香港はどうなるか

2020年6月末に香港国家安全維持法が施行され、日本では香港の将来に懸念を示すメディアの論調が多いですね。香港と中国に駐在した私から見ると、外国人にとって現在の香港と中国本土のビジネス環境は差がありません。

中国は多民族国家で、55の少数民族がいます。少数民族は全人口の約1割しか占めていませんが、その中でウイグル族とチベット族は、今でも独立運動が盛んです。従って、中国政府は国家の統一を乱す動きには非常に敏感で、例えば香港独立を叫ぶ人たちを絶対に許容しません。このような政府の姿勢は、程度の差はあっても世界中どこの国でも同じでしょう。

従来から、中国本土でビジネスをしている外国人の言動は常に中国政府の監視下にあります。公安(警察)には外国人を監視する部署があり、外国人の言動は常にフォローされ記録されています。香港も中国本土と同じになったということです。
香港を含む中国では、合法的な経済活動をしている限りめったなことでは不利益を被ることはありません。中国の民法は世界的に見てもハイレベルですが(小口彦太「中国法『依法治国の公法と私法』」(集英社新書)、中国では裁判所が中国共産党の指導をうけることになっている点に注意する必要があります。また、中国に限ったことではありませんが、日本と中国の外交関係が悪化した場合には、公安に記録されている過去の不法行為等を持ち出されて逮捕や国外退去となる可能性があります。

さて、政治面はさておき、香港の経済面での将来はどうでしょうか?以下検証してみましょう。

1. 香港基本法(1990年4月4日 中華人民共和国主席令第26号 「中華人民共和国香港特別行政区基本法」。以下「基本法」)は9つの章で構成されています。
第1章 総則
第2章 中央および香港特別行政区の関係
第3章 住民の基本的権利および義務
第4章 政治体制
第5章 経済
第6章 教育、科学、文化、体育、宗教、労働および社会奉仕
第7章 対外事務
第8章 本法の解釈及び改正
第9章 付則

2. 経済活動に関する基本法の重要な規定は次の通りです。
第1章 総則
(1) 私有財産権を保護する(第6条)。
(2) 香港の従来の法律即ちコモンロー、衡平法、条例、付属立法及び慣習法は、保持される(第8条)。
(3) 中国語、英語を公式言語とする(第10条)。
第2章 中央及び香港特別行政府の関係
(1) 香港は、独立した司法権及び終審権を享有する(第19条)。
第5章 経済
(1)香港特別行政区(以下「香港」)は独立した租税制度を実施する(第108条)。

(2)香港ドルは、香港の法定通貨である(第111条)。
(3)香港は外国為替管理政策を実施しない(第112条)。
(4)香港は自由港としての地位を保持し、原則として関税を徴収しない(第114条)。
(5)香港は貨物、無体財産および資本の自由な移動を保障する(第115条)。
(6)香港は「中国香港」の名前で貿易に関する特恵待遇の取り決めを含め、関税と貿易に関する一般協定、国際繊維貿易取り決め等関係する国際組織及び国際貿易協定に参加できる(第116条)。
(7)香港は原産地証明書を発行できる(第117条)。

もし、基本法の経済関係の条文が、現状比制限が強化されれば、制度面では香港の優位性は損なわれます。

3. 物流のハブとしての香港
(1) 香港の航空貨物取扱量は、世界No.1です。(Airports Council International       「Air Cargo Traffic 2018」 )。広州は18位です。
(2) 華南における海上貨物の取扱量(2018年)は、1位広州港、2位香港、3位深圳港です(国土交通省「世界の港湾取り扱い貨物量ランキング」)。
華南の港は殆どが河川港で、定期的な浚渫が必要ですが、香港はその必要がありませんので運営コストが節約されます。
(3) 華南におけるコンテナ取扱個数(2019年速報値)は、1位 深圳、2位広州、3位香港です。(国土交通省「世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング」)

航空貨物における香港の優位性は華南の他の空港に対して圧倒的であることがわかるでしょう。

4.自由港としての香港
現在、世界に完全な自由港(Free Port)は存在しませんが、自由港に最も近いと言われているのは、香港とシンガポールです。輸入貨物には原則として関税がかかりません。

中国本土の保税区は加工貿易のための制度であり、海外で生産された部品(原料)を免税で輸入できますが、完成した製品は必ず輸出しなければなりません。また、加工手帳により部品(原料)と製品の紐付けを行わなければなりません。一方、香港では輸出入手続きに一切の制限がありませません(戦略物資や有害物質の輸出入等を除く)。

4. 金融面での懸念事項
(1) 中国の人権問題を巡り、欧米の金融機関が香港の組織をシンガポールなどへ移す可能性があります。一方で欧米の金融機関は、商売は失いたくないというジレンマもあります。
(2) 中国本土の企業にとって香港は資金調達・運用の場として引き続き重要です。
(3) 米国が香港ドルとUS$の交換を止める政策は、中国との対立を決定的にすることになるので、余程のことが無い限り発動しないと考えられます。

5. 結 論
中国の華南地域へのアクセスの拠点としての香港は、その地理的優位性(中国のGDPの1割を占める広東省を後背地として持ち、四川省、貴州、広西省等の中国西部へのアクセスが便利である)と世界の主要都市を結ぶ航空便の多さ及びハイレベルの国際ビジネスのK/Hが蓄積されていることから、貿易を含むビジネス面での重要性は変わらないと考えられます。

2019年2月に公表された、中国政府が国家プロジェクトとして進めている大湾区発展計画(香港、マカオ、広東省9市)により、
① 交通インフラ(鉄道、高速道路、橋)の整備が進んでおり、自由港である香港の物流面での優位性は強化されます。
② 広東省を対外開放の先進的モデルにすることを目標とし、香港が持つ国際ビジネスK/Hを広東省に移植しようとしています。
③ 香港は知財の紛争解決の拠点として中国本土の知財裁判所よりも幅広く深い知見を有しています。
国際金融の面では中国企業の資金調達・運用の拡大もあり、欧米金融機関の撤退はあるかもしれませんが全体としては香港の大幅な地位の低下は考えにくい状況です。


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