「名古屋OJA BODY STAR」は冬の最中に咲いて散った、最も大輪の華だった【ストリートファイター5:SFリーグ】
2021.10.05より、実に二か月の長きに渡って死闘を繰り広げた、スト5プロたちのチーム対抗リーグ戦、ストリートファイターリーグ:Pro-JP 2021(以下SFL)の、プレイオフに駒を進めるチームが決定しました。
(SFLは、リーグ戦で上位5チーム選出→リーグ戦2~5位が戦うプレイオフ→リーグ戦1位とプレイオフを勝ち抜いた2チームが戦うグランドファイナルという流れになっています詳しくは→ここ)
筆者が熱烈に応援しているウメハラ選手率いるチーム「Mildom Beast」は、3位にてプレイオフ出場が決定しまして、その艱難辛苦の旅路と、つかみ取った大きな栄光についてとっくりお話ししたいところではあるのですが……。
本日は「Mildom Beast」のリーグ突破記念記事ではございません。
今回のSFLでは、秋の深まりと共に始まった序盤戦でどん底を味わい、冬の訪れと共に3位まで順位を上げて大きく咲き誇り、しかし、中盤調子の出なかった「Mildom Beast」の浮上と入れ替わるよう、名残惜しくも散っていった、SFL2021においてすべてのドラマの中心にいたチームがありました。
それこそが掲題の「名古屋OJA BODY STAR」です。
この記事では、そのメンバーのうち、わけてもどぐら選手とあきら選手を中心に語っていこうと思います。
※以下の記事は、基本的に事実ベースで記述しようと心がけてはおりますが、選手に直接取材したわけではないので、事実と事実のつながり方に創作が紛れている可能性があります。
特に、筆者がパトスを抑えきれず、気色悪い言い回しをしてるところはかなりに怪しいので話半分で読んでください。
この記事をきっかけにご興味を持たれた方はぜひ、ご自身で真実を確かめていただけると幸いです。
SFLの基本情報
本題に入る前に、今回のSFLのルールや基本情報についてかいつまんで説明します。
詳しくはここなので簡単にいきます。
全8チームの総当たりリーグ戦
チーム4名から3名を「先鋒、中堅、大将」に選んで戦う
先鋒、中堅戦で勝つと1ポイント、大将で勝つと2ポイント獲得し、総合獲得ポイントで順位を決める
同じチームとの対戦は全部で2回。1節4組み合わせで全14節
ホーム/アウェイルールが存在し、状況が2回の対戦で入れ替わる
リーグ1位は直でグランドファイナル、2~5位でグランドファイナル行きをかけたプレイオフ。それ以下の順位は足切り
開催は基本、平日「月・火・木」の20時から
だいたいこんなところでしょうか。
必要そうなところに補足を入れます。
補足1:勝利条件
先鋒、中堅戦は2先(ラウンド2回取ったら1本で、2本先取で勝利)
大将戦は3先(ラウンド2回取ったら1本で、3本先取で勝利)補足2:ホーム/アウェイルール
アウェイ側は3名のメンバー選出と「先鋒・中堅・大将」の並び、使用キャラクターを、試合当日、先に発表しなければならない
ホーム側はその発表を見てから3名のメンバーを選出でき、「先鋒・中堅・大将」のそれぞれ試合が始まる直前にどのメンバーをどの使用キャラクターで出すか発表する
キャラクターの性能差がある格闘ゲームでは、有利な戦いができるキャラクターと確定で試合できるため、ホーム側が大幅有利(とされる)
前半でホーム側だったチームは、後半の同じ組み合わせの際、アウェイ側になる(逆もまたしかり)補足3:節と日程
試合は1日につき2組み合わせ行われ、1節は2日で終了する。
あらかじめ設定されたスケジュールに合わせて試合が行われるが、週3回行われる中で2日で1節消化という関係上、同じチームに月・火連続で試合が入ってしまうことがありえる
「名古屋OJA BODY STAR」の誕生
結成前夜
今回のSFLは、始まりからして波乱含みでした。
これまでのSFLは、リーダーとなる強豪選手が1人選出されて「色」にちなんだチームを旗揚げし(例えばウメハラ選手なら「ウメハラゴールド」)、そのリーダーが他の選手を指名する形でドラフトを行って、全チームが横並びで1からチームビルドをしていました。
