見出し画像

ヤマシタトモコ 『違国日記』 8巻までの感想メモ


1, 2巻

2巻まで読んだ。
しんどい〜 読むのにひどく疲れる漫画だなあ
時代への訴求力がある作品なのはわかるが、今のところ自分には微妙に合わない気がしている。
それは、槙生の姉(朝の母)の造詣とか、朝ちゃんの卒業式の日に職員室へ呼び出した男性教師の描き方とか、そういうところで特に強く感じる。
なんというか、槙生と朝、メインふたりとその周りの人々(友達や元彼など)の感情や生を繊細に描くために、それ以外の社会が都合よく舞台装置にされている雰囲気が引っかかる。
この物語を読むには、中心にいる彼女らを好きにならなければならない。少なくとも、彼女らの生き様に胸を打たれなければならない。清濁を併せ呑んで。それが、紙面とストーリーテリングの繊細さに比して、かなり押し付けがましさを感じてしまう。

キメのコマ・台詞には人物の顔に陰影がクッキリと浮かび上がる。その、「どうだ!感動しろ!刺され!」と言わんばかりのポーズに辟易するのだ。

背景が省略されがちなのも、合わない一因なのかな。人物が中心に来すぎているというか。ヤマシタトモコさんだと『花井沢町公民館便り』が結構好きなのだけど、あれは「花井沢町」という1つの共同体の風景が中心にあった。対して本作は、タイトルからして「違国」ですから、意図的に風景の抽象度を上げているのかもしれない。


3巻

感想言うのむず〜〜
とりあえず最後の15話はじんわり涙が出てきた。これは感想ではなく事実の報告

槙生の書いている少女小説と、本作のキメのモノローグの文体は似ている。意図的なのだろう。この点は地味に重要な気がする

槙生、人付き合い苦手とか言ってもなんやかんや気の置けない友人たちと、頼れる元彼がいて恵まれてるよなあ。小説家として食っていける才能まであって。
自分のほうが恵まれてないマウントをキャラクターに仕掛けたところで不毛なだけだからやめたい

朝ちゃんの親友えみりちゃんとの仲を応援したくなるけれど、それはこの物語のなかでいちばん気軽に消費しやすい関係があそこだからなだけじゃないのか? しかも今後おそらく関係が拗れてもおかしくないし。

槙生と朝の二次創作とかめっちゃむずそう。そこに限らず、他者を尊重し、自分の思い通りに扱うことの暴力性をいかに忌避してうまくなんとかやっていくか、が要の話だから、根本的に二次創作の難易度が高い。

槙生の1人になりたい属性はちひろさんとかとも繋がるが、あの人ふだんは超絶コミュ強だからなあ

朝のお父さんが空気過ぎる。めっちゃ女系の家族関係のはなし

画像1

この左ページの斜めに横断する線なに? めっちゃ考え抜かれた末のものだというのはわかる。
この見開きでの詩的なモノローグなんかは滑ると大変なことになるので、この斜め線はとても大事なのだろうけど、具体的にどういう役割を果たしているのか分析できない。


4巻

画像2
画像9

笠町さんめっちゃカッコよくて良い人〜〜
僕も笠町さんといったん恋人になってから友達として付き合い続けてえ〜〜

志村貴子作品だったら絶対このイケメン弁護士とも良い仲になってた。それが笠町君に知られてドロドロ展開へ──

槙生、ADHD傾向の人間にしてはむしろ朝に対して適切な「深良い」言葉をすらっと吐けすぎてないか?
口頭だともっと吃ったり、言いたい事が咄嗟にまとめられずにぐちゃぐちゃしては、あとでひとりになった時に「ああ言ってればよかったのかー」と反省するものではないのか? 普通のことができない人間どころか、普通のひと以上に物事をこなせる有能な人物として映っている。
小説家だからなのかもしれないが、推敲を重ねて紡ぐ文字媒体と、瞬発力で相手に届かせる口語媒体は違うしなあ
ここがフィクションのリアリティラインの限界なのか。

うおーーー
毎巻締め方がうまい!


5巻

高代実里を不在の中心として巡る物語。ボラーニョのような。

画像3

ここで手を握るのにマジでキュンキュンした。あ〜〜〜〜自分も笠町さんに後部座席からこっそり手を握られてぇ〜〜〜
まじめに、男性キャラにこんなに(感情移入とかでなく)惚れたのは初めてかもしれない。

画像4

母が自分に遺した日記の文字を読んでなお、「こんなの本当かどうかわからないじゃん!嘘かもしれないじゃん!」と口に出して叫べる朝。この描写は、それ自体が紙の上に書かれた「嘘」であるこの物語の立ち位置を根底から揺さぶる、きわめて重要な場面だ。

画像5


これは、「書き言葉」の国で暮らしてきた槙生と、「話し言葉」の国で生きている朝が、それぞれ互いの国へ足を踏み入れて(けっして決定的には足を踏み入れないで)、互いの国の言葉を使って相手を、そして自分を識ろうとする物語である。
てな感じで登場人物を記号化すれば批評っぽいカッコいいことは言え/書けそうだけれど、嫌になってしまうわ。

槙生の「とても悲しいこと」ってなんだろう……姉から言われた言葉か?


