【LOT・修羅組編】第二章 親友
修羅と理恵の異変から三日。
連絡先も交換していないので状況が分からないが、シエ曰く組織から事件が起きたと連絡も入っていないので大丈夫、との事だ。
竜也はふと立ち止まって、手でパタパタと自身を扇いだ。
空を見上げると雲ひとつない綺麗な青空。そこだけ見れば爽やかだが、暑い。とにかく暑い。
照りつける太陽が俺を殺すつもりだ、と竜也は太陽を睨み付けた。お前、七月でもないのに気合入れすぎだろ。
だがそんな事をしていても当たり前に涼しくはならないので歩き始める。
狭い路地を進んで行く。
佑馬やヒロが休みの時はこうして一人、人目を避けて路地を歩いた。なんとなく、陽の光に当たるのが嫌なのは昔からだ。暑いからとかそういう理由では無く。……まあ、理由は自分の中でなんとなく分かっていたが。
ふと、自分に影が掛かったことに気付き、何かに気づいたように急いで上を見上げる。
そこには、巨大な猫が居た。
真っ黒な毛に赤い目。その大きさは顔が人間の上半身ほどあるように見えるが、器用に小さい屋根の上に乗っている。
その体の割には軽いのだろうか?屋根はそれ程沈んでいるようには見えない。
猫はずっと竜也を見ていたらしく、見上げたことによって目が合っている。じっと見つめて、にんまりとまるでチェシャ猫のように笑った。
「アレェ?お前、前にも見たなァ?ま、会うのは初めてだケド」
くつくつと喉を鳴らして笑う猫。
会うのは初めてだけど、見たことがある?
よく見なくてもこの猫は妖怪だろう。尻尾が二叉になっているし、そもそもこんな巨大な猫が居るなんて聞いたことも見たことも無い。
ということは以前出会った妖怪の仲間の可能性が高い。それなら、見たことがあるのは頷ける。
しかし、聞いたことがある。ならまだしも、見たことがあるとはどういうことか。視覚共有でもしているのか?
竜也はジッと見つめるだけで何も答えない。様子を伺っているのだ。
「無視かい?ハハ、まアいいケド!そんじゃ本題に入るぜェ」
猫は竜也の前に飛び降りる。やはり体の割には軽いからなのか、それとも何らかの方法で衝撃を和らげたのか。どちらにしろフワリと着地した。
竜也は一歩後ろに下がって身構える。
猫は再びジッと見つめて、静かに問いかけた。
「蜂南一家を知ってるカイ?」
ピクリ、と竜也の眉が僅かに動く。
やはりそうか。先日の鬼もそんな事を聞こうとしていた気がする。
一体誰がこんな事をして探っているのかは知らないが、危険であることは間違いないだろう。
竜也は首を横に振り、知らない、と答えた。
「存在する、ってことしか。ていうか本当に居るの?」
「あァ居るヨ。会ったことがあるからネ。それはそれは恐ろしい奴だったなァ」
「へえ?とにかく、俺は知らないよ」
「なァんだ、使えねェ奴だネ」
猫は不満そうに眉を顰めて、わざとらしくため息を吐き出す。
と、次の瞬間には目の前に巨大な手が迫っていた。
咄嗟に体が動いて後ろに仰け反ったものの、鋭い爪がすぐ目の前にある。あ、まずい、と竜也は冷静な頭で思った。
このスピードにこの距離ではまず避けられない。
まあ自分も治ることだし良いのだが、首が飛ばされた場合誰かにくっ付けて貰わなければ治ることさえ出来ないので、それは困る。
どうしようかな、なんて迫る爪を眺めていると、突如その猫が地面に伏した。
誰かが上から飛び乗ったようだ。そしてその誰かとは。
「香偲!?」
「おはよ」
にま、とこの場には合わない挨拶と共に、香偲は現れた。
「っと、間に合ってよかったぜ」
香偲は、いつかの俺のように上から飛び降りてきたようだ。俺が言うのもアレだが、危ないな。と竜也は思った。
香偲は猫から飛び降りると竜也の前に立ち、改めて猫に向き直った。
「よォ猫ちゃん?あー、猫くんか?ま、どっちでもいっか。んな事聞いてどうすんだよ?それに、知らないって答えただけで攻撃しやがったな」
確かにそうだ。なぜ攻撃されたのかが分からない。まあ恐らく聞かなくても理不尽な理由なのだろう。
猫は痛そうに表情を歪めながら体を起こす。
「コノヤロウ……痛いじゃねぇカ」
「質問に答えろ。蜂南一家について、聞いてどうする」
「それは言えないねェ」
二ヒヒ、と不気味に笑う様子に香偲は眉を顰めた。あくまで答えないつもりか。隠したがる理由がある、のか。