しかし、今回は初めて各チームに企業がつき、その企業がオーナーとなってチームビルドを行う制度となっており、魚群や忍ism Gamingなど、SFLとは関係なくプロチームとして活動していた既存チームは、すでに既定人数のプロ4人を揃えることができていました。
一方で、Mildom Beast、Saishunkan Sol 熊本、そして名古屋OJA BODY STARは、各チーム2名しかメンバーが揃っておらず、この3チームのみがドラフトにて欠員を補充する運びとなりました。
(Mildom Beastも既存チームですが、メンバーに海外選手が含まれているため、ウメハラ選手とふ~ど選手のみに出場権がある状態でした)
名古屋OJA BODY STARには当初、どぐら選手とMOV選手2名がいるのみで、ドラフトでいい選手を取れるかどうかで、明暗くっきり分かれる状態だったのです。
しかし、このドラフトにも少々問題がありました。
今回のSFLの規定で、JeSUプロライセンス持ちの選手でなければならないという縛りがあり、この段階でかなり難しい条件なのですが(基本、大規模大会でTop8に入るなどしないとライセンスは発行されない)、かてて加えて痛恨だったのは、Good 8 Squadやv6プラス FAV Rohto Z!の存在です。
両チームもまた、ドラフトなしでプロ4名を揃えていたチームですが、魚群や忍ism Gamingと違い、SFL発表と同時に、プロチームとしての立ち上げも発表した特殊な形態でした。
そして何より、メンバーが豪華すぎます。
若手~中堅で強いやつ上から順に4名選んだみたいな現環境最強チーム「Good 8 Squad」。
スト5で超大規模大会(EVO、CC)の優勝経験があるメンバー2名、格ゲー全体まで含めると、メンバー全員がチャンピオンになった経験があるという、まさにスーパードリームチーム「v6プラス FAV Rohto Z!」。
SFLの発表があった際、ときど選手、sako選手、ボンちゃん選手、りゅうせい選手の「v6プラス FAV Rohto Z!」、ガチくん選手、カワノ選手、ぷげら選手、キチパ選手の「Good 8 Squad」と聞いて、異常なチームパワーに業界は震撼していました。
それでなくても既存チームに入っているようなプロは、当然何らかの実績がある選手が多いです。そんな既存チームが魚群と忍ism Gamingで2チームあり、かててくわえて上記の豪華なチーム(+コミュファDetonatioN)があらかじめ結成されてしまったことで、いかに層の厚い日本のスト5業界といえど、「勝てる」人材が払底しかかっていたのです。
参考:ウメハラ選手をして「無理」と言わしめる状態
(BANという、メインキャラを封じられてしまうルールがあるかどうかわからない状況だったこともあります)
地獄の「プロライセンス限定大会」
さて、ライセンス持ちの中で「勝てる」人材は払底しかかっていると述べましたが、では、ドラフト組がどこに希望を託したのかといえば、「新たにライセンスを手に入れる人材」に対してでした。
前述した通り、日本のスト5の上位層は確かにぶ厚いのですが、地方在住がゆえに、そもそも大会に出られていない選手や、使用キャラに苦手キャラがいるせいで、大会結果だけを見ると振るわない選手など、ライセンスを持っていない在野の人材が数多くいました。
それをケアする意味があったのか、名のあるプロたちがあまりに強すぎて、公式大会上位層の顔ぶれが変化せず、「いつメン(いつもの面子)」と揶揄されているのを嫌って設定されたのか定かではありませんが、ドラフト前に全8チームの名を関したトライアウト大会(オープントーナメントのオンライン大会:平均参加者135名)を全8回開催し、そこで1位もしくは2位を取った16名の選手と、22歳以下限定トーナメント優勝者1名にライセンスを付与するという、SFL出場可能選手を増やす仕組みが用意されていました。
よって、これらの選手に加えて、すでにスト5のライセンスを所持している11名、計28名が最終的なドラフト候補となったのです。
ドラフト組は3チーム、各2名ずつが欠員状態なので、28名中6名のみがチームメンバーとして選ばれます。
トライアウト組は、すでにして熾烈な競争を勝ち抜いてきた選りすぐりの猛者たちではありますが、果たして、既にライセンスを所持している選手とはどちらが強いのか?
