新自由主義

新自由主義

あるTV番組で、司会者が出演者の竹中平蔵氏に対して「あなたは新自由主義者と呼ばれていますが」と言ったところ、竹中氏はそれを躍起になって否定していました。
そこで、「新自由主義」について、調べてみようと思いました。
新自由主義はネオリベラリズムといわれ、その主義を主張する人たちの例として、経済学者のミルトン・フリードマンやフリードリヒ・ハイエク、政治面では米国大統領ロナルド・レーガンが行ったレーガノミクスや英国首相のマーガレット・サッチャーのサッチャリズムを挙げています。

私は、ロンドンに駐在した経験から、「サッチャリズム」を新自由主義と位置付けることには違和感があります。マーガレット・サッチャーが英国の首相になった時は、当時の主要産業の一つであった石炭産業で労働組合の力があまりにも強く、他の産業や政府機関でもストライキが頻発して社会・経済が混乱していました。ロンドンの中心部に回収されないゴミが山になっている写真も残っています。これに対抗するためにマーガレット・サッチャーは石炭の国家備蓄を進めるなど周到な準備を行い、そのうえで石炭労組の委員長と対決し、勝利を収めました。これを機に英国の社会・経済が正常化したわけですが、これをもってマーガレット・サッチャーを「新自由主義者」と呼ぶのは間違いだと思います。マーガレット・サッチャーは、ロンドンから北へ約100kmのところにあるグランサム(Grantham)という町で、食料品店を営むメソジスト(英国発祥のプロテスタントの一派)の親のもとに生まれました。プロテスタントでは、勤労を非常に重要なことと位置付けているのはご存知と思います。冨田浩司氏は、その著書「マーガレット・サッチャー 政治を変えた『鉄の女』(新潮選書)で、「サッチャーにとって勤労は擁護されるべき最も重要な価値の一つであり、労働組合による特権の濫用によって個人の勤労の事由が侵されることは許しがたい罪悪であった」(P160)と述べていますが、全く同感です。
また、国有企業の民営化も政府の財政難を解消するために利益の出ている企業が選ばれたという経緯もあり、結果として新自由主義者が主張するのと同じような方向になりましたが、そのイデオロギーに賛同したものではないと考えます。

さて、現代の新自由主義者の旗頭の1人であると言われているミルトン・フリードマンはその著書「資本主義と自由」(日本語訳は日経BPから発行)で、「新自由主義」を唱えています。「18世紀から19世紀初めにかけて自由主義の名の下に展開された運動は、・・・経済に関しては、国内では自由放任を支持し、経済への国の関与を減らして個人の役割を拡大しようとした」(同書日本語訳P29)。ところが、「20世紀の自由主義者は、福祉と平等が自由の前提条件であり、自由に代わり得るとさえ考えている。そして福祉と平等の名の下に、国家の干渉と温情主義の復活を支持するようになった。しかし、これは19世紀の古典的自由主義者が敵視したものにほかならない。20世紀の自由主義者は、時計の針を17世紀の重商主義の時代に戻そうとしている。にもかかわらず、真の自由主義者を反動的だと批判したがるのだ。」(同書日本語訳P30)。「法と秩序を維持し、個人を他者の強制から保護する、自発的に結ばれた契約が履行される環境を整える、財産権を明確に定義し解釈し行使を保障する、通貨制度の枠組みを用意することが、政府の役割となる」(同書日本語版P73)。つまり、政府は経済活動に関与すべきではない(自由放任主義)と言っている訳です。
この主張を採用してレーガノミクスが行われ、日本では中曽根首相、小泉首相が新自由主義に基づいた政策を推進したと言われています。小泉首相は、ミルトン・フリードマンが「資本主義と自由」の中で指摘した、郵政事業を「民営化」しました。しかし、郵便事業についてフリードマンが言っているのは、「営利目的での郵便事業の法的禁止」はすべきでない(同書日本語訳P87)。つまり、郵便事業に民間企業が参入するのを法律で禁止すべきではないと言っている訳で、国家は郵便事業を行うべきでないとは言っていません。フリードマンの主張に沿った政策を行うのであれば、郵便事業に民間事業者の参入を認めればすむことで、郵政民営化の是非を問うために国会解散/総選挙を行い、民営化のために莫大な費用と時間をかける必要があったのか、はなはだ疑問です。しかも、日本郵政の株式の57%はまだ政府・地方公共団体が保有しています。

次に、サブプライム・ローンの問題(リーマンショック)について考えてみましょう。これは低所得者向けの住宅ローンを証券化して複雑な操作を加え、本来不動産価格が下がったら大きな損失を被る可能性があるものを格付け会社と組んで高い格付けの証券として売ったものです。米国の2大格付け会社であるMoody’s とS&Pは、この件に関し巨額の制裁金を課されたり和解金を支払ったりしました。これが、自由放任主義の結果だとしたら、新自由主義者の倫理観を疑います。
また、リーマンショックの際に、米国の連銀は大量の資金を供給しました。新自由主義者の主張は、国家による経済への関与は基本的にすべきではないということでしょうが、もし連銀の資金供給がなければ、米国経済及び世界経済は深刻な打撃を被っていたはずです。「新自由主義者」は、このようなケースでも政府は関与すべきではないと主張するのでしょうか。