「じゃあ、なぜ攻撃した?知らないって答えただけだろ」
「知らねェとか、本当かどうか分からねェだロ?だから殺していく。ンじゃあ、そのうち答えるかくたばるからなァ」
「なるほど?」
とはいったものの納得できるはずがない。なんだその身勝手な理由は。人をなんだと思っているのか。
「テメェの主サマがそうやれって言ってんのか?」
「二ヒヒ」
猫に答えるつもりは無いらしい。妖怪は攻撃されれば札に戻る。ということは妖怪が自身で動いている訳ではなく、誰かに召喚されている可能性が高い。
ならば少なからず主はそれを黙認しているか、命令しているのか、のどちらかだろう。どちらにしろ許せない。
香偲の笑顔が引きつっていく。
「んで?オレらの事殺すつもりか」
「そりゃァそうだネ。大人しくは、死んでくれなさそうだケド───!!」
そう言って猫の鋭い爪が再度襲いかかる。それを香偲は防御で受け止めるが、力が強く押し負けそうだ。
防御ごと、足が僅かに後ろへと押されていく。
「っ、ぐ……!」
「香偲!」
俺も攻撃を。
そう思った竜也が大鎌を出そうと構えるが、香偲が「やめろ!」と声を上げた。
「テメェ、暴走しやすいんだろ……!オレはやられても死なねェが、テメェは責任感じるだろうが!そんな顔、もう見たくねェんだよ!」
押してくる力に負けまいと堪えながら、香偲は叫んだ。もう、そんな顔させたくない。誰にも。
だが猫と同時に相手をするのは流石にきつい。となると、竜也には何もさせられなかった。
分かっている。それはそれで責任を感じるのだろう。だが、自らの手で傷付けてしまうよりかはマシなはずだ……!
香偲は防御で押し返すように、足に力を入れて手を前に押し出していく。が、やはりピクリとも動かない。
チッと小さく舌打ちを零す。
「おい竜也!」
「えっあっはい!」
「ンで敬語だよ……じゃなくて、順に連絡してくれ!そう遠くには居ないはずだ!オレひとりじゃ負けやしなくても勝つ事も出来ねェ!」
「わ、分かった!」
電話をする声を背中で感じながら、香偲は猫を見上げる。
この大きさの割には押す力が弱い気がする。なんなら順の能力の方が上回りそうだ。
もしや、妖怪使いに影響されてんのか?
疲れてたり、そもそもそこまでの力を持っていなかったり。
能力は、能力者自身のステータスがかなり響くのだ。
香偲の防御も、その時の香偲のメンタルによって強度が変わる。心をかなり乱された時には簡単に小さいナイフで破られてしまうほど弱くなってしまう。
が、逆に何も動じていない時にはこのようにほとんど破られることは無い。
この猫もそのように影響を受けている可能性はかなり高い。だとすると、主の何に影響を受けているかは分からないが、元より主の力が強くないのか弱っているのかのどちらかになる。
やはり主を叩くのが早いか。とはいえ今はどうにも出来ない。
クソ、と苛立つ気持ちが零れる。
とりあえず順が来るまで耐えればいい。捕まえて、聞き出せれば万々歳。出来なくとも札はまた入手することが出来る。確保さえしておけばいつか主が取りに来るはずだ。
おいクソ猫、と香偲は見上げた。
「早かれ遅かれ、オレらはテメェの主を見つけ出すぜ。テメェの命が惜しけりゃ、今教えろよ」
「死ぬのなんて怖くないネ。ワシらは、主に命くらい捧げることが出来るんだ。だから、諦めな?」
「あっそ、んじゃ遠慮なく」
突如、香偲がゴホッと咳き込むと同時に血が吐き出された。
咳き込む度にビシャビシャ、と地面に落ちていく血を見て竜也の目がゆっくりと見開かれていく。
「──香偲!!」
「だいじょ、ぶ……だ……!」
「大丈夫なわけないだろ!なんで……っ!」
竜也は猫を睨みつける。こいつが、原因か──!
「おい、何をした!!」
「ワシはなにもしてないケド?」
「は!?んな訳……!」
「違ェ!」
香偲の声に竜也が振り返る。未だに血を吐き出し続けるその様子は見てられないほど痛々しい。
ちがう、と再び香偲の口が動いたと思いきや、フッと糸が切れたようにそのまま膝から崩れ落ちた。
咄嗟にその体を受け止めるが、防御が徐々に破れていく。意識を失っているようだ。
「こ、んの……!!」
大鎌を出して構える竜也。だが香偲を抱えているせいで片手でしか構えられない。
この鎌は見た目の割には軽いが、それでも重さはある。上手く扱えるかは分からないが、いざとなれば奥の手を……!