そもそも受け入れの枠が少ない状態で、ドラフト組のチームたちは、この情報をもっとも欲していたことでしょう。
だからこそ、この候補者28名のみで行われたプロライセンス限定大会は、自らの強さを証明するための大会でした。
自分たちを無視して「人材がいない」などと言い放たれた、既にライセンスを持っている選手たちも、比較的名の売れていない選手も多いトライアウト組も、「自分がトップオブトップの選手にさえ「勝てる」人材である」と、ドラフト組のチームに対して、自らの強さのみをもって希望を示す必要があったのです。
そう言ったわけで、全2回行われたこの大会は、間違いなく国内屈指のレベルの高さで、まさに死闘そのものとなりました。
その中において、2回ともTop8に入り、安定感と勝負強さを見せつけたのが、YHC-餅選手、ニシキン選手、そしてあきら選手です。
(うちYHC-餅選手とあきら選手はこの大会を優勝)
静かなドラフト
SFLのドラフト会議は、チームごとに希望選手を指名し、競合があった場合、代表者のくじ引きにて選手獲得を決定、外れたチームのみで再度希望選手を発表し、全チームが1名ずつ選手を決定するまで上記の流れを繰り返して1巡という、オーソドックスなものとなっています。
かつては全チームが同時に行っていたため競合がよく起こり、そこでのドラマや読みあいも発生していたのですが、今回はチームと枠が少ないわりに、対象となる選手が多かったためか、1巡目に先述した3名(YHC-餅選手、ニシキン選手、あきら選手)を3チームで競合なく分けあった後、育成枠的な形で各チームが比較的若手orニューフェイスの選手を指名し、競合的な意味では、ほぼ波乱なく終了しました。
(静かなりとはいえ、ここにも実はいろんな背景、ドラマがありましたが、今回は割愛します)
名古屋OJA BODY STARは、あきら選手と、かつてのSFLにおいてはウメハラゴールドの一員で、現在ベガ使いとして、プロたちのスパーリングパートナーに採用されることも多い、知る人ぞ知る強豪、オニキ選手を選びました。
後でどぐら選手がほのめかしたところによると、人選にはオーナー企業の意向も少なからずあったようなので(参考)、そういった意味では多少の注目を集めはしましたが、どちらかというとまだMildom Beastのチーム構成に注目が集まっていて、名古屋OJA BODY STARは、取り立てて目立った存在ではありませんでした。
ただこの時、すでに種は蒔かれていたのです。
大輪の華
”鉄壁”のどぐら、“電光石火”のあきら
誤解を恐れずに言うならば、端的に言って、名古屋OJA BODY STARはナメられていました。
同じドラフト組でも、Mildom Beastとは最初に決まっていたメンバー2名の実績が違いすぎたからです。
片や、言わずと知れたレジェンドのウメハラ選手と、スト4でEVO優勝経験があり、スト5でも安定した大会戦績を持つふ~ど選手。
片や、ギルティギアがバックボーンで、スト5もめちゃくちゃに強いものの、優勝となると僅かに届かないことも多いどぐら選手に、ストⅢ3rdでは間違いなく最強春麗の一角ですが、スト5ではタイトルと縁遠いMOV選手。
二人とも超トップ層の「勝てる」人材であることは間違いありませんが、スト5におけるトップオブトップのメンバーがしのぎを削る本リーグの中にあっては、さすがに一歩劣るというのが大方の予想であり、戦う前どころか、メンバーが揃う前から同情さえされてしまう有様でした。
そこにドラフトで加わったあきら選手やオニキ選手も、その知名度の低さがゆえに、侮られていました。
あきら選手は、ウメハラ選手が練習で開くオンラインのスパー部屋(通称ウメハララウンジ)に足繫く通い、ウメハラ選手をして、去年の年末に「来年とか相当勝つんじゃないかな? (中略)あきら株、皆さん買っておいた方がいいですよ」(※1)と言わしめた強豪キャミィ使いであり、トライアウト大会からのし上がって、地獄のプロライセンス限定大会をさえ優勝したわけなので、その真価をわかっている人も多かったのですが、それでも
「そりゃ強いけど……トッププロのいない大会で優勝しただけでしょ?」
と言う評価が大勢をしめていたのです。
では、実際にSFLが開催してどうなったのか?
