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アメニティー・シビル・エンジニアリング(ACE)事業って何?

3年ぶりに本社に復帰した私を待っていたのは、新事業部門でした。つまり繊維事業、プラスチック事業のような本業から離れたところで新しく事業を起こすわけですから、社内の誰がやっても初めての挑戦ということになります。今回はその中のACE事業でした。

「アメニティー=快適な」、「シビル・エンジニアリング=土木工事」と直訳しても何をするのか良くわかりません。もともと土木工事を施工する能力は当社内にはありません。
色々問い詰めると、現在世の中で行われている土木建築は環境に優しくないものが多い。
環境にやさしい工法を施工するための新しい土木資材を有機化学の技術で提供しようというものです。当社が起こす新事業として本当にやるべきなのかと思いましたが、いきなりその部門の責任者に指名されてしまったので、いまさら事業性に疑問を呈しても取り上げられません。やり抜いて成果を出さなければなりません。

透水性舗装

いまや日本中の道路は舗装されつつあって、かなり田舎の田圃の横の道路でさえ舗装されています。農道と云ってもセスナぐらいなら着陸できそうな立派過ぎる舗装農道もあります。
工事は所謂、道路ゼネコンという土建会社がほぼ独占していますが、(日本道路、日本舗道、前田道路・・・)その下に無数の下請け会社があります。
高速道路のゆるくカーブした下り線では、雨の降り始め又は大雨の日にスリップ事故が多発します。タイヤと道路の間に水の層(ハイドロプレーン)が出来てタイヤが道路をグリップする力が低下するためです。また晴れた日でもタイヤと道路の間での摩擦による騒音が近隣の住民を直撃します。
そこで、透水性舗装なるものが発明されました。強力な接着剤で細かい骨材(アグリゲート)を練って「浅草名物 雷おこし」状に舗装道路の上にもう一層形成すれば、雨水は雷おこしの隙間を通り抜けてその下の不透水層に達し勾配に導かれて側溝に流れるので、所謂ハイドロプレーンは発生しません。高速道路の騒音は、タイヤが車重で道路に押し付けられ、タイヤの溝の空気が排出されて真空状態になり、車の進行によって再び道路から引き剥がされるときタイヤの溝に空気が流れ込むことで起きます。透水性舗装でタイヤの下が気密でなければ真空状態にはなりません。従って騒音も軽減されます。
欠点は、点と点で接着しているので耐久性があまりよくないということです。そこで水や紫外線に強い有機化学の接着剤が必要になります。そこにやっと当社の出番が回ってきました。

屋上緑化

高層ビルが立ち並ぶと、アスファルトやコンクリートが太陽光に熱せられて、「ヒートアイランド」を形成します。ビルの屋上に完全な防水工事を行い、土壌を入れて植物を植えると
見た目だけではなく、暑さを軽減し冷房の費用も節約され「地球に優しい」感が出ます。
大阪市の堂島川沿いに建つ「新大ビル」の屋上庭園は今はどうなっているか知りませんが当時は鬱蒼とした森になっており、正に屋上緑化のお手本のようでした。
ここまで来るともう有機化学製品の出番はほとんどありません。補完的に人工芝を隙間に使う程度です。後に私が液体微量要素複合肥料の会社を立ち上げましたが、この庭園の造園時にその肥料の前身となる商品が使われたことを後になって知りました。
最近では、屋上に太陽光発電のパネルが立ち並ぶ時代になってしまい屋上緑化は勢いを失っています。