画像8


ここ、一瞬スマホで電子書籍を読んでいるのかと錯覚するかんじが好き。
それ自体を見るもの(液晶スクリーン)から、別のものを見るためのもの(ライト)へと位置付けがスライドされ、そして物語への没入とともに投げ捨てられる存在……
こういうミクロで多義的な物語が込められる小道具としてのスマートフォン表象って考えたことなかった。紙の本じゃあできないもんなあ。おもしろ!

ここまで現代人の心理に切迫したものを描けるさまを見せつけられると、売れる漫画で反出生主義が扱われるまではあと一歩もないと感じる。次回作あたりどうですかね。純文学にはすでに川上未映子が持ち込んでいるので。ヤマシタトモコ先生ならいけるって!


6巻

26.5話(朝と同居する前の槙生と友人たちの宅飲み回)最高

なんか、こういう漫画が存在して、そしてそこそこ売れて評価されているんだったらこれからの日本社会は大丈夫なんじゃないかと思っちゃう。いや全然大丈夫ではないんだけど。でも。『進撃の巨人』がなぜこんなにヒットして少年漫画の代表みたいになっているのか信じられないのと似ている。

画像6

最高の台詞

27話ヤバ
3つの異なる時系列の「来客」をシャッフルして多声的に描く。特にまったくの新キャラ(小説家の同業者)を一切の説明なしに登場させ、次第にわかるようにしていく構成。「世界がうるさい」。そして「来客なし」の静寂。上手すぎる。1話読むだけでこんな疲れるのか。
しかもこのポリフォニックな構成は今回が初なのだけれど、前話のような「女子会」の脈絡が飛び幾つも並走する会話の応酬はずっと描いてきたわけで、そこと地続きだからそんなに違和感がない。

29話 これまでのどの話よりも泣けた。えみり……

画像7



7巻

34話 千世さん・・・

医大の不正入試で女生徒が不利になっていたというニュースは知っていたし、それを聞いて、憤っている人たちを見て、自分も、なんて酷いんだ、絶対に是正されるべきだし、補償されるべきだと人並みのことを思ったような気はする。が、そのニュースを見た現役の医大志望の女子高生が「人生終わった」と心が折れて学校を休むなんてことはまったく想像しなかった。できなかった。言われてみれば、たしかにそういう人がいても何もおかしくないほどに凄まじく許しがたい残酷な出来事だよなあとはまた人並みに思うわけだが、言われるまでは絶対に思いもしなかった。その断絶が、そういうことなんだろう。わたしは不正入試を実施して、多くの人の人生を終わらせてしまう側にいる。自分が踏みにじってきた他者のことなどまったく気付きもしない側に。認めたくはないが。認めなくてはならない。

「入学試験は絶対に公正でなきゃけいないものなのに」と叫ぶ千世さんには、まぁ点数によって個人の能力を測る試験じたいが「公正」ではあり得ないことが能力主義批判によって明らかになりつつあるんですけどね……と横槍を入れたくなってしまう。しかしもちろん彼女が悪いのではなく、彼女に「点数による"普通の"試験なら公正であるはずだ」と思わせてしまった/ている現代社会が悪いのですけれど・・・

ジェンダーにしろクィアにしろリベラルな思想はそれ自体の正しさによって駆動され留まることを知らない。だから反能力主義も反出生主義もヴィーガニズムもルッキズムも何もかもが「すぐそこ」にある。もう少しで届く。
(※玉城さんの件でとっくにルッキズムは持ち込まれている)

へ〜 "I witness you" って『マッドマックス 怒りのデスロード』へのアンサー/オマージュなんだ。見なきゃ・・・

関係とか感情とか愛とか純粋さとか、そうしたものが実現してしまうことへの畏れと消費してしまうことへの畏れを内包している作品が好きかもしれない、と最近思うようになったのだけれど、違国日記はまさにその線の最適解と言いたくなるほどの作品だ。"配慮" が行き届いている、と言葉にすれば簡単なことを、ここまで、高い精度で繊細にやるか。それがどれだけ難しいか。自分のためにしか作品は書けない。それを体現するかのような。

フィフティピープルじゃん。やっぱ韓国文学はこういう層に人気よな〜
残雪とか閻連科とかベルンハルトとかセリーヌとかピンチョンとか読むより高校生にとってよっぽど教育的だし。


8巻

おわり。ほえ〜〜〜〜〜
これで既刊すべて読んだ。これは現代人必読なんじゃないでしょうか。すべての中学高校の図書館に置くべき。なんか最近いつも言ってるなこれ

序盤で「お父さんが空気すぎる」と言っていたのが嘘のように、不在の中心でもない、「無」を巡る旅。問いかけとエコー。

千世ちゃん、ご両親が医者だというけれど、自分で志望するにあたってどう折り合いつけてるのかな。掘り下げ読みたいな。

ずっと繊細で読むのに疲れるんだけど、朝さんの学校のシーンは一筋の清涼剤のようで、学園要素がなかったらおそらく自分は途中で挫折していた気がする。学校のシーンだって繊細だしかなり切実で緊迫したものごとを色々と扱っているのだけれど、それでも、この巻であった「誰もいない廊下」に響くエコー、そうした空間的な清涼感をこの物語にもたらしていると思う。




追記:完結後の感想を投稿しました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?