偽の希望と本当の希望
絶望なき希望は、偽物の希望
絶望の中から生まれた希望以外は 本当の希望ではない
陰極まって陽と成すと同じ
アウシュビッツで生き残った人などは
本当の希望をもっていた
偽の希望=期待
となってしまい、自己正当化を煽り、依存の力を引き出す
結果、傲慢さや愚かさが向上してしまい
自分の見たくないものに蓋をし続けてしまうだろう。
本当の希望=希望
これは、絶望の中からしか生まれないものなのだろう
絶望を受け入れ、魂に触れることで、底力を引き出す
絶望は、持っていた中途半端な希望(期待・欲求)が
ことごとく潰された状態のこと
一旦この洞窟に入って、この中から見出した光こそが
本当の希望なのだと思う
期待(偽の希望)と
希望(本当の希望)の違いが、
現代人には見分けがつかなくなっていて
中途半端な期待(偽の希望)は、 とことん潰しにかかった方がいい
昔の人は、そこを見極めていたからこそ
言葉はきつく、とことん追い込むことがあったんんだなと
昔は、現代よりも生きるか死ぬかの感覚も強い
中途半端だと、「死」が待っているのだ
だから、気づきを与えるため、より本質に早く気づかせるために
厳しい言葉が多かったのだろう
現代は生ぬるい
自分もそうだと思う
少し間違ったくらいでは
すこしくらいズレていても
死にはしない
すぐに誰かが、耳障りのいい言葉で
励ましてくれたり、甘やかしてくれる
大事に大事に
あま~くあま~くして
どんどん人を駄目に、愚かなものにしていく
このことが理解できる人も少ない
このことを理解するために
この、執行草舟さんの動画も役に立つとおもいます。
伝わるかな~?
偽の希望を捨てよ
そして、その先の本当の希望を見出せ
エルンスト・プロッホ
希望の原理
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今日もあなたに、
偽の希望に気づき
絶望が訪れ
そこから、本当の希望を見せるような
最高の気付きが訪れますように♪
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