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旗挙八幡、義仲偲ぶ その①

信州のご当地ソングを漁っていて、ダ・カーポの「木曽の恋歌」という歌にめぐり逢った。
1980年代の歌だそうだが、なんともやるせない哀愁と詩情にあふれていて、ご当地ソングに演歌が多い東北とは一味違っている。
宿場のひとつひとつを丁寧に歌詞に歌い込んでいて、完成度もひそかに高いようだ。
「木曽路はすべて山の中」という島崎藤村の小説「夜明け前」の一節にインスパイアされて作られたかの歌詞ではあるが、それとは別に、この歌独特の世界観があって、なんとも言えない読後感が感じられるのがよい。
山の厳しさをこそ愛する、登山者たちの精神性に近い歌詞なのかもしれないとも思う。
この「木曽の恋歌」を口ずさみながら木曽路を彷徨ってみたいと思い立ち、衝動的に木曽方面へと足を向けた。
「木曽路はすべて山の中」ではあるけれども、そこがまたたまらない。
少し前に、西島三重子の「鬼無里の道」を口ずさみながら、鬼無里を旅したことがあったので、自分としてはシリーズ第二弾である。
それにしても、信州のご当地ソングは、文語調の格調高く感じられるものが多くて、雅な感じがしてしまう。

木曽を訪れるまでは、普通に木曽の範疇だと思い込んでいた木曽平沢や奈良井宿などは、両方ともが塩尻市に属しており、木曽であって木曽ではない、でも木曽であるという、少し難しい土地であるようだ。
奈良井宿を流れる奈良井川は、北流して塩尻市を過ぎ、松本市内で犀川そして千曲川へと合流する、日本海へ注ぎ込む河川である。
木曽谷を南流する木曽川は、太平洋へと向かう川であるから、木曽川水系だけを木曽と呼ぶのだという狭義の分類方法もあるようだ。
木曽原理主義とでも言うべきか。
けれども、そんな木曽原理主義に基づくと、木曽の有名宿場町は、妻籠宿だけということになってしまい、なかなか寂しいことになるのではないかと思ったりする。
木曽路の存在を文学的に高めることに貢献した島崎藤村は、木曽の馬籠宿の名家の生まれであるのだが、その馬籠宿を有する山口村は、平成の大合併において長野県を離れ、岐阜県の中津川市へ越境合併してしまったから、信州と木曽は、島崎藤村と馬籠宿を岐阜県に持っていかれた格好となった。
もともと、木曽という土地は、美濃国から信濃国に編入されたり、江戸時代は尾張藩領であったりと、東濃地方と切っても切り離せない縁があって、現状、たまたま信州に属しているだけという土地柄なのかもしれない。
奈良井宿は塩尻市、馬籠宿は中津川市ということになると、妻籠宿だけが、純然たる木曽の宿場町ということになり、真に木曽路を味わおうと考えたなら、妻籠宿を訪れるべきなのかもしれない。


木曽町、とりわけ合併前の旧・日義村(宮ノ越宿)の周辺には、木曽義仲にまつわる史跡や伝承が数多く残っていて、木曽義仲についての愛着がなかなかに増してくる。
居宅跡とも言われる旗挙八幡宮、巴が水浴したという巴ヶ淵、義仲と中原兼遠が分祠勧請したという南宮神社、義仲やその主従を弔う墓のある徳音寺。
義仲には、鎌倉の頼朝とは違って、史実的にも軍記物的にも、陰湿・老獪なイメージがあまりないので、木曽谷の風景も心なしかさわやかに感じられるようだ。
このあたりの牧歌的な風情が、より一層、平安末を生きた義仲の思い出を手繰り寄せる手伝いをしてくれているようで、草の葉一枚さえ愛おしくなってくる。
旧・日義村から木曽駒ヶ岳を望むとき、この山の山頂の彩りには、どこかしら、青春の風を感じてしまう。
木曽駒の山肌の色使いは、実になんとも言えない風情がある。
真夏の暑い盛りにも、山頂に早春の萌黄色を輝かせているようで、その爽やかなやさしいみどり色には、しばし時を忘れて恍惚としてしまう。
全国に駒ヶ岳と名のつく山は数多けれど、秋田駒や甲斐駒も捨てがたい魅力があるけれども、その歴史的な背景のなせる技であろうか、木曽駒ヶ岳の個性はやはり特別に思えてしまう。
上田市丸子の挙兵の城・依田城や岩谷観音、東御市元海野の白鳥河原など、東信地方での挙兵後の史跡ばかりに目を奪われていた部分があったけれども、木曽谷の鄙の里に匿われていたころの、虚実ないまぜになった義仲伝承もまた、捨てがたいものがあると感じている。

日義からの木曽駒 あまり萌黄っぽく見えない…

木曽義仲にまつわる史跡には、義仲の家紋として笹竜胆(りんどう)紋が使われているのが目に留まる。
笹竜胆紋は、源氏の棟梁の家紋であるとか、村上源氏が用いていたのが混同されたものであるとか、いろいろな説が言われているわけであるけれども、それはそれ。
誰あろう、木曽義仲こそが、真の源氏の棟梁であるという、木曽人・信州人たちの気概の現れとして、ある意味、痛快に思うのである。
信州をめぐっていると、神紋・寺紋・武家紋含めて、身にまといたくなるような紋章に、数多く出会うことになる。
四根の梶、五根の梶、立ち葵、鎌卍、丸に左十文字、三つ巴、三つ鱗、州浜、結び雁金、六連銭、三階菱、四つ割り菱、丸に上文字、毘の旗印、永楽銭、竜胆車、丸に三つ引き両、・・・。
そして、そんな身にまといたくなる紋章のひとつが、この笹竜胆紋なのであった。

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