#kiyomarization / 命名書

 先日、安産祈願をした赤子が無事産まれた。産まれた後で顔をみながら、事前に出していた候補のなかから一番似合いそうな名前を妻と選んだ。

 退院するころには命名書が欲しいなと思った。赤子の写真とともに壁に飾られているのをよくみる、あれだ。けれど、市販品をどう探しても、しっくりくるものが見つからない。シンプルでいて少しの重みと神聖さがあるものが欲しいのだが…。

 そういえば僕は活版印刷機が使えるんだから、技術と知恵をいろいろ駆使して、命名書づくりを、いっちょ自分でやってみようかな。そう思い立った。

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 まだご存知でない方もいるかもしれない。僕は音楽をつくっているだけでなく、活版印刷の工房”Allright Printing”で印刷職人もしている。活版印刷とは一口にいえば大量印刷技術の元祖だ。古い技術だから使う道具も古いものが多い。いつも使っているこのハイデルベルグのプラテン機は、5-60年前くらいのものだ。

 版として使用する”活字”は、鉛などの合金でできた、一文字一文字が独立したハンコのようなもの。宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」で主人公ジョバンニが活字拾いのバイトをしていたことでもおなじみだ。

 この写真は明朝体。この文字自体も数十年前に設計されたものだから、そのフォルムには時を超えてきた風格があり、あとは配置するだけでいいので気が楽だ。この活字は、さらに様々な道具を使って印刷用に組み上げて使う。

 版を作るにも、それを使って印刷をするにも、活版印刷はかなり時間がかかる。僕はその時間こそが、ある種の祈りを込めるのに必要なものだと思っている。地味で細かい作業をたくさん積み重ねた先で完成したものに宿る、静かなで確かなオーラ。そういうものの存在を僕は日々、この手と目で実感している。

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 さて、命名書づくりに戻ろう。パソコン上であれこれ作りながら、サイズやレイアウトを考える。まずは命名書について簡単にしらべてみると、こういうことらしい。

 その昔、いまよりずっと赤子が亡くなりやすかった時代には、産まれてから七日までは赤子は神の持ち物で、つまりその間の生死は人間にはどうしようもないものと考えられていた。
 それを過ぎて七日目の”お七夜”のお祝いにてようやく、この世の存在として家に迎え入れることができた。そのとき名前と生まれた日を書いて神棚に飾るものが命名書である。

 まあでも、少し頭にいれておく程度で、あまり意識しすぎなくてもよく、あくまで自分の家にフィットするものを念頭において設計をすすめる。

 要素は極力シンプルで、飽きないようにスリムな短冊形がいい。名前はあとから筆で書くので、「命名」の二文字と生年月日の部分を活字で刷れれば命名書としての条件は満たすだろう。これまで印刷してきたいろんなデザインのものを思い出しながら、短冊の上下フチに朱色の線を入れてみたら神聖さがぐっと増したので採用した。用紙は手元の見本帳から扱いやすい和紙「両面新大礼紙」を選んだ。

 ぜんぶ決まったので活字や紙を発注。活字はいつもお願いしている佐々木活字さんに発注して取りにいく。ここでは7-80代の職人さんたちが現役でパワフルに仕事をしている。そのエネルギーももらうつもりで活字の代金を払った。

 素材が揃ったら、あとはきれいに刷るだけだ。活版印刷は版画のようなもので、1回につき1色をする。今回は朱のライン(×2)、黒、金と全部で4回の印刷をした。いつもどおり淡々と・丁寧に・美しさについて思いを馳せながら、刷り上げる。

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 完成した。なかなか美しいじゃない。主張はしすぎず、でもすっきりと美しい。こりゃ飽きないだろうな〜。いいな〜うんうん。

 買ってきた小筆で、とりあえず自分の名前を書いてみることにした。活版印刷よりさらに時間のかかる毛筆で文字を書いていると、文字の細部がよく見えてくる。線をつむぐ順序と、さらにその一画のはじめなかおわりで行う動きの処理に意識が集中する。

 文字は千年単位の時をまたいで受け継がれきた形だ。筆を使ってその形状をなぞっていくと、大きな時の流れの中を自分もいま生きているのだという実感がより深まって、おもしろい。

 僕は毛筆ぜんぜん経験ないから、仕上がりは達筆とはいえないけれど(笑)、これが自分の名前なのだという実感がしっかりと体に残ったことが大事だなと思った。書道や写経のおもしろさって、こういうことなのかな。達成感がすごかったので自分の名前をしばらく壁に貼っておいた。

 後日、赤子の名前が決まり、命名書は毛筆が得意な曽祖母にお願いして書いてもらうことにした。とても嬉しそうに筆や墨を選んでいたと聞いて僕も嬉しくなったし、書かれた文字はほんとうに美しくて感動した。そうして完成した赤子用の命名書はいま、ベビーベッドの上に貼り付けてある。

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 僕が使っている活版印刷機は大量印刷するためのものだから、1部ほしいから1部だけつくるというわけにはいかず、自然と50部〜100部くらいはできてしまう。いま僕の手元にはひと束の命名書が残っています。SNSに写真をあげたらいろんな方が反応をくれたこともうけて、せっかくだし、これを販売しようと思います。

 正直なことをいうと、初めからそうなるだろうと考えていたこともあり(笑)、うちの赤子に限らず新しい命を迎える家とそこに漂う空気がよくなりますようにという祈りを込めて印刷をしました。

 3枚セットで1,000円。2枚は試し書き用にしてもいいし、僕のように両家へプレゼントする用に使ってもいいかもしれません。2/16(日)の18時〜21時の間のみ販売します。10セットくらいはありますので、ご入用の方はぜひどうぞ。


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