米国では、特に金融関係の人々が新自由主義を主張し、レーガン政権以降の政権の時も規制緩和が推し進められ、結果としてリーマンショックを引き起こしたことを忘れるべきではありません。フリードマンは、「資本主義と自由」の中で、「倫理の問題を個人の判断に委ねること」(同書日本語訳P45)を主張していますが、これは個人がそれぞれの判断で何をしても良いと言っている訳ではなく、当然に社会人・経済人として守るべき規範の範囲内でという条件付きでしょう。

以上で見たように、米国でも日本でも新自由主義的な政策はある意味で自由放任主義の一側面を切り取り、その政権の意図する政策に利用されてきたと言えます。日本では硬直化した雇用制度を自由化するという考えのもと、非正規雇用が急速に増加しました。しかし、産業構造の変化なしにそれが行われたため、結果として勤労者の総所得が増加しない→購買力(需要)が増加しない→製品価格が上昇しない→企業の収益が増加しない(人件費の減少分は除く)という悪循環になっています。これが「新自由主義」の結果だとすれば、その見直しが必要でしょう。

なお、レーガン政権が採用した「新自由主義」的政策の結果については学者による研究が行われていますが、旧ソ連との対決のために国防費が大幅に増加し、その一方で社会福祉の水準は低下(特に有職貧困者)、双子の赤字(貿易収支の赤字、財政収支の赤字)の発生という結果になったというのが一般的な評価です。(社会政策学会年報第30集第71回研究大会「アメリカにおける社会福祉の危機と財政」森 恒夫 1985年10月)。

余談ですが、レーガノミクスのほぼ唯一の成果と言われているインフレの抑制は、通貨供給量を抑制し、金利を引き上げることで実現しましたが、当時の米国(世界)のインフレはオイルショックにより引き起こされたエネルギーコストの増加が主因(コストプッシュ・インフレ)でした。これは世界経済にとって恒常的に石油の調達コストが上がるという構造的な変化ですから、その対応としては金利を引き上げて需要を抑制しても経済にとって大きいメリットはなく、むしろ高コストの経済に適応するような経済構造を作り上げる方向に企業を誘導する政策が有っても良かったと思います。

新自由主義の有力な根拠となったミルトン・フリードマンの著書「資本主義と自由」を紹介しましたので、アンチ新自由主義のデーヴィッド・ハーヴェイ著「新自由主義」(日本語訳は作品社から出版)のことも紹介しておきましょう。ハーヴェイはこの本でマルクス主義経済学の観点から新自由主義を批判している訳ですが、彼の主張もフリードマン同様、かなり極端で、階級闘争史観一辺倒です。例えば、新自由主義に賛同する人たちは、フリードマンが率いるシカゴ学派の学者(シカゴ・ボーイズ)が主導したチリの民営化は新自由主義の正しさを示すものだと言いますが、ハーヴェイは、チリの民営化は一部の人達が豊かになっただけで格差を広げたと主張します。

フリードマンの「資本主義と自由」が出版されたのが1962年、ハーヴェイの「新自由主義」が出版されたが2005年です。この点から見ると、新自由主義に大きく振れた現実に対する揺り戻しとしてハーヴェイの主張が出たと見ることができます。ハーヴェイやフリードマンの表現が一方的なものになるのは、学者の書くものですから理解できます。しかし、長年実務の世界で過ごしてきた私の目から見ると、2人とも「自分のユートピア」の世界に閉じこもって他人のユートピアを批判しているというように見えます。「資本主義と自由」や「新自由主義」のような、極端な内容の本が出てきたときには要注意です。これらの主張を鵜呑みにするのは、余りにナイーブです。
政治家は、学者のこのような主張をどのように解釈/利用し、政策に反映させるか、健全なる常識と歴史観と倫理観をもって判断することが求められます。

私が学生時代に経済学を学んだ時には、既に「混合経済」という概念があり、完全な自由放任経済(資本主義)と完全な計画経済(社会主義)は機能せずそれぞれの良い点を取り入れようとする政策が採用され始めていました。現実の世界はヘーゲルの弁証法(正反合)的プロセスつまり、フリードマン的世界とハーヴェイ的世界はお互いに近づいてきているのではないでしょうか。振れ幅が大きいほどその反対方向へのエネルギーは大きく、その過程で発生する国民の損失も大きいということを政治家は良く考えてほしいものです。

なお、冒頭で触れた竹中平蔵氏が新自由主義者かどうかという点については、佐々木実「竹中平蔵 市場と権力」(講談社文庫)を読んで皆さんが判断して下さい。この本は大宅壮一ノンフィクション賞及び新潮ドキュメント賞を受賞しただけあって、豊富なデータを基にしておりイデオロギー色が無いので良い資料だと思います。

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香港、中国、英国の駐在を含め40年間、メーカー・商社で海外事業の経営管理に携わりました。 出張で訪れた国はアジア、アメリカ大陸、欧州、ロシア等30か国以上。様々な人との出会いがありました。 現在は経営コンサルタントをしています。