見出し画像

Megumi Acorda『Silver Fairy』フィリピン屈指の耽美派ドリーム・ポップ・バンドが描く愛と死 by 管梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #164 Disc Review - 2023.4.12
Megumi Acorda『Silver Fairy』review by 管梓(エイプリルブルー)

Megumi Acorda『Silver Fairy』

僕がMegumi Acordaを知ったきっかけは2019年のFor Tracy Hydeのアジア・ツアー。マニラ公演の共演者のラインアップに名前が挙がっており、「Megumi」という日本風の名前(実際に彼女は日本生まれだそうだ)に興味を惹かれて2018年にリリースされていたEP『Unexpectedly』を聴いた僕は、すぐさまそのサウンドに魅了された。ゆったりしたテンポやシンプルなアレンジはスロウコアをモダンでスタイリッシュな形にアップデートしたCigarettes After Sexを思わせ、それでいてしっかりシューゲイジングしているギター・サウンドや60年代風の美しいヴォーカル・ハーモニーなどの独自要素も取り込まれていて、ほかにはないMegumi Acordaならではのサウンドが既に確立されていると感じた。日本人好みの情緒豊かで切ないメロディ、ウェットな空気感はライヴでも存分に発揮されており、紫色のライトに照らされながら演奏されるEPの表題曲「Unexpectedly」は音源の印象を裏切らず青春映画のプロムさながらのロマンチックな時間を演出していた。彼女とともに演奏する男性メンバーたちのハードコアな佇まいとのギャップも印象深い。

そんな彼女が2021年の『Unexpectedly』再演ライヴ音源、2023年のシングル2曲(1曲はアルバム未収、1曲は後に再録版が収録される)を経てリリースした待望の1stアルバムが本作『Silver Fairy』。前作からいささか時間は空いてしまったものの、期待を遥かに上回る好内容だ。

全体を俯瞰してまず感じるのはプロダクションの洗練。前作ではすべての音が遠くリヴァーブの霞の向こうで鳴っており、それがモノトーンな幽玄さに繋がっていたが、今作はドリーミーな印象を保ちつつもリヴァーブへの依存の度合いは確実に下がっており、ソングライティングを前面に押し出そうという意志が感じられる。直近のシングル群はどちらかというと前作に近い感触があり、音がより近くダイレクトに聴こえてくるこの変化は予想外だったが、とても効果的で好ましく感じる。そのサウンド面での変化に呼応するようにMegumiの歌唱も伸びやかさを増しており、トゥイーなノイズ・ポップ・ナンバー「Nothing / Forgotten」でのファルセットは今作のハイライトのひとつと言えるだろう。ギターワークやアレンジもより複雑になり、前述の「Nothing / Forgotten」での意外にもアグレッシヴなファズ・ギターのほか、東洋的なツイン・リード・ギターの絡みが息を吞むほど美しい「Tomorrow」、ビーチ感のある単音リフとトロピカルなパーカッションが楽しい「Borrowed / Burrowed」など多彩な表情とフレージングで飽きさせない。

しかしながら、今作のいちばんの魅力はドリーミーさの裏にある空虚な退廃感、うっすら漂う死の匂いではないだろうか。冒頭を飾るインストゥルメンタル「Dream Sequence」の時点でも気配を見せるそれは終盤に進むにつれて濃密になり、最期の瞬間に自分を思い出してほしいと切々と訴えるラストの「Songs of the Sea」で極大を迎える。自分のすべてを差し出すようなどうしようもなく献身的な愛、記憶と忘却、罪と忘却、そして死……歌詞のテーマ性をそのまま抽出して音に託すように一曲一曲、一音一音がもの悲しく響く。今年アジアから生まれるシューゲイズ/ドリーム・ポップの最高峰が3月にして世に出てしまったと断言するのは気が早すぎるだろうか。

Megumi Acorda『Silver Fairy』
Release Date:2023.03.17
Label:Self Release

Tracklist:
1. Dream Sequence
2. Tomorrow
3. If They Come
4. Borrowed / Burrowed
5. Feverfew
6. Nothing / Forgotten
7. Time Does Not Heal All Wounds (A Reprise)
8. Songs of the Sea

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?