#kiyomarization / 子供が産まれる

 第一子が産まれてくるのでその前に安産祈願をしに行った。かつて挙式した熱海の来宮神社まで。2月1日の19時から徒歩で80km、休憩込みで20時間ほどの行程をイメージして出発した。

 なんのトレーニングもしないままの徒歩移動は結局、12時間ほどで限界を迎えた。出産前に風邪ひくのも避けたいから徒歩は中止して、バスと電車を乗り継いで目的地にたどり着いた。下のふたつのツイートのツリーを辿ればだいたいの記録が見れる。(まとめたかったけど途中で別れちゃった)


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 安産祈願とわかりやすく銘打って始めたけれども、妻と子のためというよりは、自分のためにやるものなのだと、はじめから明確に自覚していた。

 そもそもこれはゼロから考案したことじゃない。フォトグラファーであり按田餃子の経営者でもある鈴木陽介さんが、ご自身の第一子出産の際、里帰り先の新潟へ歩いて(鈴木さんの場合は宿も抑えて何日かかけて)向かったという話を聞いた。男性の身体では経験しえない出産という行為を、少しでも自分に引き寄せてみたいならば、かなり適した方法なのではないかと感銘を受けた。

 僕は出産という行為についてもっとよく知りたかった。自分の母をはじめ子供がいる女性に聞いてみればそれぞれに多様なエピソードを教えてくれるし、文字だけなら書籍にもネットにもいくらでも転がってる。でも僕はやっぱり自分で実際に経験してみないと理解した気になれない。じゃあ自分ができることのなかで、より出産に近いものを考えてみよう。そういう発想から計画をはじめる。

 出産について改めて調べてみる。初産の人が自然分娩するのにかかる時間は14時間ほど。長引いたりすると20時間以上かかるケースもあるらしい。一度の出産でだいたい2,000キロカロリーは消費する。陣痛は突然やってくるので深夜にスタートすることも普通。出産自体が全治三ヶ月の大怪我くらいのダメージがあるらしい…など。出典もまちまちだし、だいぶザックリしているけど、これらの要素を並べてみると、やりたいことがだいたい見えてきた。

①14時間〜20時間くらい歩きたい
②2,000キロカロリーは消費したい(上記の時間歩いたら自然とそうなる計算)
③突然、夜からはじめてみたい
④筋肉痛などある程度は長引く痛みがあってもよい

 場所を探してみると、ちょうど僕の地元から熱海の来宮神社までがノンストップで17時間半だということがわかった。ちょいちょい休憩しても20時間くらいでいけるんじゃないか。挙式した神社に向けて歩くのは気分もよくていいな。

 実は帝王切開する予定なので、出産の日付は確定している。来週にはもう生まれてるから、やるならもうこの土日しかない。じゃあ土曜の夜にスタートするべきだろう。夜通し歩いて夕方までには神社に着きたいから開始は19時くらいからがいいか。終わったあとに数日は余裕があるから多少筋肉痛がひどくなっても術後のサポートには支障が出ないはず、というか出ないようにしよう。

 と、いろいろ決めて2月1日の19時を迎えた。陣痛が始まったら即手術とのことだったので念のため、いつでもタクシーを呼べるように心を整えて歩き始める。

 道中、たまにSNSに刻みつつ、黙々とひたすらに歩き続けた。僕は歩くのが好きだ。体が動いてて頭がヒマな状態だといろんなことがよぎっては消えて行く。徒歩の最中ほどぼーっとできる時間はないから、曲のアレンジや歌詞を考えるときはだいたいいつも歩いている。今回はそういう時間を、なるべく子供のことについて考える時間にしたかった。

 母は妊娠してから10ヶ月ほどずっと、腹の中の胎児に配慮しながら生活する必要があるから、その子供のことを考える時間は膨大にあるんだろうと思う。でも自分は体の構造上そうする必要がないから、仕事して生計を立てるための日々を忙しくしすぎれば、まだ出てきてもいない子供のことについては、なかなか遠い話になる瞬間がある。

 生計も大事だからそれが悪いこととは思わない。でも自分の子供が産まれてくることについて、じっくりぼんやり考える時間がもっと欲しかった。強制的にヒマになる長い徒歩の時間はそれに最適だった。子供が産まれて大人になってひとりで暮らすようになるまでの道のりのいろんなことと、そのときそこにいる自分を夢想した。

