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知られざる最強最悪飲酒映画を見よ。オーストラリアが生んだカルトの傑作『荒野の千鳥足』

 年末年始、皆さんはどれくらいお酒を飲みましたか?

 映画の中の外国人はよく酒を飲みます。イギリス人であれば夜ごとパブへ繰り出してエールを飲み、ロシア人ならベッドサイドの小棚からウィスキーの瓶を取り出して飲む。ドイツ人なら仕事の後でビールを飲むし、フランス人にしてみてもそれがブランデーに変わるだけのこと。脆弱な肝機能を持つ我々にしてみれば画面を見ているだけで酔いかねないほど、彼らは日常的に飲酒をして見せます。

 しかしそれはあくまで映画の中の話。実際に彼らがそれほど酒を飲むのか? 僕は知りませんが、ともあれ鋼のように見える彼らの肝臓にも限界があることは確かです。今回紹介する『荒野の千鳥足』はそんな過度の飲酒の末の不定の狂気と、その先に待ち受ける肝臓のカタストロフおよび前後不覚状態を描いた映画であり、昨年見た映画の中で僕が自信を持ってベスト1に選ぶ超オススメ作品です。

・あらすじと見どころ

 物語はオーストラリアの田舎町から始まります。小学校の教師ジョン・グラントは休暇前の最後の授業を終え、恋人の待つシドニーへ発つべく駅のそばの酒場へ繰り出します。いきなりで申し訳ないんですがこの田舎の描写がもう見モノで、何と言っても景色が凄い。

 日除けのついたちょっとしたバス停みたいな駅舎と、グラウンドの隅の倉庫みたいな酒場のほかには一面の荒野とどこまでも続く線路があるばかり。監督曰くこの映画はほとんど寒色を使わずに撮った作品だそう(すげえセリフだ)ですが、それがこのシーンにおいては効果テキ面で、すわ核戦争後の焼け野原かみたいな景色が見られます。

 ともあれジョンは客のいない酒場で駆けつけビールを一杯。彼が埃っぽい酒場で飴色のビールを飲む姿は実に絵になる。そりゃまあこんな何もないところにいたら酒の一つも飲まないではいられないでしょう。というか小学校に通ってた子供たちはどこに住んでるの……?

 さて、舞台は変わって荒野の町ブンダンヤバ。シドニーへ向かう道すがら、ジョンはここで一夜を明かすつもりでいます。彼は宿の手配を済ませると、酒場へ繰り出し早速ビールを一杯。ここでジョンは町の中年警察官ジャック・クロフォードと出会い、彼に促されるままにどんどん杯を空けて行きます。ここからもうすでに結構なペース。おまけに酒場には何とも言えないヤバの町の旧弊な雰囲気が漂っており、視聴者は早くもついていけない飲み会の感じにゲンナリできる事請け合いです。

 深酒をするうちにやがて気を良くしたジョンはクロフォードに促されるままに店をハシゴ。ここで彼は地元の人々に混じって金を賭け始めます。そこで彼が覚えた高揚感には凄まじいものがありました。周囲の人々の熱狂、今やすっかりアルコールに麻痺した頭脳が、賭けをしたその一瞬だけ研ぎ澄まされる感覚。怒涛のような一場の末、あろうことかジョンは旅費をスッてしまうのでした。

 この映画がサイコスリラーとも言われているのはこういったところが由縁で、酒で気が大きくなった挙句の失敗を非常に共感しやすく、ジョンと一緒に後ろめたくなれるように見せてくれます。文無しになったジョンはブンダンヤバの町に留まらざるを得なくなるわけですが、そこでも彼を慰めてくれるのはやはりビール

 ホテルに帰る部屋があるうちはまだ序の口、ここからジョンは泥酔するたび前よりも劣悪な環境で目を覚まし、また旅費だけに留まらず、始めは持っていたモノを少しずつ失っていきます。なまじ冒頭で常識的な彼を見ている視聴者は、否応なくその狂気とアルコール分解機能の崩壊に引き込まれていくことになるのです。もっと言えば、自分が泥酔した経験のある人にとってはこの映画はトラウマ確実です。

・狂気の荒野

 最初の荒野の目にも彩なインパクトとは対照的に、じわじわと浮かび上がってくるのがブンダンヤバの持つ歪みです。ジョンと知り合いになるヤバの住民たちは皆どこか屈折していて、直接口にはしないまでも教師を名乗る彼を軽んじています。ジョンもまたそんな彼らと距離を置くのですが、失うものがなくなった後には逆に彼らに接近していくようになります。

 医師のドナルド・プレザンスはヤバの歪みを感じ取りながら、敢えてそれに身を任せようとする怪人物。ジョンにも自分と同じく成り行きに従うよう薦める彼は、段々とジョンに対する影響力を強めて行きます。始めのうち自分よりも立場の弱い子供を教育する側であった人間が、次第に弱者に対する暴力を肯定する側へと転じていく。そこにはそんな恐ろしさが見て取れます。

・不遇なりカルト映画

 作品の沿革を見ていきましょう。『荒野の千鳥足』はオーストラリア映画です。製作は1971年、監督はテッド・コッチェフ。彼はこの映画の11年後に『ランボー』を撮ることになります。とはいえ『ランボー』をモノにする以前も彼は決して無名の監督というわけではなかったようで、『荒野の千鳥足』はその年のカンヌ国際映画祭で初公開となり、その後フランスで5ヶ月に渡って上映されるなど好評を博しました。

 しかしながら本国オーストラリアでの興行成績は振るいません。それだけ当時の田舎の閉塞的な様子が真に迫っていたと言う事でしょうか。公開後映画はまるで禁書指定にでもあったかのようにビデオ化もDVD化もされないまま長らく雌伏の時を過ごし、2009年にデジタル修正を経て(超高画質!)ようやくソフト化されて日の目を見たのでした。

 蛇足ながら述べておくと『荒野の千鳥足』が日本で上映されたのは後にも先にも2014年末の一度きり。場所は新宿某所でした。映画の評判を聞いてこれは何としても劇場で見なくては思ったものでしたが、あいにく当時は金欠で映画を見るとなると新宿までの交通費が出せないほどに困窮しており、平日の夕方から自転車で30kmほど離れた新宿を目指すも道半ばで心が折れて帰りました。別に賭けでスッたわけでもないのに世知辛いね! 結局その次の次の年にDVD借りて見た。

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