まず、どぐら選手が勝ちに勝ちました。
前半では、最強チームのGood 8 Squad以外に負けはなし。
もう異常なレベルの防御力で、負けが濃厚な勝負を何度も拾い、チームを支え続けました。
(SFL2021を通じて、第8節、板橋ザンギエフ選手との大将戦はベストバウトだと思います)
対空(ジャンプから攻撃してくる敵に反応して、適切な技で迎撃すること)が出ないとネタにされているどぐら選手は、上から近づかれる事も多いのですが、それでも崩れない。
一番大事な勝負所で、トップ中のトッププロたちが崩せない。時間いっぱい使ってどっしり構え、そして最後に大胆な選択肢で勝利を拾う。
まさに悪魔的な”鉄壁”の防御でした。
そして、あきら選手も勝ちまくりました。
前半に限ってみれば、7節全部に出て5勝2敗。
その勝利の中には、二大ガイルと名高いウメハラ選手とひぐち選手二人がおり、ウメハララウンジ(スパー部屋)に通った成果を証明して見せました。
さらには、スト5を全期間で見た場合の最強候補と名高いときど選手も3先で完封してみせるなど、その、前に出続けて画面端で相手を秒殺する”電光石火”の攻めで、トッププロたちをなぎ倒していきました。
キャミィ使いが多くいるこの大会は、当然キャミィを重点対策する場でもあったわけなので、この戦績は異常です。
(あまり関係ないですが、SFLで活躍した藤村選手とあきら選手のキャミィの違いをデータ分析している動画が面白いので、見てみてください→ここ)
MOV選手が不振にあえいでいたため、上位にこそ上がれませんでしたが、そもそもチームの戦術が「平均2点を取り続ければプレイオフには残れる」というものだったらしく(試合後のあきらさんの配信参照)、MOV選手は、おそらく点取り役の上記の二名が厳しい相手(つまりはチーム全体として勝率が低いような相手)に出て行かざるを得ない状況だったのでしょう。
(オニキ選手に触れていませんが、彼もまた全勝中ですさまじく乗っていたヤナイ選手を倒して勢いを止めるなど、要所で活躍しています。使用キャラがどぐら選手と同じベガであったため出番が少なかったですが、そうでなければおそらくもっと活躍できていたと筆者は思っています)
名古屋OJA BODY STARは、そうしたチーム全体の采配で、”鉄壁”の防御と”電光石火”の攻めを十全に生かして2点以上をしぶとく積み重ね、プレイオフ進出の5位以上を終盤に入るまで守り続けていたのです。
どぐら選手はめったに負けずにMOV選手とあきら選手を助け、どぐら選手がめずらしく負けても、あきら選手が勝ってチームを支え続けました。
とくにあきら選手は、前評判など、過去の実績など関係ないとばかり、トライアウト大会からこれまでそうしてきたように、自らの強さで自らの価値を証明して見せたのです。
躍進の理由
どぐら選手のSFLの躍進について、ハイタニ選手が説明してくれている動画があります。(参考)
まとめると
どぐら選手は関西を拠点としているため、オフ対戦が練習の主軸となる状況では不利だった
コロナの影響でネットワーク対戦での練習が主になった
結果、練習環境の格差がなくなり、どぐら選手は躍進した
かつてのストリートファイターシリーズは、ゲームセンター文化に紐づいていたため、それぞれの地方の一番盛んなゲーセンに、その地方最強のプレイヤーがいて、独自の攻略と戦略を磨いており、その人たちが大規模大会で相まみえてしのぎを削るという、群雄割拠の環境でした。
しかし、日本市場の縮小と海外市場の活発化によって、もはや、ほぼ日本にしか残っていないゲーセンに対するメーカー側の施策はどうしても縮小せざるを得ず、結果、スト4後半から徐々に家庭用におけるネットワーク対戦が優遇されるようになっていき、スト5においても、発売は家庭用が先行するようになりました。
(スト4においては、家庭用より先にゲーセンが稼働するスタイルでした)
そうなると、トップ勢において問題となるのがネットワークのラグです。
ネットワーク対戦だと、どこまで行っても個々の入力に即応するには限界があります。
特に、初期スト5においては、ネットワーク対戦の機能があまり作りこまれずにリリースされてしまった影響もあり(現在は当時に比べたらずっと改善されています)、大会もオフラインで行われていたため、自然と強豪たちはオフ対戦を重視するようになっていったようです。(※2)
さらにはゲーセンでのスト5稼働が遅れに遅れ、地方のストリートファイター5におけるゲーセンコミュニティはどんどん先細っていきました。
