見出し画像

ゴミアシナガサシガメ狂想曲〜空き家で見つけた虫がレアだった

空き家で見つけた虫はレアだった


昨年(2023年)10月に空き家の内見の時に見つけた見慣れない虫の写真や動画を撮影しておいた。それをなんとなくTwitter/Xに投稿したら、実は専門家が探そうとしてもなかなか見つけることができない絶滅危惧種だということがわかった。

なかなかない貴重な体験だったので時間は少し経ったが記録しておくことにする。

肉眼で見ると毛はボンヤリとして目の錯覚に見えた

空き家に入り玄関の引き戸を閉めようとすると、そこに見たことのない虫がいるのに気付いた。足は長いが何かぼんやりとした姿に、普段から見慣れない生き物を見つけると写真を撮る癖があるので「なんだこれ?」と写真を何枚か撮影した。

よく見るとカマキリのような捕獲肢もあるし、長い脚はガガンボやクモなどを思い起こさせる。なんと言っても不思議なのは脚に生えた毛だ。肉眼で見た時にはぼんやりと見えるので、自分の目が霞んでいるのかと思い何度も確認したほどだ。この毛にホコリがつくと虫とは思えず、ホコリやゴミの塊のように見える。

スマホで撮影するため日光が当たる屋外に出してみるとようやく動き始めた。その動きはゆっくりで、足と間違えるほど長い触覚をセンサーのようにして足場を確かめながら歩く姿はとにかく不思議だった。

この虫を見つけた時は、正式な名称はわからなかったが、写真を拡大して見ると、カメムシの仲間らしいということは口吻をみてわかった。

少し前に、面河山岳博物館の怪物昆虫展で、似たような細長いカメムシを展示していたというWeb記事を見た記憶はあったが、名前も覚えておらず実際に展示を見たわけでもないので曖昧だった。

その場は友人と空き家の内見中だったので、そそくさと写真と動画を撮って個体は屋外に出しっぱなしにして空き家を後にした。

自宅に帰ってから早速面河山岳博物館のWebサイトを確認すると、この虫の名前が「ゴミアシナガサシガメ」だということがわかった。

ゴミアシナガサシガメとは何か

ゴミアシナガサシガメは、害虫で有名なカメムシの仲間だが、植物ではなく他の昆虫などを食べるサシガメと呼ばれる肉食性の種類だ。しかも形が一般的なカメムシの造形とは大きく異なる。

愛媛県のレッドデータブックのサイトで、ゴミアシナガサシガメを検索してみると、県内では絶滅危惧Ⅱ類(VU)であることがわかった。項目をよく読んで驚いたのは、以下の記述だ。

県内では1950年代に松山市で採集された5個体と、1990年に内子町吉野川の宮ノ谷地区で、イネ科のススキに覆われた休耕田で採集された1個体が知られるのみである。全国的に減少が進行しており、近年の確認例はほとんどない。

『愛媛県レッドデータブック2014』より

この説明によると、1950年代の5個体、1990年の1個体の全6個体しかみつかってない。普段から絶滅危惧Ⅱ類というレベルの生き物は何種類も観察しているのでそれほど驚かないが、ゴミアシに関しては確認例がとても少ないことにとても驚いた。

更に調べてみると、2019年に同じ愛媛県の新居浜市で30年ぶりに発見されてニュースにもなっていたようだ。

レア度について半信半疑ではあったが、生き物好きの知り合いが多くいるXに動画や写真をアップして反応をみてみることにした。

投稿直後に多くの方から「これは珍しい」というコメントがよせられて、思った以上のレアさを実感していった。極めつけは、面河山岳博物館から現地調査の依頼が来たことだった。

投稿の翌日、虫を空き家の外に放したままにしていたのが気になっていので、現地に再び行って屋外にいる個体を発見し再度屋内に戻しておいた。(空き家オーナーには確認済)その時に撮影した写真が以下。

この空き家は私の所有物ではないので、空き家を紹介してくれた友人経由でオーナーに許可を頂き、地域の皆さんに調査についての周知をした上で、後日面河山岳博物館の学芸員の方々の現地調査を受け入れ、調査に立ち会うことにした。

