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「S・ホームズの冒険(TV版)」ひとこと語らずにはいられない犯罪者5選+1。

TV版「シャーロック・ホームズの冒険」を見ていて、ひとこと語りたくなってたまらない犯罪者というものが何人かいるので、その鬱憤をこのnoteの中で晴らそうかという企画。

● カルヴァートン・スミス 「瀕死の探偵」
原作とは異なる大活躍を見せるTV版のカルヴァートン・スミス。アマチュア病理学者という、あまりよくわからないような肩書での登場ですが、研究者っぽさを強調したのはTV版での味付けで、そもそもは、土地の風土病に詳しい農場主といった役どころの人物でした。農園の働き手を守るために、風土病に精通していったという経歴で、あまりインテリっぽさを感じさせずに描くことも出来たでしょうが、TV版のスミスは在野の研究者として魅力たっぷりに描かれています。原作のホームズ作品の熱烈なファンには、違和感を持って迎えられるのかもしれませんが、私は、TV版によって付与されたこの人物設定は、とても魅力的な肉付けだと思っています。
学会からはアウトサイダーと見られながらも、人々を救うことに繋がる病原体の研究を、半ば趣味の領域で行なう男。かなり魅力的です。社会が付き合い方さえ間違えなければ、もの凄く有用な人物だという気がします。研究を続けるために必要な諸費用を、財産強奪と殺人に頼ったというところが決定的な汚点であり、財産さえ不自由なければ英国科学界の大奇人ヘンリー・キャヴェンディッシュのような一生を送った人なのかもしれません。ちなみに、キャヴェンディッシュという人物は、後世に発見されていく数々の大定理を、趣味のような研究によって発見していたにも関わらず、人間嫌いのために学会や世間に公表することなく人知れず静かに生きた、科学史きっての大奇人です。
そんなカルヴァートン・スミスの活躍場面の多くなった「瀕死の探偵」エピソードですが、頭脳明晰な犯人が倒叙形式のもと、捜査側の人物と対峙する物語は、どこか「刑事コロンボ」を彷彿とさせる展開のようです。ラストの場面で、捜査側の繰り出した罠に、まんまとハメられてしまうところなども、「コロンボ」的なノリを感じてしまいます。

● ヒュー・ブーン 「もう一つの顔(唇のねじれた男)」
ヒュー・ブーンもまた、原作から大きく脚色を加えられた登場人物のひとりです。単なる大道芸人的な浮浪者にとどまらず、TV版では、シェイクスピアの詩を諳んじて施しを受ける「エリートの浮浪者」という、特徴的なキャラクターとして描かれています。これもまた、実に魅力的な改変だと思います。
シャルル・ボードレールの登場以降、詩人は、都市生活者の中に紛れて、貧困と隣り合わせに生きるイメージが出来上がっていったと思います。地方から街へと出てきた、詩人志望の若者たちの中には、中途半端な理念と学識から職にあぶれて、浮浪者的境遇に落ちぶれてしまう者もいたことでしょう。そういう知的な浮浪者が、大都市の片隅にひっそりと隠れ棲んでいたとしても珍しいことではなかったかと思います。何人もの、才能の伴わなかったランボーたちが、そのまま都市の中に眠らされていたことでしょう。生活者としては不適格な見習いの詩人が、都市生活の落伍者として浮浪者に身をやつす。都市型詩人の末路として、美しい様式美を感じてしまいます。もちろん、ヒュー・ブーン自身は、別の理由があって浮浪者の境遇に身を落としていますが、そんなイメージの膨らみがあって、ヒュー・ブーンの描かれ方は魅力的に思えるのです。

● チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン 「犯人は二人」
恋文など、当時の貴族の社交界では醜聞として扱われる類いの「情報」を、身内や使用人たちから買い漁り、それを本人に売りつけることで金を得る、非常にタチの悪い恐喝王ミルヴァートン。魅力的に思えるのは、その死神のような公平性です。その行為に、グルーナー男爵のような趣味性など介在しない分、とても無機質のように見えます。女の色香にも、また女の涙にも、決して動じることもない分、公平であるとも無慈悲であるとも言えそうです。グルーナー男爵の方が、まだ人間臭さのようなものを感じてしまいます。異性にも名誉にも何ものにも影響されない、純粋なる恐喝。恐喝のための恐喝というスタンスは、どこか高尚な行為であるかの錯覚をさえ抱かせます。
情報、それもとりわけ「負」の情報が金になるのだ、とは、実に現代的なものの考え方で、性格はとても褒められたものではありませんが、現代社会の先駆的な人物なのだと言えるかもしれません。負の情報を買い取ってくれるゴシップ誌のようなものが存在する現代のような時代であれば、彼の行為は、ある程度、市民権を得ているのかもしれません。時代よりも早すぎた、そして、自らの行為に純粋すぎた恐喝王だと思います。

● ジャック・ステイプルトン 「バスカヴィル家の犬」
昆虫、とりわけ蝶の研究者として名高いステイプルトンさん。ワトスンとの会話の途中、目の前を横切る珍しい蝶に我慢が出来ず、捕虫網を振り回して追いかけ始めるステイプルトンさんは、とてもかわいいと思うのですが、その犯行は実に残念です。昆虫好きの人には悪い人はいないという主張が、彼のおかげで、まったく虚しく聞こえてしまうため、とても反省を促したい人となっています。幼いころ、子供読み物の「バスカヴィル家の犬」を読み、大人になってもお構いなしに虫捕り網を振り回す変人ぶりのステイプルトンさんの姿に、うっかり憧れてしまった、その憧れの感情を返して欲しいと思ってしまいます。子供のころ、「昆虫記」のアンリ・ファーブルと、ステイプルトンさんは、ある意味、ヒーローだったと言えるのです。是非、昆虫好きの代表として、香川照之氏に、激しく怒鳴りつけてもらいたいものです。

● アーデルベルト・グルーナー 「高名の依頼人」
蒐集している陶磁器などと同じ目線で、女性を蒐集・鑑賞するという、ある意味、男らしい人物。役者さんの、舌なめずりするような、いやらしい表情が魅力のひとつになっていると思います。とにかく役者の表情の作り方がとてもリアルで、リストを鑑賞しているときの雰囲気なんかは、なかなかやばい感じです。彼の行きつくところは、江戸川乱歩的な、人間のコレクターなのでしょうか。それともAKBあたりの生写真コレクターでしょうか。アイドルの生写真を集めて楽しめる現代のような時代であれば、こんな犯罪者にはなっていないのかもしれず、むしろ、骨董の世界の第一人者にでもなれたかもしれない惜しい人物かと思います。

● ジェームズ・モーティマー 「バスカヴィル家の犬」
発掘した化石人骨を美しいと鑑評し、嬉々として頭骨を愛でる、頭蓋骨フェチのモーティマーさん。陽性の性格のゆえに気づかれてはいないものの、この人も、実はなかなか奇天烈な人物であるかと思います。根の明るさゆえ、学究的な人物の枠の中に収まってはいるものの、一歩間違えて闇落ちすれば、グルーナー男爵のようなコレクターになりかねない危なさも持っている人物かと思います。ホームズの頭蓋骨に興味津々となって欲しがるあたり、もうすでに危うい領域に片足突っ込んでいるのかもしれません。

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