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14.見えないものを信じ切る力

昨夜「リトルプリンス星の王子様と私」という映画を観ました。あの有名な「星の王子様」の後日談です。主人公はお母さんと一緒に暮らしている小さな女の子、そして飛行士のおじいさんです。

「星の王子様」というお話は有名なのでみなさんストーリーをよくご存じかもしれません。映画では舞台が現代となり「星の王子様」に出てくる飛行士はおじいさんとなって登場します。年をとった飛行士はいつも夜になると星を眺め、直らない飛行機をいつまでも修理し続ける周囲からは得体の知れない変わり者として知られています。おじいさんの隣家(風変わりな家、得体の知れない老人が隣なので安く購入出来た)に引越ししてきた女の子は最初おじいさんを煙たい存在として扱います。しかし徐々に親しくなるにつれておじいさんは女の子にとってものすごく大切な人になります。お母さんや警察官にうそをついてまでもおじいさんを守り、そしておじいさんが倒れた時は誰よりもおじいさんを心配するほどです。

そして映画では大人になった星の王子様も登場します。仕事に追いまくられて規則を第一とするなんとも味気ない青年として映画では描かれています。また街に住む人々は常に下を向いて歩き、職場では一心不乱に仕事を続け、世の中が全てビジネス主体で動いています。女の子もおじいさんと親しくなるまでは良い学校で良い成績をとるためにお母さんの言いつけを守り、10分単位で決められた課題を毎日こなしています。これらのシーンは恐らく人々が産業革命以降ずっーと何かおかしい、こんな事じゃいけないという心の奥底にあるイメージを具現化したものではないでしょうか。このイメージが何百年も続いているわけです。人間はよりよい生活を追い求めて今まであらゆる努力、挑戦、そして革新を起こしてきました。新しい病気が現れればそれを直す新薬が昔とは比べ物にならないくらい早く世の中にでてくることを考えれば我々は幸せな世界に住んでいるはずです。でも何故か映画の描写は相も変わらず現代社会を暗く、味気のないものとして描いています。

星の王子様は自分の星に残してきたバラをいつも心に抱き続け、飛行士は星に帰ってしまっただろう王子様を毎夜星を眺めながら思い出します。(映画では最後までおじいさんと青年は会うことがありません)「大切なものは、目に見えない」、このセリフが映画の中で何度も登場します。今目に見えている美しさ、今感じられる快適さ、そして今を満足せず更なる欲求に任せて行動する我々が少しだけ立ち止まって考え直す必要が今あるのではないでしょうか?自分だけの正義を振りかざし、他人の気持ちを考えずに他人の心身に対する攻撃が毎日のようにニュースを賑わしています。ネットによって全世界が繋がったこの素晴らしい環境を何故良いことに使えないのか?そして何故これほどまでに広範にわたって悪意が広がるのか?

上司にたてつくことが出来ない青年となった星の王子様が女の子の素直な気持ちに勇気づけられて「No」と叫ぶシーンがあります。これを見て私は今我々一人ひとりがすべきことは悪意に満ちた行為ではなく善意ある行動だと感じました。善意ある行動には勇気が伴ないます。そしてそれに必要なのは「見えないものを信じ切る力」ではないでしょうか。人には想像力というとてつもない能力があります。今この場で月にも行けるし、飛行機がなくても飛ぶことが出来ます。しかしながら我々は目に見え、触れられるものに価値があると感じ、そしてそのものを獲得するための貨幣に振り回されます。そんな価値観も覆す自然の災厄が昨年から猛威をふるい続け、まだまだこの状況が続くはずです。そして世の中全体が映画で描かれる社会を壊し続けていきます。星の王子様でさえ、自分の過去を忘れてしまうほどの現代社会が壊れていく末に必要なのは飛行士、女の子、そして我に返った星の王子様がよく言っていた「大切なものは、目に見えない」というセリフ、そして「見えないものを信じ切る」ことではないでしょうか。その先に新しい、そして本当の幸せな世界が創造されると私は信じています。


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