その結果、強豪プレイヤー人口の多い東京への一極集中が起きます。
現在プロとして活躍している有名プレイヤーの中には、ゲーセン文化の縮小に伴って、地方にいながらしてこのタイトルで身を立てる難しさを痛感し、上京してきた方が数多くいます。
そういったもろもろを覆したのが去年の状況変化でした。
そして、練習環境の平均化、オンライン大会の標準化によって起きたのが、広島のあきら選手と、関西のどぐら選手の台頭だったのです。
であるからして、名古屋OJA BODY STARの勇戦はまさに、ゲーセン文化の残滓であり、オンライン大会が開けるぐらいには、まがりなりにも対戦環境を改善していたカプコンと、スト5界のネットワークコミュニティの成果であり、そしてなにより、冬の時代を迎えた地方勢たちが、粘り強く活動した結果であり……それらすべての要素が、偶然を伴って複雑に絡み合い、咲かせた、もはや終盤と言っていいスト5というタイトルにおける、おそらくは最後になるであろう世にも見事な大輪の華だったのです。
(参考:広島で毎週行われていた対戦会)
散華
獣の牙
12節終了時点での名古屋OJA BODY STARは、合計得点が26点で3位。プレイオフボーダーで争うMildom Beastは23点。
このルールだと1節における最大得点が4点なので、3点差はかなりのアドバンテージです。普通だったらひっくり返ることなどないはずだったのですが……。
第13節は、順位を争うMildom Beastとの直接対決でした。
しかも、Mildom Beastがホーム側です。
第6節での対決は2-2で引き分けだったものの、先鋒あきら選手と中堅どぐら選手は勝っているため、今回もどちらかが勝てばアウェイとはいえ十分1~2点の加点は狙えるはずです。
そして、残り1節しかない状態での1~2点の加点は、直接対決であることから、その点数を相手に取らせないという意味も付与されるため絶望的であり、逆に名古屋OJA BODY STARが4点など取った場合には、Mildom Beastに引導を渡すことすら可能でした。
そんな名古屋OJA BODY STARのオーダーは、
「先鋒MOV選手、中堅どぐら選手、大将あきら選手」
このひとつ前の12節にて、ひぐち選手のガイルを完封したあきら選手は、ガイル戦に相当の自信があったようで、今回もまた、ウメハラ選手が大将で出てくる読みの大将だったようです。(参考)
先鋒のMOV選手が、ネットワークエラーによって戦いの最中に落ちてしまい、ルールに従って1本取られて悪い流れのまま負けてしまうという不運がありましたが、中堅にいるのはどぐら選手。
ここまでチームを支えてきたどぐら選手ならば、また勝ってくれるとチームメンバーも信じていたはずです。
しかし、そこで言い渡されたオーダーが「中堅ウメハラ選手」。
普段の練習ではウメハラ選手が優勢なこともあるらしいのですが(参考:この配信の00:26:50~)、こと大会において、どぐら選手はむしろ「ウメハラキラー」としてウメ信者に恐れられている存在です。
しかもルールは2先。どちらに転ぶかわからない試合をSFLで何度も取ってきたどぐら選手なら、充分に勝機はあります。
この試合もかなりの死闘でした。
いつになく丁寧に弾を打ち、どっしりしゃがんで待つウメハラ選手と、勝負所で大胆な選択肢を通して勝ちを拾うどぐら選手の戦いは、フルセットフルラウンドまでもつれ込み、僅差でウメハラ選手が勝利しました。
(この試合も名勝負なのでぜひ見てください)
名古屋OJA BODY STARは追い詰められました。
もしここで4点取られてしまうと、3位から転落して6位です。5位が足切りラインなので、プレイオフ進出が危うくなってしまいます。
しかし、どぐら選手が負けた試合を、あきら選手が勝つことで支えあってきたチームです。(第9節)
いまだチームメイトの目に光はあったことでしょう。
そこに告げられたふ~ど選手の使用キャラクターが「ミカ」。
大将ウメハラ読みが外れた上に、今となっては使う人が少ない「古代兵器」でした。
ふ~ど選手がミカで来ること自体は読んでいたそうなのですが、そもそも一般的にキャミィ有利と言われる組み合わせなので、ふ~ど選手が大将に来ることはないだろうと予想していたのでした。
しかし、これこそがMildom Beastが研ぎに研いだ「獣の牙」だったのです。
スト5にはCFN(Capcom Fighters Network)というサービスがあり、ネット対戦の動画はすべてアップロードされ、誰でも閲覧できる仕組みになっています。