湿気硬化型錆止塗料

海岸に近い鉄鋼構造物、たとえば石油の貯蔵タンク、コンテナーヤードのクレーン、船舶、鉄橋など、又は水力発電所へ水を落としてくる巨大な送水管(結露するので錆びやすい)、人工雪スキー場(年中濡れている)など強力な錆止め塗料の需要は沢山あります。しかも物件一つ一つが巨大で、一つ受注すると大量のペンキが出荷できます。ペンキは有機化学の得意分野ですが日本では、関西ペイント、日本ペイント、あさひ塗料など大手がひしめいています。後発の当社は、USAのベンチャー企業から特色のあるペンキを輸入販売して軌道に乗れば国内生産に切り替える予定でした。
普通の塗装工事は、塗装工事完了の後、完全に塗膜が乾燥して出来上がりとなりますが、塗り終わった直後に雨がふったりすると塗膜の強度が出ません。ひどいときには折角塗ったペンキを剥いで塗りなおしもありです。塗装工事は天気予報をにらみながら晴天が続くことを祈ります。今回の新事業部門は結局不採算部門を切り捨て、浄水器(トレビーノ)などを分離して空中分解しますが、最大の要因はこの錆止め塗料でした。

USAのワシントン州シアトルにその会社はありました。社長はスイスの大学でケミカルの学位をとって、この新しい塗料を開発しました。ゴルフの腕前はシングル、シアトルの港にクルーザーを係留していて取引先をそこで接待していました。(私も乗せてもらいましたが・・)息子さんは優秀でハーバードでケミカルを専攻していました。
当社は契約して日本国内、東南アジア全域の販売権を得ました。
私の在任中4年間で約300の物件を受注して施工しましたが、トータルとして見ると赤字でした。やっているうちに気がついたのですが、この事業は永遠に黒字にならないように思えました。なぜなら、施工部隊を持たないペンキメーカーが、物件の受注に乗り出すということが最初から間違っていたのです。
たとえば、一件、10億円の塗装工事を受注したとします。工事代金のうち10%が塗料の代金と当社の利益です。後の90%は、足場のリース代、塗装工事の人件費、塗装業者の利益ですが、この工事の完成後、クレームがついた場合には工事を受注した当社に請求が来ます。クレームの原因が施工業者のミスであっても、施主は大会社の当社に補償を求めます。
塗りなおしという事になれば、塗膜を剥離して塗り直しです。足場のリース代も、人件費も初回より高くなるのが普通です。つまり、売り上げ1億円のために、もう一度再工事費、
10億円のクレーム処理が掛かります。失敗の原因はいろいろですが、塗装業者のレベル、天候の急変などの他に色むら、発注した色とずれている等、日本の施主は世界一厳しい要求をします。
このようになった場合、業界では「山より大きい猪が出た!!」といいます。
受注物件10件に1件クレームがつけばその事業は永遠の赤字です。

当社がペンキ事業に乗り出すとすれば、まず大手ゼネコンに食い込んでペンキだけを売り込むべきでした。営業力に慢心して自社で物件営業に乗り出した時点で、おそらく業界の失笑を買っていたと思います。

このプロジェクトをプロジェクトリーダーが止めたいと言い出す!

当時、当社の社長は営業出身でしたが、このプロジェクトにGO SIGNを出した会長は工場出身でした。
「死に物狂いでやれば道は開ける。」という社風の中で、その典型である会長は避けて、まず社長にアポイントを取り付けて「この事業に将来はない」事を訴えました。社長はわかってくれましたが、会長決済の事業を独断で止めることは出来ません。
次に技術系のトップであった副社長にアポイントを取りました。会長に対して最も説得力がある人と云われていました。
過去4年間の実績の数字を挙げて何故うまくいかないかを論理的に説明しました。理系の人らしく、

「なるほど分かった。しかしプロジェクトリーダーが担当のプロジェクトを止めたいといってきた事例は創業以来今まで無かった。君にはこの会社で将来は無いかも知れない。」

と云われました。
私は、

「このままこのプロジェクトを引きずれば、私の下で働いている若い社員は当社の中のキャリアで大きくマイナスになります。つまり必ず失敗するプロジェクトで何年も働かせることは忍びない。」

といいました。
結局、このプロジェクトは会社として撤退することになり私は再度子会社に放り出される事になります。


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