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ヤモリの話

本帰国したばかりの頃、つまり去年の4月とか5月くらいのことなのだが、日常生活の中で無意識にインドネシア語が口をついて出ることがあった。

といっても、そこまでインドネシア語が話せるわけではないので、せいぜい挨拶とか相槌レベルでの話だ。

例えば、買い物をした時に店員さんに「テリマカシー(ありがとう)」と言ってしまったり、何か確認するときに「ボレ(〜してもいい?)?」と言ってしまったりといった調子だ。

日本に帰って来て1年以上が経過した今では、そういうことはさすがにもうないのだが、一つだけついつい口走ってしまうインドネシア語の単語がある。


それは、「cicak(チチャック)」。

「ヤモリ」という意味だ。

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これには理由が2つある。
1つ目は、ぼくが日本で暮らした22年間で「ヤモリ」と発した回数よりも、3年間のジャカルタ暮らしで「チチャック」と発した回数が圧倒的に多いこと。
2つ目は、インドネシアでよく見かけたものと同種のヤモリを、沖縄でも頻繁に見かけること。

ぼくは東京の住宅街で生まれ育ったので、ヤモリを見かけることは全くと言っていいほどなかった。
だから当然「ヤモリ」という単語を口にする機会はほとんどなかったわけで、ぼくにとって「ヤモリ」という単語は、意味は知っているけれど全く身近なものではなかった。

一方、インドネシアではヤモリをよく見かける。
家の中で出没するのはもちろんのこと、高級なホテルやレストランの壁に張り付いているなんてこともよくある。
壁や窓ガラスにへばりついたヤモリの姿を1日に何回も見かるわけだが、ぼくはその度に「あ、チチャックだ」と呟いていた。
そのクセが刷り込まれてしまって、今でもヤモリを見かけるとついつい「あ、チチャックだ」と口ずさんでしまうのだ。
だから、ぼくにとってヤモリは「ヤモリ」ではなくて、「チチャック」なのだ。

沖縄に広く生息しているヤモリは「ホオグロヤモリ」という熱帯の種で、本州のヤモリとは違うらしい。
このホオグロヤモリは、インドネシアでよく見かけたチチャックと見た目や鳴き声がそっくりなので、同じ種なのだと思う。

体長は10cmにも満たないほど。
色素の薄い体色をしていて、個体によっては内臓の黒い陰が見えるものもある。
そして、このヤモリの最も大きな特徴が鳴き声
小さな体からは想像できないほど大きな声で「キュキュキュキュキュ……」と鳴く。
夜行性なので、夜になると突然家の中でこの音が響くことがある。

ヤモリは「家守」という漢字があてがわれるように、非常に縁起の良い生き物だとされている。
これはインドネシアでも同様で、インドネシアの伝統工芸品の中にはヤモリの図柄が取り入れられたり、ヤモリの形がかたどられたものをたくさん見かけることができる。
「ヤモリ=家の守り神」とされるのは万国共通のようだが、これはヤモリが害虫を餌としていることに由来する。
ぼくも何度かヤモリの食事シーンを見たことがある。
普段は壁や窓ガラスにじっとしているヤモリだが、近くを蚊や羽虫が通りかかると俊敏に体を動かせて捕食する。
人間にとって迷惑な小さな虫を食べてくれるので、ヤモリはありがたがられているのだ。

ちなみに、沖縄の方言ではヤモリのことを「やーるー」と言うらしい。
今「チチャック」に代わって「やーるー」という単語が口を出ることは……、まあ、ないかな。

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