引き出しにしまいたい
諸橋近代美術館で、ダリの展覧会をやっているらしい。
行ってみると、平日なのに人がたくさんいて、少し窮屈だった。
皆、結構長い時間をかけて作品を見ていたが、絵を見ているのか横の解説を読んでいるのか私には分からなかった。
正直、作品の背景にはあまり興味が無いので、なんかいいじゃん、と軽い感覚で見ていた。長い時間歩き回るのも疲れるし、あまり長い時間をかけずに見る。綺麗だったらしばらく見とれる。横の解説を読むにも、題名くらいしか見ない。
そんな中、ある1つの作品に出会った。
絵ではなく彫刻。大きくて迫力がある。
元美術部のくせに学が無いので、これが何の素材で出来ているのか分からなかったが、おそらく岩だ。黒い岩。
ぱっと見人間の形をしているが、胴体の部分に複数の引き出しが付いている。引き出しは少し空いていたり、閉まっていたり。
髪の毛で覆われていたので顔は見えなかった。
寝転がるでも座るでもない、なんとも言えない絶妙なポーズをしたその彫刻は、私の心を奪って逃げた。
体の大きさは私とあまり変わらないように見えたけれど、手足は大きくごつごつしていて、それに妙な色気を感じてしまった。
題名を見る。
「人の形をしたキャビネット」
実にシンプルなもので、すっと頭に入ってきた。
「人の形をしたキャビネット」であり、「キャビネットの形をした人」ではないので、これは本来人ではないということだ。
いわば、擬人化か。
この作品の意味などを考える余裕は無かったが、とにかくこの人、いや、キャビネットの伸ばした左手がごつごつと不気味に、また美しくしなやかに見えて、思わず触れてしまいそうになった。
今までバカみたいに下手な絵ばかり描いていた私にとっては、「立体」の強みを見せられた感じがしてお手上げだった。
立体は、絵と違って感触を確かめたくなる。
おそらく作者も、たくさん触って出来栄えを確かめているうちに、作品に対する愛着がどんどん湧いてきたことだろう。
ただ、私がキャビネットに触りたくなったのは単に立体だからという理由ではなく、美しかったからだ。
ましてや、人でもキャビネットでもない、ただの岩。
それでも言葉にできない魅力を感じてしまったのだから仕方ない。たぶんこれが美術ってもんなんだと思う。
帰りに道の駅に寄ると、鯉のぼりが掲げられているのが見えた。
そいつらは風が強いせいかパンパンに空気を含み、本物の鯉のように暴れ回っていて少し気持ち悪かった。
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