背後から走ってくる足音が聞こえてくる。そして、振り返るとそこには。
「順!」
防御が破られると同時に竜也たちに迫るその猫の手を、順が正面から拳で受け止める。
纏っている紫の光が濃くなっていくと、徐々に巨大な手が押されていく。
「なに……っ!?」
驚く猫に答えることなく順がその猫を思い切り殴ると、その巨体は呆気なく吹っ飛んだ。
とはいえ狭い場所。それを分かって順は敢えて少し上に向かって殴ったことにより、距離は飛ばず猫は地面に叩きつけられた。
たまらず小さく唸りながら身を捩らせる猫。
「くそ、聞いてない……聞いてナイぞ……!」
そう言うと逃げるように飛び上がりそのままどこかへと走り去った。
「林!」
「任せろ!」
順がそう叫ぶとどこからともなく理央が飛んできてその猫を追っていく。
それを目で確認してから、竜也の元へと歩み寄った。
竜也は何度も何度も香偲に呼びかけている。が、反応はないようだ。
「順!どうしよう、香偲が……!」
「……大丈夫だ。今はな」
そう言って屈むと、ハンカチを出して香偲の口元を拭う。
「こいつは、能力が体に合わないせいでこうして影響が出ている。山口の目と同じだ。だから、今は死ぬことは無い」
脈もある。と順が竜也の手を掴みその首を触らせた。
とくん、と静かだが生を伝えるその感触に竜也は胸をなで下ろした。
安心したことにより、強ばっていた肩の力が抜ける。
香偲も、影響が出ていたのか。
血を吐くなんて……。どれくらいの頻度で吐血しているかは知らないが、いつまで持つのだろう?と嫌なことばかりが頭を過ぎる。
能力って、なんなんだ。
改めてそんなことを思って香偲の肩を抱えている手に力を入れていく。
許せない。
なにが許せないのかは分からない。
強いて言えば、理不尽なこの「運命」かもしれない。
「香偲!」
保健室の扉を開けて入ってきたのは珠喇。
幼なじみの香偲がまた吐血したと聞いて駆け付けたのだ。
ベッドに静かに寝ている香偲に歩み寄ると、その頬に触れる。よかった、暖かい。これが冷たくなったらと思うと息もできないから。
安堵する珠喇に竜也が顔を向ける。
どうしても、申し訳ないという思いばかりが頭を過ぎる。
もし俺が暴走体質でなければ、香偲が能力を使わずに済んだ。じゃあ今よりはいい状況だったのかもしれない。
俺の、せいだ。
ぽん、と竜也の頭に置かれる手。
竜也がそちらへ顔を向けると、そこには養護教諭が居た。
「また、何か考えているな?」
耳の下まである髪の毛をハーフアップにしたタレ目の彼の名は、花左弥川 聖二(かざみがわ せいじ)。この学校の養護教諭にして、生徒会の理解者である。
基本、この学校で生徒会の味方、理解者という立場にいる人間は数少ない。というかほとんど居ない。
教師ともなれば尚更、現在は誰もいなかった。
そんな中、この花左弥川は理解者であり、能力者ということも知っている人物。能力についても詳しく、相談相手でもある。
そのため怪我をした場合などはここに駆け込むことが多い。能力者の存在を知っている病院は少し遠い所にあるので行きづらいためだ。それに、結構料金が高い。
そういう事もあり、生徒会はよく保健室を利用している。保健室とはいうが、正確には特別に隣の教室を使った二つ目の部屋だ。保健室に生徒会が居るともなれば誰も近寄らなくなるため、こうするしかない。
花左弥川は竜也の頭を撫でると、その目を見つめた。
「お前の性格は何となく分かる。だけど、気に病むことは無い。朋以のこれはなにも能力を使った、ということだけが原因じゃないからな」
「そう……なの?」
「あぁ。不意に吐いてしまうのが大概だ。だからお前のせいじゃない」
撫でるその手は大きくて、暖かくて。ほとんど話したこともなかったのに、何故かとても安心した。
だが。お前のせいじゃない。そう言われても素直に受け取ることは出来なかった。
俺は、許されるような人間ではない。でもそれを言うと折角の居場所が壊れそうで、とても怖くて言えなかった。
ワガママだ。ワガママで、生徒会を不幸にするかもしれないのに。
俺の、エゴで。
「ごめん」
「謝らなくてもいいよ、竜也」
珠喇が顔を上げると首を横に振った。
花左弥川の言う通り、竜也のせいじゃないよ。そう微笑む珠喇。
