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ブックレビュー「満月の道 流転の海第七部」

宮本輝による自伝的長編小説全九部の第七部は、房江の発案だ始めた「中古車のハゴロモ」が拡大を始め、業績も順調、一方苦境を脱するキッカケになったシンエーモータープールの管理人の仕事は約束の5年が過ぎそろそろ終わりに近づこうとしているところから始まる。時代は昭和37年、まさに私の生まれた年だ。

熊吾は戦後のビジネスでは何度も部下に裏切られて来た。親分肌の熊吾にとって、これだと思った他人を信じることは最も自らの器=価値を誇示するものだ。しかしそれが何度も仇になって来たことに気が付いているにも関わらず、ビジネスが順調になると他人助けの虫が疼き始め管理の手綱が緩まる。そして裏切りの予兆がわかっているにも関わらず、事業が成長すると共に人を信じるガードが下がっていく。

偶然五年振りに元OSミュージックのトップダンサーだった森井博美(西条あけみ)が男といるところを目撃する。熊吾は気にはなったが、博美に関わることで厄介な事に巻き込まれまいと声を掛けなかったが、結局偶然入った居酒屋で働く博美と顔を合わせることになり、さらに再び町で会ったことがキッカケになり彼女の身の上相談に乗ることになる。

そして順調に行きかけて来たビジネスだが、これを境に転がるようにトラブルが押し寄せてくる。

一方52歳になった房江は伸仁の人間としての成長に驚きながらも、勉強に身が入らない伸仁の先行きを案じている。熊吾仕込みと住処が変わる度に経験した波乱の実践の組み合わせで学んだストリート哲学は伸仁に沁みついているようだ。

身体の方も柔道の稽古で逞しくなってきた。熊吾と房江が夫婦喧嘩をし、熊吾が手を挙げようとする中、伸仁は房江を守るために熊吾を押さえつける。負けず嫌いの熊吾は、喧嘩殺法で対抗するが、最後は古傷の脚を痛め、66歳としての自らの老いを痛感することになる。

熊吾の親友、周の娘である麻衣子が突然城崎から娘の栄子を連れて丸尾運送にやってきた。どうやら城崎の「ちよ熊」を蕎麦専門の店に変えようと言うのだが、房江にそばつゆの味決めをしてもらいたいらしい。麻衣子は「ちよ熊」の事業がうまく行かずに悩んでいたところ偶然店に客として来た出石の蕎麦屋夫婦と知り合い半年間蕎麦の打ち方を学んでいた。

房江は出石蕎麦に合うそばつゆを麻衣子に指導し、その縁からその後久しぶりに一人で城崎まで「ちよ熊」の様子を見に行く。それまで麻衣子とは距離を置いていた房江だったが、麻衣子の生き様の逞しさに目を見張り、またのどかな城崎で自然と温泉を楽しむ喜びに気づく。

熊吾、房江、伸仁がそれぞれ新たな局面を迎える中、再び暗雲が垂れ込める一家の先行きは次の第八部以降に収録されることになる。あとがきには、第一部を34歳で書き始めた作者の宮本輝が本第七部を書き進めているあいだに熊吾の年齢に追いついたこと、そして本「満月の道」が次の第八部へ向かう重要な「道」である、ことが語られている。

あと、二冊でこの長い物語は終わってしまうのか。少し寂しい気持ちはあるが今年中に一気に読み進めていこうと思う。



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