そのため、普通なら相手チームの練習の様子を観察することができ、実際、この節の前日、ウメハラ選手はキャミィ戦を重点的に調整していたようなので、なおさら大将はウメハラ選手だと名古屋OJA BODY STARは考えてしまったのです。
これを逆手にとって、ふ~ど選手はチームメイトのもると選手にキャミィを使ってもらい、オフラインで対戦していたのでした。
そもそもにして、Mildom Beastは「オフライン対戦できるメンバー」を求めていたようです。(※3)
”島根の仙人”YHC-餅選手を取る以上、なおさら残りの一人はオフ対戦可能な人材が望ましいと考えていたのではないでしょうか。
そこに来て、レアキャラなので対策の難しいダン使い、さらに多キャラを器用に使いこなすもると選手は、条件に合致していたといえるでしょう(サブのキャミィもグランドマスターレベルです:上から3番目の称号で上位0.15%。twitterの紹介欄参照)。
さらに加えて言うならば、あきら選手がスト5においては後発の選手だったことも考慮に入れていたようです。
ミカというキャラが強く、対策必須の状況で暴れまわっていたのは2016年ごろのことで、その後は弱体化の一途をたどり、しかもVシフトという追加システムによる攻めの弱体化から使う選手が減ってしまい、あきら選手が頭角を現し始めた2020年ごろには、プロレベルで使用する選手はもうほとんど残っていませんでした。
まさにあきら選手にとっては「古代兵器」だったのです。
こうしてMildom Beastが持つ有利な要素を、すべて使って研いだ「獣の牙」は、尋常じゃない鋭さでした。
”電光石火”の攻めを出すことをほとんど許さず、逆にふ~ど選手があきら選手を端に追い詰めて倒しきり、なんとあきら選手は1本も取れずに敗北。
完全に「獣の牙」が突き刺さって、名古屋OJA BODY STARは6位に転落してしまいました。
考えてみれば、自らの練習部屋に通うあきら選手の強さを、相当早い段階でウメハラ選手は肌で感じて認めていました。
そんな「強い」選手がいるチームと、天王山で戦うことになったのです。Mildom Beastに油断があろうはずもありません。
どんな手段を使ってでも勝つというその姿勢は、あきら選手の「強さ」に対する敬意であったとも言えるでしょう。
負けられない戦い
ムードメーカーにしてポイントゲッターのどぐら選手が負け、あきら選手もまた、Mildom Beastのなりふり構わない戦術に敗北しました。
間違いなく衝撃的な転落劇でしたが、名古屋OJA BODY STARに落ち込んでいる暇はありませんでした。
明けて次の日には、もう一度アウェイで「v6プラス FAV Rohto Z!」と最終戦を戦わねばならなかったからです。
先に申し上げた通り、このチームは格ゲーのチャンピオンのみで構成されたチームです。
下馬評通りには行かず、苦戦してはいましたが、この時点で暫定2位。
とはいえこの戦いで負けてしまうと、プレイオフ進出が消える可能性さえ残っていました。
名古屋OJA BODY STARもまた、負けられません。
この戦いで1点以上取らないと、敗退が決定してしまうからです。
オーダーは「先鋒どぐら選手、中堅オニキ選手、大将あきら選手」でした。
そこまでの13節のリーグ戦で、連敗の経験がないどぐら選手を先鋒に出し、1点を固めて嫌な流れを断ち切って、そのまま勝利を掴んでプレイオフ進出順位に復帰するという考えだったのでしょう。
しかし、先鋒に出てきたときど選手は完璧な立ち回りでした。
タイムアップ時の展開をどぐら選手が見誤るという珍しいミスも出て、あえなく1本も取れずに負けてしまいます。
さらに嫌な流れは続きます。
りゅうせい選手対オニキ選手は、ときど選手対どぐら選手とキャラクターの組み合わせが同じです。
おそらくはときど選手とりゅうせい選手で攻略情報を共有しており、そういう面も影響したのでしょう、オニキ選手は惜しいところまで行ったのですが、あえなく敗北してしまいました。
ここで0点だとチーム敗退という状況。
名古屋OJA BODY STARの命運全て、あきら選手に託されました。
負けられない戦いの相手はボンちゃん選手。
使用キャラクターは、彼がEVO2019優勝を決めたキャラクター”かりん”です。
一方的な戦いでした。
