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やわらかく、やさしく、あたたかい〜森からのメッセージ〜

この記事を、ずっと書けずにいた。
深くて、自分に染み込むような体験。
森のリトリート®︎(以降森リト®︎と略させていただきます)@山中湖。

ずっと心惹かれるものがあって、参加したいけど…コロナ禍でしばらく募集がなく、お預けとなっていた。
幸いにも再開されたものの、今度は自分が職場を移ったため、勤務スケジュールの関係で3日間連続で予定を入れることができなくなった。
もう、今の仕事のやりかたでは今後いつ参加できるかわからない、と思ったときに涙が出てしまった。それほどに、なぜか自分にとって必要な時間だという確信めいたものがあった。
その後、なんとか今年中に…と思っていたところ、突然とある業務を外れることになってぽっかりと時間があいた。休職する?しない?という話も出てきている時だった。

同時に森リト®︎の募集が目についた。急遽参加することに決めてクリックした。
迷いはなかった。

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山中湖に着くと、すばらしいお天気と新緑が迎えてくれた。

参加中は、ひたすら森との対話の時間
スマホも預けることにしたので、自分で撮った森の写真はない。(見出しの写真はスタッフさんからいただきました)
夜は、参加者の方々と焚き火を前にして対話する時間。スタッフの方のファシリテーションが素晴らしく、このためだけに集まった初対面の参加者が、徐々に心を開いていく。
それぞれの気づきが、またそれぞれの気づきを生む。そんな時間。

もともと山歩きで木や草花と会話?しているような時がある私なので、森の中で存分に過ごすというだけで幸せなのだが、やはり、というか予想通り、今までの職業人生を振り返るような時間となった。

初日に森の中にいる時は、幸福感と不安感が同時にやってきたような揺さぶりのなか、ある一点に落ち着いた。

翌日はその場所の心地よさを感じられなくなり別の場所に移動した。

そこで最終的に腹落ちした感覚…それが、タイトルの

やわらかく、やさしく、そしてあたたかい。

それは、自分の生き方・ありかたなのか、場なのか、はっきりしない。
もしかしたら、この感覚も数年後には変わっているのかもしれない。
でも、少なくとも現在の私にとってのキーワードだと感じる。

今も、その感覚を思い出せる。
森リト®︎の意図も、そこにあるのだろう。

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今朝のあさんぽで、ふと、森での時間を思い出していた。
やわらかく、やさしい、あたたかい…は確かに私の道標になる。
一方で、それだけじゃない、とも感じている。
アスリート的なストイックさ。自分にできる準備をすべて行なって天命を待つ、というような。

・・・でも、両者は相反するものでもなさそうだ。
外部環境が厳しくても、自分の内面に柔らかさ・優しさ・あたたかさを保つには一種のストイックさも必要になるだろう。

そんなことを考えたあさんぽ中に、ふと”森リト®︎でのことを記事にしよう”と思い立ち、ようやく言葉にしてみた次第である。
もうしばらく、このありかたを味わってみよう、と思う。