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ブックレビュー「鑑識レコード倶楽部」

本書が発行されたのは2022年4月で、当時友人が読んだ、と言っていたのを覚えている。

それからすぐに自分のBook to readに追加していたのだが、なかなかAmazonでは中古で手に入らなかった(せこい話ですみません)。仕方が無いので一度は海外の出品者から洋書の中古を注文したのだが、値段が安いな、と思っていたら、どうも全うな業者では無かったようで、待てど暮らせど到着しなくて、結局キャンセルした。

そういう紆余曲折があった本書がやっと手に入った。

読んでみると翻訳者の柴田元幸氏が指摘する通り、なかなか素気無いストーリーだ。どうもこの作者のMagnus Millsの作品は過去も同じ作風らしい。

大まかなあらすじは次のようなものだ。

主人公とJamesがJamesの家でいつものようにレコードをかけている中、Jamesの発案で、レコードをじっくり綿密に聴くことだけを目的にした「鑑識レコード倶楽部」を創設する。行きつけのPubであるHalf Moonで毎週月曜日の午後9時に集合、レコードを3枚選んで持ち込んで順番に聴くのだ。

倶楽部創設者のJamesは発案者故、色々な決まり事を設定、その運用には厳格だ。遅刻は厳禁、レコードはシングルのみ、レコードを順番に聴いた後に、コメントや評価は認めない。

倶楽部員が増えていく中、ルールを厳格に運用すると衝突が起きる。その結果、次第に「鑑識レコード倶楽部」に対抗する倶楽部が続々と出来上がる。「告白レコード倶楽部」、「認識レコード倶楽部」、「新鑑識レコード倶楽部」...

オリジナルの「鑑識レコード倶楽部」の二人は、他の倶楽部は真正では無いと断言するものの、自分たちの倶楽部に対する脅威に内心気が気で無く、それぞれの活動を潜伏調査しようとする。

Half MoonにはAliceという新しいBarmaidが加わり、「鑑識レコード倶楽部」の月曜日にも店を手伝うことになる。ところが主人公とAliceはウマが合わない。

そうこうする中、次第に倶楽部のメンバーが色々な機会に同じ「謎のレコード」を目にすることになる。白いLabelで手書きで番号が記入されたそのレコードは一体何なのか。どういう音楽なのか。

大まかなあらすじはこんな感じだ。劇的なストーリー展開は無く、キャラクターもそれほど際立っていない。会話はすべて微妙なやりとりで、登場人物同士が殴り合ったり、罵り合うこともない。むしろ淡々と進んでいく。

ところが、このなんて事は無いやり取りがリアルに思える。「倶楽部」といういわば”Community”作りは、現代社会では自己認識のためには必要といわれるが、”Community”内の厳格なルール運用は分派を作り出す。

分派は改善しようと新しい試みを始めるが、どれもアイディア倒れで元祖と大きな差をつけることができない。しまいには崩壊してしまう倶楽部も登場する。

結局人間は些細な違いにこだわって己の道を選ぶことが多いが、客観的に見るとそれほど大きな違いがある訳ではないし、ルールも必要だが、単に厳格に運用するだけでは柔軟性が無いし、不要な衝突を生み出すだけだ。Magnus Millsはそういう様子を「レコード倶楽部」を介して語りたかったのではないか。

最近何冊か読んだDAO関連本で、ビジョンに共感した人が集まってコミュニティ作りをする、という話があったが、本書の「倶楽部」は何だかビジョン優先で少しの違いで分派し乱立するDAOや政党派閥の行く末を見るような気がした。

柴田元幸氏によると作者のMagnus Millsは”Deadpan Humour”(無表情で可笑しなことを言う)に長けた書き手らしいが、今回はそういった人間の様を真顔で語ったのだと思う。英国の作家Nick Hornbyの”Fever Pitch”を読んだことがあるが、今思うと彼も”Deadpan Humour”があるような気がする。

ついでに余談だが、翻訳者の柴田元幸氏が、最近観た映画「Perfect Days」で本屋の親父に扮していたのは面白かった。Snackの常連客でGuitarを弾くあがた森魚といい、あの映画のCastingは凝っていた。

本書では色々な楽曲が登場するが、SpotifyではMagnus Millsの認める二つのPlaylistが公開されているので、こちらを聴きながら読むのが良いかもしれない。


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