現地調査でわかった生態

面河山岳博物館の学芸員のお二人の現地調査に立ち会って、場所の案内と母屋を含めた納屋、倉庫を調査した。

自分が最初に個体を発見した母屋は、窓ガラスから光が入るため屋内は案外明るく、調査時は脱皮殻はいくつか確認できたものの、生体を確認することはできなかった。

抜け殻は生体より更に目立たない…

その後、敷地内の倉庫や納屋をいくつか調査したが、光の入らない暗闇の隙間にゴミアシは何頭も潜んでいた。先日見つけた個体は幼虫だったが、成虫も初めて見つけることができた。

ゴミアシナガサシガメ成虫
小さな幼虫

実際に調査を見ていてわかったのは、ゴミアシは日中はできるだけ日光があたらない物陰にいるということだ。当然室内はライトを照らさないと真っ暗で何も見えない。そのような建物の中の、板の裏や角のくぼみなどより光が当たりづらいところに潜んでいることが多かった。中には床を歩いている個体もいた。

次に、餌となるクモの生息密度が高いところに多くいたことだ。クモはヒメグモと呼ばれる不規則な網を作る種類で、このクモの巣が多い場所には、ゴミアシの個体の密度も高いように感じた。逆に暗い場所でもクモの巣が見られない場所ではゴミアシは見つけることができなかった。

もしかすると日中よりも夜間の方が行動している可能性が高く探しやすいのかもしれない。夜間に屋外でライトトラップをしても有効かもしれない。

この時の調査の結果は、愛媛県の他箇所の調査結果も踏まえて、面河山岳博物館から公表する予定だそうなので楽しみだ。

一連の騒ぎを通じての気づき

たまたま見つけて撮影した虫の写真が、SNSでこんなに大騒ぎになるとは思わなかったし、たまたま訪れた空き家が、このような貴重な虫の生息地になっていたことにも驚いた。

Xの投稿のView数は100万回を越え、Webニュースでも取り上げられる大騒ぎとなった。SNSでこのような虫の投稿が注目され、専門家だけでなく一般の人が興味を持ってくれたことに、生き物好きとして嬉しい。個人的にもサシガメは好きな昆虫の一種だが、それまで知らなかった虫の生態を知ることができたのもよかった。

一方で、レアな生き物に付随した問題としてよく知られるマニアの捕獲圧、生息地に人が大勢訪れることへ危険性も感じた。実際にそういう事実があったわけではないが、特に生息地が特定されると、そういった事が起こりうるのだということを肌で感じたのは貴重な体験だった。

明るい場所でみると細かな毛が光る

きっと、全国の同じような古い民家や納屋に、ひっそりと誰にも気付かれずに、ゴミアシナガサシガメが生息しているに違いない。特に空き家になってからの年数が長ければ長いほど、その可能性が高まるのではないだろうか。

たとえ生息していても、人が住んでいてバルサンなどの殺虫剤を炊いてしまったらその姿を拝むことはできないし、もし見かけたとしてもその形状を見て「気持ち悪い」と潰されてしまう可能性も高い。とにかく繊細で目立たない存在なので観察が重要だ。

幼虫のアップ

もし、ゴミアシを見かけたら、潰したりせずに、写真を撮影したり、捕獲したりして、近くの博物館や生物多様性を扱う行政の部署に連絡して欲しい。あなたにとっては全く価値のない虫でも、地域の自然環境を考える際に貴重な発見かもしれないのだから。

この虫が人の役に立つ・立たないかは問題ではなく存在自体が価値だ。人にとっての有益である・害があるといったモノサシではなく、そこにいる存在を大切に扱ってほしいし、今後も生息し続けられるように研究が進むことを願うばかりだ。

多くの人に、その不思議で繊細な姿を、是非直接見てほしい。

皆様のサポートによって、より新たな知識を得て、知識と知識を結びつけ、実践した結果をアウトプットして還元させて頂きます。