1試合目の要所で、攻めでも守りでも強気な選択肢を取るボンちゃん選手に押し負けると、あとはもう流れのまま連続でラウンドを落とし、2度のパーフェクト負けを含め、あきら選手は1本どころか1ラウンドも取れずに惨敗しました。
勝負が進むうちにどんどん精彩を欠いていくあきら選手の動きに、視聴者の多くは、勝負がつくよりも早く悟ってしまっていた節がありました。
「ああ、今まで私たちを楽しませてくれた、SFLで最も大きなこの華は、無情にもここで散ってしまうのだ」と。
次の季節
「ずば抜けて強い」ということ
名古屋OJA BODY STARには、かねてより不利な要素がありました。
それは、あきら選手が兼業であり、リーグが佳境に入る11月・12月には、本業側が忙しくなるのが決定していたということです。
「来月再来月あたりが多分ヤバくなりそうで、(スト5プレイの)貯金作っておかないとヤバいですね(中略)睡眠時間削ってどうにかなる相手なら全然いいんですけど……」(参考)
上記は、第2節まで消化した時点でのあきら選手の発言です。
事実、あきら選手の後半の成績は2勝5敗。
後半でも、12節までは本当に大事なところで勝利していますが、失速していたのは間違いありません。
毎日8:15出勤なのに、20時開始のSFL本放送のリハーサルに毎回出れないような勤務体系。(ここやここ参照)
さらに加えて土曜出勤が入る場合もあるようで、特に12節のひぐち選手との対戦では、業務が終わらず残業中に中抜けして出場し、対戦が終わったらそのまま会社に戻る(参考)という、めちゃくちゃなスケジュールをこなしていました。
その状態でMildom Beastとv6プラス FAV Rohto Z!との二日連続のアウェイ戦が最終局面でやってくるという、逆境に逆境が重なる状況だったのです。
さらに付言するならば、名古屋OJA BODY STARの作戦もまた、どこまでも脆いものだったと言わざるを得ないでしょう。
「平均2点を取り続ければプレイオフには残れる」という事自体はだいたいその通りだったのですが(プレイオフボーダーは29点/全14節でした)、オニキ選手とどぐら選手が同じ持ちキャラである上、このどちらかが勝利して波に乗っていると、どんどんそうでない方を出しにくくなっていくのです。(勝っている人は重点的に対策されるため、重点的に対策されていることが分かっているキャラを2枚出すのはかなりのギャンブルになってしまう)
つまり、名古屋OJA BODY STARは、自然とどぐら選手もしくはあきら選手が勝つことを前提にした戦いになって行ってしまっており、その上「4点を取る戦い方」ができなかった(このチーム、4-0勝利の試合は1試合もありません)ことで、ポイント的に余裕がないため、この両選手が二人とも負けると、もはやなすすべがないという体質になってしまっていました。
これは、好循環の時には良いですが、悪循環にハマった瞬間立ち上がれない体質であり、それらのひずみが、最後の最後の逆境によってあえなく噴出したと言ってしまっていいでしょう。
上記はあくまで結果論であるという前提をご留意いただきたいのですが、名古屋OJA BODY STARは、そういう戦いをせざるを得ないぐらいギリギリの状態で戦っていたというのも一面の事実でしょう。まさに、すべての力を出し切る戦い方でした。
しかし、あえて誤解を恐れずに言うならば、格闘ゲームが「ずば抜けて強い」選手は、悪循環の状況を跳ね返す力が強い選手とも言えます。
今回のふ~ど選手の働きはまさにそれで、ウメハラ選手の不調によって悪循環の沼にハマり込んでいたMildom Beastを、自らの「ずば抜けた強さ」で支え続けることによって、ウメハラ選手の復調とともに、すべての不利が裏返って、好循環が爆発する流れを引き当てました。
名古屋OJA BODY STARの全選手が「強い」ことは今更議論の余地がありませんが、たったその一点が「ずば抜けて強い」選手には今一歩足りなかったのかもしれません。
華が咲いたならば
あきら選手は、今回の戦いが、人生で最も苦しい敗戦だったと述懐しております。(参考)
なぜならば、本業があり、地方勢でもあるあきら選手は、特に今年に賭ける思いが強かったからです。
(持ちキャラのキャミィが弱くなるか、SFLがオフ開催になったら自分はもうSFLに出れない可能性が高いというようなことを配信でおっしゃっています→参考)
つまり、この敗戦はあきら選手にとってかなり手ひどい敗北だったわけなのですが……。
先ほど述べた、「ずば抜けて強い」選手になるための条件にはなにがあるか?
