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もはやモキュメンタリーは低予算映画の専売特許ではない。ノルウェーに巻き起きる現実対虚構。『トロール・ハンター』

 去る20世紀の中ごろ、アメリカ全土が侵略者の脅威に晒された事がありました。ニュージャージーはレントンに突如として奇怪な円柱が降り立ち、中から現れた火星人が殺人光線を放って一帯を蹂躙しだしたのです。ラジオを通して事態を知った人々は恐慌状態に陥りました。民衆は家財を放り出して逃げ惑い、町には「大阪ではトライポッドを何体か倒したらしい」という噂がまことしやかに流れたそうな。

 言うまでもなく1938年に放送されパニックを巻き起こした『火星人襲来』のラジオドラマのことです。原作はH.G.ウェルズの『宇宙戦争』。元は純粋な小説作品ですが、ラジオドラマはこの作品をフェイクドキュメンタリーとして再構成したものと言えるでしょう。

 この逸話からはフェイクドキュメンタリーのそれらしさを演出するのは必ずしも内容の真実味だけでなく、それ以外のディティールが占めている部分も大きいのだ、ということが言えると思います。今回紹介する『トロール・ハンター』は、そんなお話の荒唐無稽さと周囲を固めるディティールのそれっぽさが絶妙なバランスでせめぎ合う主観視点ダークファンタジーモキュメンタリー映画です。略してPOVDFM。

・あらすじと見どころ(本当にトロールが映る)

 まず画面の前に姿を現すのはトマスヨハンナカッレの三人組。彼らは映画学校の学生で、熊の密猟を扱ったドキュメンタリーを撮るべく山あいへと取材に来ています。彼らが特に欲しいのは密漁を行うハンター自身の証言で、そのために密猟者と思わしきハンスを追い掛け回すようになります。ところが彼がただの熊撃ちではなかった、というのがお話の導入部分。

 先ほど触れたとおりこの映画はカメラマンのカッレによる主観視点で進行します。この映画のそれは良心的主観視点とでも言いたくなるような代物で、予算が豊富なためかともかく視聴者が見たいものがバッチリ映る。そのサービス精神の旺盛さたるや予告編動画で見せ場に当たるシーンを一つ残らず公開してしまうほどなので、見ようと思っている人は先に予告編を見ないように。

 話の筋に戻りましょう。頑なに取材を拒否するハンスに対して学生のたちの行動はどんどんエスカレートしていき、夜中にこっそりと山に分け入っていく彼に対して果ては尾行を仕掛けます。すると木立の向うで強い光が点滅しているのを見かけたり、この世のものとは思えないうなり声を聞いたりと何やら妙なことに。

 ついにはハンスが大急ぎで引き返してきて、学生たちを見るなりこう叫びます。「トロール!」彼らは訳も分からず逃げ惑うのでした。闇の中でトマスが何者かに噛みつかれたものの別条はなく、道路まで落ち延びた一行。翌晩から学生たちは改めてハンスの協力を得て、改めて森の中に潜む何者かの狩りに同行するのでした。そこでカメラが捉えた物とは? (答え:トロールが映る)

 結論を言うとばっちりトロールが映ります。カメラの前に姿を表したトロールは節くれだった関節を持つ巨人で、その大きさたるやハンスの乗るバンが腰まで届かないほど。ノルウェー全土に生息するトロールですが、政府によってその存在を巧妙に隠ぺいされ、ただ一人ハンスだけが調査や駆除を行う資格を有していたのでした。

 この後学生たち一行はハンスとともにノルウェー中を回り、トロールに関する悲喜こもごもを見て回る事になるんですが、行く先々で明かされるトロールの設定が楽しい。曰く古タイヤを見ると引き裂かずにいられない、好物は石炭コンクリート、死ぬと爆発四散する、アンド・ソー・オン。なまじ地に足が着いた導入で始まる物語ゆえ、こうした荒唐無稽な設定の羅列には意表を突く面白さがあります。まるでムーミンを始め童話のトロールはこの映画に出てくるトロールを元にしたのだと言わんばかり、こういった傍若無人さはモキュメンタリーならではないでしょうか。

・ディティールのらしさ

 現実からの逸脱がある一方で、『トロール・ハンター』にはドキュメンタリーの体裁を保つための工夫がいくつも凝らされているので、その中で特に感心したものを二つほど紹介したいと思います。

 まず一つ目はこの動画が撮影されていることの意義付けです。カメラマンであるカッレは、いついかなる状況においてもカメラを回し続けます。実は学生たちが映画を撮る目的は密猟の取材からトロールの存在の暴露へと序盤の時点で変わっているのですが、ただそれだけで常に被写体にカメラを向け続けるカッレのド根性に説明をつけるのは、無理があろうと思われます。

 で、それを解決するのがカメラの望遠機能暗視機能。これらは夜の森でトロールを見つけ出すのに非常に都合が良い。画面に大写しになったトロールが思ったよりも遠くにいたり、真っ暗な闇の中から暗視カメラに切り替えた途端トロールの姿が浮かび上がったりと、常にカメラを構えておいたほうが良いことを視聴者にさりげなく納得させてくれます。これなんかは中々気が利いた演出ではないでしょうか。

 二つ目はハンスを始めトロールの隠ぺいに携わる人々の存在感です。それはもう色々な人が出てきます。トロールによる被害を熊の仕業のように見せかける業者、ハンスにトロールの血液を採取させて検査する獣医、などなど。

 そこには非現実的な事柄に対応するための現実的手段と言うか、完成された機構の存在が見て取れます。怪獣そのものに対するスペシャリストはハンスだけで、他は既存の職業で回している分業体制になってるところなんか特に。僕なんかは見終わったあと『ゴジラ2000 ミレニアム』『シン・ゴジラ』を思い起こしました。ということで怪獣映画好きの方も是非見てください。いや悪者なんだけどねこいつら。

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