竜也はそれを見つめたあと、目を伏せた。
「俺は……ここに居ていい人間じゃない。俺は……」
ふと、香偲が体を起こした。そばに居た順がその背を支えようとするが、大丈夫だとそれを断る。
まるでただの昼寝から覚めたように思い切り伸びをして、ため息を吐き出す香偲。
「よォ、おはよう」
「もう……びっくりするだろ」
「悪ィな」
安心させるように珠喇の頭をわしゃわしゃと乱すように撫でると、体は?と問いかける順に少し唸りつつ考える。
「特に……まァ久しぶりだったからな。定期的にくる発作だろ。しんどくはねェし。てことで……」
香偲が俯いている竜也に顔を向けた。
その名を呼んでこちらを見た事を確認すると、ニッと悪戯っ子のように笑う。
「気にすんな。ンな顔するくらいなら、メシでも奢れ」
じんわりと胸が熱くなっていくのを誤魔化すように何度も頷き、竜也は笑みを零した。
「うん、奢らせて」
放課後。竜也と珠喇、二人は並んで歩いていた。
空はあっという間に真っ赤になっていて、光が雲に当たる様子はどこか幻想的だ。遠くに月も薄らと見える。
竜也はそれを見上げると、どこか血のようだ、なんてロマンの欠片も無いことを思っていた。
あの後。順と香偲は用事があるので、花左弥川にも別れを告げて二人で先に保健室を後にした。
ろくに話した事もないのに二人きりになってしまい、竜也は少し気まずさを感じる。
珠喇という男。可愛い顔してるくせに、たまに口調や表情が険しいものになるので少し怖かった。
時間さえあれば持参したゲームをしているのだが、特にそのゲーム中が酷い。噂では、昔はやんちゃだったと聞くのだが、実際はどうなんだろう?……聞けるはずもないが。
共通点といえば、暴走してしまう体質だろうか。
俺は人を傷つけたことは無いものの、珠喇は分からない。触れない方が、いいのだろう。
沈黙を破ったのは、珠喇だった。
「竜也、親友とか居る?」
「えっ」
「あ、居なかったらごめんね」
「いや、居るけど……」
急にそんな事を聞かれるとは思わなかったので、つい目を丸くしてしまった。な、なぜ急に。
竜也は少し目を伏せて佑馬とヒロを思い浮かべる。
「……居るよ。知ってるかな、佐川佑馬と、藤沢ヒロ」
「あー、知ってるよ。特に佑馬の方」
「知ってるんだ」
「うん」
珠喇は笑みを浮かべると、話を聞かせてくれた。
一度軽く暴走してしまった時逃げ遅れた生徒に無意識に攻撃しようといたのだが、珠喇が気付いた時には佑馬に羽交い締めされていた。
そして人に見られたとパニックになった珠喇を怖がらず、気味悪がらずにそのまま抱きしめて落ち着かせてくれたのだ。
その後一緒に周囲を片付けて、生徒に謝って、そしてジュースを珠喇に奢るとあっさりと去っていったという。
ヒロの方も、怖がりつつも落としたペンケースを届けてくれた事があるらしい。わざわざ生徒会室まで。
二人とも生徒会を差別しないのは知っていたが、そんな事まであったとは。なんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。
「いい親友だね」
「うん。そうなんだよ。でも珠喇にも香偲が居るでしょ?」
「そうだね」
少し照れくさそうに笑う珠喇。そして誤魔化すように指先で頬を搔いてから、地面を見つめた。
「……香偲はね、家出してるんだよ。ずっと、小学校の頃から」
「……えっ!?」
「はは、驚くよね」
驚くも何も、その間親は一体何を。そう思って、でも口には出さなかった。
家庭の事情はそれぞれだ。きっと香偲にも何かあるのだろう。
しかし、そんな香偲を十年ほど引き取っているのか、静川家は。
「大変、じゃないの?」
「ん?別に。俺一人っ子だしさ、俺的には兄弟増えたみたいで嬉しかったよ。ずっと迎えが来なかったり、家に帰ろうとしない香偲には驚いたけど、組織が家族には話つけてくれてたみたいで、ここまで一緒に居れたんだ」
嬉しそうに笑う珠喇を見ていると、それだけで二人の仲の良さが伺えた。
きっと二人で苦労を共有したりしたのだろう。
竜也と珠喇。二人は能力は違えど、どちらも力が体に合わず暴走してしまう体質だ。それゆえの苦労は計り知れない。
実は能力者はその家族さえ事情を知らないのがほとんどだ。それは、深く関わらせない事によって少しでも呪いを軽減するためでもある。
