クトゥルフ相撲

 目的地が近づくにつれて、次第に海が荒れ始めた。かつて立合いの前にこれほど緊張を覚えたことがあったろうか。船上の小結、垂穂ノ平はひしと身を固くした。

 彼を待ち受けるのは、離島の漁村で行われる神事相撲である。昨年の同じ日には、同部屋の関脇である稲垣ノ里がこの仕事を受けていた。土地神との立会いに見立てた一人相撲のはずであったが、その日稲垣ノ里は不可視の何者かに『投げられた』。翌日から彼は体が次第に石のような鉱物に変わる奇病に見舞われ、今日では全身石化して死人同然である。

「垂穂よぉ、あの島には行っちゃなんねえぞ」

 垂穂ノ平は将来を嘱望された関脇が、病床から自分にかけた言葉を思い起こす。……彼はおもむろに何もない宙に向かって腕を掲げた。荒波のせいかはたまた今の腕の一振りの勢いか、船が一際大きく揺らぐ。これこそはこの日に備えて編み出した必勝の型。稲垣ノ里によれば、まず土地神が繰り出してくる技は――目潰し!

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