私ごときが分析しても意味があるとは思えませんが、とはいえ一つ、「ずば抜けて強い」選手には共通した特徴があります。
それは、「負けられない戦い」で手ひどい敗北を経験しているということです。
例えば、ウメハラ選手。
言うまでもなく、この選手の伝説は、手ひどい敗北と、そこから這い上がって掴む栄光によって紡がれているので、そんな敗北など枚挙にいとまがありませんが……。
あえて、もっとも古いと思われる瞬間をあげますと、約20年前、「CAPCOM VS. SNK 2」というタイトルにて、ストレスで胃を壊すほどやり込んだのに敗北し、カプコン公式大会4連覇を逃した経験があります。
例えば、ときど選手。
トパンガリーグ第三期のももち選手戦、ストリートファイター25th世界大会のインフィルトレーション選手戦、獣道弐のウメハラ選手戦など、賭ける思いの強い試合で数多く敗北しています。
名古屋OJA BODY STARに引導を渡した二人も例に漏れず、ふ~ど選手は一時期決勝戦で負けすぎて「シルバーコレクター」と揶揄され、滝行をするほど悩んでいた時期がありますし、ボンちゃん選手はEVO2014に決勝で惜しくもLuffy選手に敗れた経験があります。
「負けをバネにして強くなる」
言葉にしてみれば随分と陳腐な言いように思えるかもしれませんが、本当にそれを実現しているのが「ずば抜けて強い」選手たちなのです。
とはいえ、ただひどい負け方をしただけで、必ず強くなれるかと言うと、そんなこともないでしょう。
普通に考えれば、負け方がひどければひどいほど、努力自体をやめてしまうのが人間です。
それでも、あきら選手もまた「ずば抜けて強い」選手になれると信じられるだけの根拠があります。
それは、格闘ゲームが「負けと付き合うゲーム」であるからです。
チーム戦である他のゲームとは違い、格闘ゲームはすべての責任が自分に跳ね返ってくるゲームです。
どんなに「自分が強い」「自分はやれる」と思っていても、敗北で何度も何度もそれを否定されるゲーム性なのです。
そこで対戦相手や使用キャラ、ゲームそのものに敗北の原因を転嫁する人間は、そもそも強くなれません。
歯を食いしばって負けを直視し、分析し、自らを努力でもって押し上げた人間だけが強くなっていくゲームなのです。
であるからして、SFLに出れるほど強い選手ということは、そもそもずっと「負けと正しく付き合ってきた」選手だという証明になるのです。
だからこそ、あきら選手が、いくら手ひどい負けとはいえ、この敗戦と正しく付き合えないことがあるなんて、筆者には全く考えられないのです。
大輪の華はあえなく散りましたが、一度でも華が咲いたという事は、新たな種が実ったという事でもあります。
この種が地に落ち、再び大きく芽吹いて華咲く瞬間があることを、いち観戦勢として、強く祈念するばかりです。
註
※1
参考動画をリンクしようと思いましたが、公式の切り抜きでなかったので断念しました。気になる方はYoutubeで「あきら 株 ウメハラ」などで検索してみてください。
※2
このあたりは原因が他にもあるみたいです。
海外勢の台頭に危機感を持った、どなたかトッププロが主導して、対戦会の文化が根付いたという話をチラッと見聞きした記憶があるのですが………情報が断片的すぎてソースを探しきれませんでした。(ときど選手出演の「情熱大陸」にその話がありそうとの情報をGEN氏からいただきました。
たしか録画した記憶があるのですが探しきれず、サブスクでもこの回は公開していないようなので、現在詳細を確認中です)
※3
こちらも話を聞いた記憶があったのですが、ソースに行き当たりませんでしたので、憶測の域を出ていないと言う点にご注意ください。