が、もうひとつは気味悪く思われるのが怖いからだろう。家族にさえ拒否されてしまうと、と恐れるのは当然だ。
しかし子供が悪魔に取り憑かれたように暴れたり、訳の分からない力を使ったりした時には、自分たちには見せないだけでそれはそれは動揺したことだろう。
自分の子供はどうしたのか、どうなってしまうのか。
その不安を煽るように組織の人間が手続きをしにくる。
支援をすること、少し特殊な子供ということ、これからは組織が観察していくこと、それを周囲に言わないこと。
それらを淡々と説明して、帰っていく。
その時、呪いの子自身には詳しく説明するのだが、親にはたったそれくらいだ。
不安にならない親は少ないだろう。
以上のことがあるため、能力者は孤独になりやすい。
だからこそ、能力者同士で交流があるのは大切だ。
その中でも親友という存在は心の支えになってくれる。
それは竜也にとっての佑馬やヒロ、珠喇にとっては香偲だろう。
珠喇はふと、笑顔を曇らせて何かを悩むように目を伏せた。その表情には不安が見える。
そしてゆっくりと、その口を開いた。
「香偲はさ、能力が体に合わなくてああして血を吐く時があるんだ。それは中学の頃からなんだよ。ある日急に、ね」
「そうだったんだ」
「うん。その時の香偲は妙に冷静で、すぐに準備をしてどこかに出掛けたんだよ」
あの時の香偲が忘れられない。
血を吐いたことに驚きもせず、「ちょっと行ってくる」と言ってさっさと家を出て行ってしまったのだ。
そして帰ってきたのは二日後。その間何をしていたか聞いても何も教えてはくれなかった。
家に帰っていたのか、そうじゃなければどこに行っていたのか。
だが踏み込んでいいかも、わからなかった。
「俺はね、香偲がとても大事だし家族だと思ってる。でも香偲はどうなんだろうって思うんだよ。あれだけ長い期間一緒に居るのに、それすらも分からないんだ」
その目はどこか寂しそうで。
確かに何も言ってくれないと不安だ。
頼ってくれないのか、何を抱えているのか、力になれないのか。そう思ってしまうのも分かる。
きっと、この二人はお互いを思ってこそすれ違ってしまっている。
「だからと言って何も無いんだけどね」
話ぐちゃぐちゃだね、と笑う珠喇。
そして切り替えるように、体を伸ばすように組んだ手を前に真っ直ぐ伸ばすと手を下ろしながら大きく息を吐いた。
「竜也」
「ん?」
「佑馬もヒロも、大事にするんだよ」
うん、と頷く竜也を見て珠喇は満足そうに笑う。
「俺が言えたことじゃないけどね!」
「そんな事ないと思うよ。お互い大事にしてるように感じたし」
「……なら、いいなあ」
まるで羨ましがるようにそう零すと、空を見上げた。
徐々に暗くなってきている空はやはり幻想的で、見とれてしまう。
折角出来た友人を、親友を。どうすれば守れるだろう?どうすれば、大切に出来るのだろう。
そう思った時点で、きっと十分なのだが。
その時、知らない声が耳に入った。
「あんたが静川珠喇?」
突然の声に驚いて珠喇が顔を前に戻すと、そこには銀髪に紫の目を持った青年がいた。
何も感じさせない表情で、ただジッと見つめている。その手には一冊の分厚い手帳があるだけ。
敵意も何も、見えない。
「誰?」
珠喇が静かに問いかけるが、青年は相変わらず真っ直ぐ見るだけ。まるで見定められているようだ。
ふと、その青年が口を開いた。
「朋以香偲」
珠喇の瞳が揺れる。
「……知ってるよな?」
「……香偲が、なに」
「やっぱり知ってるんだ」
青年は分厚い手帳を開く。そしてゆっくりとページを捲り始めた。
香偲の知り合いなのか?なぜ、敢えてその名前を出した?
竜也は警戒したまま、青年を見つめる。が、周囲を見て気付いた。
誰も……居ない?
「珠喇、行こう」
「え?」
「人が居ない」
そこで珠喇も、不自然に人が居ないことに気が付いた。ただ家に帰っていたところで、いつもは人が行き交っている場所だ。なのに、思えば先程から誰もいない。
ふと、辺りを見ていた珠喇の体が固まった。
……いや、待て。そうじゃない。
「違う、竜也」
そもそも。
「ここ、さっきまでいた場所じゃない」
青年は視線を手帳からその二人に移す。そしてパタン、と静かに手帳を閉じた。
「話をしようよ、静川珠喇」