研究ノート 3.11地震直後の福島第一サイトの600人の心理 免震重要棟に集まった600人のうち、米原発災害報告書AEC ; Reactor Safety Study, WASH-1400(1975)の内容の苛酷炉心損傷事故の発生過程と影響について理解している人は、一割以下の60人以下と推定され、大部分の人は、これから何が起こるのか、まったく理解できておらず(無知)、もし、知っていたならば、600人も集まらず、東電社員は、逃げれば、政府により、福島第二と柏崎刈羽の閉鎖命令につながるため、立場上、逃げられず

はじめに

3.11地震直後、金曜日午後であったため、東電社員300人と協力会社十数社社員計300人は、いつもの週末が迎えられると期待していたものの、突然、大きな地震が発生し動揺、すぐに津波の襲来が予想されたため、関係者全員に召集がかかり、免震重要棟の二階の縦横50 mくらいの大きな会議室兼対策室に集まり始めたが、その時には、まだ、サイトの送電線(外部電源)は、機能喪失していたものの、各号機の非常用ディーゼル発電機(内部電源、各号機のタービン建屋地下一階に2基、東電編『福島第一原子力発電所 東北地方太平洋沖地震に伴う原子炉施設への影響(2011.9)の添付-6-12)は、機能しており、津波襲来後に発生するステーション・ブラックアウトについては、大部分の人が、気づかず、大変な問題であるという認識はあったものの、歴史的な致命的事故に進展するとは、吉田昌郎所長含め数名しか認識しておらず、大部分の人は、気づいていませんでした。

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