのライヴは、白昼夢に消えてしまう。けれど、またどこからでも、7つの異空間へはアクセスできる。もう一度、あの気安いあいさつからはじめよう。

1st Cut Music Video
Coaltar of the Deepers "Melody" (Boris Cover Song)

Coaltar Of the Deepers x Boris スプリットアルバム『hello there』

両バンドのセルフカヴァーと、それぞれが自身のバンドの曲を選び、相手側にそのカヴァーをリクエストした曲で構成された特殊コラボレーションアルバム。
Tracks
Coaltar Of the Deepers
1. Wipe out
2. Melody (Boris Cover)
3. Waterbird
4. Killing Another
Boris
5. Luna
6. Quicksilver
7. Serial Tear (COTD Cover)

CD : ¥3,000
Vinyl, Digital, Subscription : March 22nd 2024 via Dog Knights
U-disper Records & Fangsanalsatan
お近くのCDショップ、またはこちらの通販サイトで!https://nydcollection.com/collections/boris

国内ツアー追加公演 “hello there” tour -premium-
2024年2月15日(木)at 新代田FEVER
Coaltar of the Deepers
Boris
DJ:掟ポルシェ
Open 18:30 / Start 19:30
Ticket ¥6,900 +1d
ZAIKO (English is Available)
https://borisheavyrocks.zaiko.io
※チケットの購入には、Zaikoアカウントの登録(無料)が必要となります
主催: U-desper Records & Fangsanalsata


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