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君がくれた自転車

何年前の話になるかな。名古屋駅の近くの映画館で働いていた頃。一時期、直線距離にしておよそ5kmくらいを自転車で通勤していた。

その仕事先で仲良くなった3つ年下のバイトで働いていた子に、ダメだとわかっていながら恋心を抱いたのです。とても頭が良く、大学院に進んで弁護士資格をとるための勉強をしていた子で、試験にも1発合格してしまう程の努力家だった。この子の話は、他の記事でも少し記述したと思うのだけど、見事気持ちをぶつけて玉砕。少しの間冷却期間もありながら、いろんな人生の節目でお互いにその職場を離れることになっても、期間を空けてまた会うようになり、何ヶ月かごとに飲みに出かける、いい関係を築いた。

そんなある時、2010年代の始めの頃だったと思う。彼が友人から譲り受けたという自転車を、一度岐阜の実家に戻るので預かることになった。使ってていいよ、と言われ、結局のところ頂いたみたいな形になり散々乗り回し、そのまま返すことはなかったクロスバイク。スヌーピーのぬいぐるみがついていた鍵と一緒に借りたのを覚えている。すごく愛着があって、大事に大事に乗り回した。
一度だけ、当時住んでいたマンションのふもとで帰宅直前に警官に止められて、自転車登録を確認されたことがあって。彼の、さらに友人の名前で登録されていてやりとりに困ったことなんかあったな。目と鼻の先は家なのに、このタイミングで職質かまされるかな?と疑問に思ったもんだ。

現在、東京の仕事先で移動に電動自転車を使用しているのだけど、あの頃に電気の力を借りずに自分の足で踏み込んだあの自転車のペダルの感触は、まぁ同じ自転車だし大して変わるはずもないのに、全然違ったように思う。
毎日30分かかるかかからないかだし、そんなに坂道も極端じゃない距離だったけれど、栄の街中を朝7時台に思い切り横切って、健康的でものすごく気持ちがよかった。何よりも、自分が好きになった人から預かった自転車に乗っているということが、自分以外の誰かと繋がっていることを実感できた。本当に幸せな時間を生きていた気がした。
好きな職場に、好きな仕事をしに、毎日自転車を走らせる。その頃初めて持つようになったiPhoneで好きな音楽を聴きながら、仕事の後には友達や、弁護士になったその彼と飲みに行く約束だったり、いろいろと詰め込んで暮らしていた。一緒に住んでいた彼氏とも順調で、問題と言えば、ちょっと自分の人生の調子がいいからって、時々羽目を外して飲みすぎてしまうことくらいだった。何もかもに、前向きな想いを持てた。

あの自転車は、ある時突然にチェーンだったかブレーキがイカれてしまって乗らなくなり、当時住んでいた家を退去する時にそのまま置き去りにしてしまった(良くない。)とても気に入っていて、確かブリヂストンのだったと思うんだけど、正直いろんな意味で乗り心地が良すぎて他の自転車なんて目もくれなかったから、どこのメーカーだったのかも不明瞭なまま。修理に出して、今でも一緒にいられるようにしとけば良かったな、なんて時々思う。

だからなのかな、今テレビで自転車の通販サイトのCMを見て、このところなんとなく「クロスバイク欲しいな、また」と思っていた気持ちに火がついている。
あの時のような何事にも代えがたい充実感は二度とないと思うし、もう風化されてしまいそうなくらい時間の経ってしまった思い出で、住んでいるところも名古屋と東京じゃ、生活の仕方からして違いすぎるのだけど。
この町で、あの時と同じくらい好きな人や好きな仕事を見つけて、好きな場所や好きになったものたち、を、心の底から自信を持って「好き」だと言えるのかな、って。
疑問と、少しの自信のなさ、そういうものでふと立ち止まった瞬間なのでした。


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