 神奈川県の県道45号線を7-8時間ほど歩き続ける。緩やかで大きく上下にうねる坂道がずーっと続くので足腰はわりとすぐに動きづらくなっていった。筋肉の違和感はふくらはぎからモモ裏へ、そしてモモ表や足の裏へと回って最後に股関節に到達し、時間とともに痛みに変わっていった。

 途中、何度か休憩をはさみながら進んだけれど、10時間経つころにはもういつも通りには動けなくなっていた。そしてさらに2時間が経つころ、もうほとんどヨチヨチ歩きでしかなく、そんな動きでは身体に熱も生じず、明け方の海沿いだということも手伝って身体がどんどん冷えていくのを感じ、そのころ見えてきたバス停に着いたところで徒歩を中止することにした。残念だけど、無茶するのが目的じゃないからな。

 最後にむりやり砂浜におりて見た朝焼けがすごくきれいだった。

 それからバスと電車を乗り継いで、来宮神社に参拝できたのが朝9時半。お賽銭を奮発して安産のお願いをし、お守りも買えた。足腰がボロボロなので他にどこに行く気も起きずそのまますぐ家まで帰ってきていまもう夕方だ。

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 僕は、12時間ほど歩き続けて、それ以上歩けなくなった。あの場で「あと8時間歩いてね」と言われてたとしたら不可能だった。実際の出産ではそんなこといってられないのかと思うと、すごいことだ。

 調べた限りの出産の情報と比べると、おなじ領域で自分が出せる力の限界ってけっこうささやかなもんなんだなと分かって、帰りの電車の中ですこし虚しい気分になった。出産の労力を測る物差しが自分のなかにできた(長さ足りてないけど)ことが嬉しくもあった。複雑な心境をゆっくりとまさぐり続ける。

 すごいスピードで流れて行く車窓をぼんやりと眺めながら、ああ、僕はたぶん出産が羨ましかったんだな、ということに気がつく。自分の体の中で胎盤を通して繋がっていて、一定以上の大きさに育ててから外に出すという、どうあがいても自分にはできない母と子供との関係のあり方。

 僕はいまのところ、妻の身の回りのサポートをしたり、頭でいろいろ考えたりするくらいしかやれることがない。実際、産婦人科についていっても男性は診察を見守るだけだし、パパ向けの出産準備パンフをめくってみると「自分のことはなるべく自分でやりましょう」くらいのことしか書いてない。僕はいつでも当事者でありたい性分だから、出産がすごく羨ましかったんだな。だからもっと実感を得たくて出産について知ろうとしたんだ。

 そういう思いに気が付いた瞬間、悲しくはないのにすこし涙が出た。自覚していなかった深層にタッチした瞬間こみあげる涙というものが自分の中にはある。

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 こないだはまずネックウォーマーを作ってみたけれど、いちど自分の力で試してみることによって、自分ができることと、できないこと(=人に助けてもらうべきこと)の区別がはっきりする。というのがkiyomarizationのテーマの一つかなあと思ってた。それでいうと今回は、「子供が産まれてくる」ことにまつわる自分が果たすべき役割について超クリアにわかったな。

 自分にはどうあがいても不可能という領域を体で理解したおかげで、ならば自分でもできる部分はどのあたりなのかってのがか見えてきたし、そこに対して確信をもって臨める気がしている。まぁ子育てについては楽器や衣服とか無機物のようにはいかないから、妻と自分と子供と三者でいろいろ調整していくことなんだろうけど、とにかく毎日たのしく暮らしていけるぞという気持ちがより深まった。

 夜までしばらく休んだら脚の筋肉もすこし回復してて、今からあと8時間ならいけるか…?と思ってる。まあ無理か。

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 最後に、これらは冒頭に記したとおり僕が自分のために勝手にやったことでして、妻や家族にはふつうにただ心配をかけてしまったし、おすすめは全くしません。特に出産の直前はそばに居るのが一番だったなと自分でも思ってます。

 それと、深夜にも関わらずチャリや自動車を飛ばして差し入れしに会いにきてくれた二組の方々がいました。めちゃ驚いたけどすごく嬉しかったです。ホッカイロは徒歩終盤の寒さから身を守るのに超役立ったし、チョコたちは遭難さながらな行程の中、カロリー摂取に大変役立ちました。それとSNS上で気にしてくれた方、面白がってくれた方、みんなに感謝してます。このあとも引き続き暮らしを楽しくがんばります。

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