私たちは、変化を強要された。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、緊急事態宣言が発令され、早くも2週間が経過した。

東京都内の1日あたりの感染者数は、依然として100人を越える人数で推移している。
政府や各自治体による外出自粛要請(そもそもこの言葉がもやもやする。自粛は要請するものでも、されるものでもない。)の効果があるとすれば、今週がひとつの峠になるだろう。

今般の非常事態を受け、私が勤める会社でも、原則として事務所への出勤が禁止された。感染リスクを避けることを考えれば最善である。一方で、世界規模での景気悪化のことや、今後の生活を考えると、安心ばかりもしていられない。

政府の対応に批判が集まっているが、私はこうした論説に与することは出来ない。現在の分析では経済に与える影響を考え、東京2020オリンピック・パラリンピックの実施延期や、中国からの入国禁止措置などへの判断の遅れが、感染拡大を招いたとする論考を見かけた。おそらくこの種の分析は正しいと思う。しかし、あの段階で国民の中に、これほどの事態を予測できていた人がどのくらいいるのか。多くの人々が、ほんの2ヶ月前まで家族や友人たちと酒席を共にし、旅行や観光を楽しんでいた。私自身も、武漢で起きていた非常事態を、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。そういった意味では、限られた時間と情報の中で、ベターな判断を下したとも言える。過ぎたことをいつまでもなじるような真似は建設的でないので嫌いだ。段階的に振り返り、今後の糧にするほかない。

私は一般消費者向けの商品を製造・販売する企業に勤めている。(コンプライアンスがあるので詳細は明かせないが、多くの商品がギフトとして、イベントや様々な記念日に使用されている)

感染を避けるためには、県をまたいだ移動や、密閉・密集・密接のいわゆる「三密」を避けることが推奨されている。我々が取り扱うギフト商品は、これらの条件を満たした環境下(例えば結婚式やパーティー)で用いられることが多いし、商品を納品する施設も休業していることから、売上減少は避けられない状態だ。同業の中には、新規採用の絞り込みや減給、ひょっとすると整理解雇もありうるかもしれない。あくまでビジネスベースの話だが、大きすぎる影響を与えている。しかし、対面でギフトを送り合うことができなくなることの方が、実は長期的意味で私たちの生活や考え方に与える影響が大きいのではないか。

医療や警察・消防をはじめ、完全にオンライン化することができない業種もある。これらの業種を除けば、業務の一部をオンラインで行うようになることは(スピードや程度の差はあれど)ほぼ確実だろう。意外と、ビジネスがこのような変化に対応していくことは、容易と考えている。

しかし、生活や暮らしの面ではどうだろうか。家族の大切な記念日をお祝いしたり、友人たちと思い出話に花を咲かせることや、好きな人をおしゃれなご飯屋さんに誘うことができなくなっていく。コミュニケーションの機会が失われてしまった。私たちは突然、変化を強要されてしまった。感情が揺れ動くコミュニケーションを、現下の状況に適応させていくには、まだまだ時間がかかるのではないだろうか。

長期的な視点に立てば、仕事や学習、ショッピングなどは、可能な限りオンライン化された世の中が訪れると考えている。これから生まれ、成長していく世代(「コロナ・ネイティブ」と呼ばれることになるのかな?)は、前段の事柄でさえもオンライン化していくのだろうか。

今回の危機はまだ始まったばかりで、こんなことを記すのは早計かもしれない。しかし、危機の中で感じたことや考えたことを残しておくことは無駄ではないだろう。

果たして、コミュニケーションはどのようにアップデートしていくのか。

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