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うますぎる話には代償がある
中学3年間、マー君という男の子とクラスが一緒だった。
物静かで友達がいないマー君は、当時夜中に放映されていたドラマ『トリック』の話ができる私とは唯一仲がよかった。
マー君は『トリック』の話になると饒舌だ。「橋がなくなったと思ったら、結局違う橋やってんな。あれはすごいトリックやったな~。あっ、そうそう今日の給食カレーやから食べてな」
彼は信じられないことにカレーが嫌いだった。というか、マー君は何の因果を持って生まれてきたのか、”皆が好きであろうもの”がことごとく嫌いだった。
カレーはもちろん、肉料理、からあげ、揚げ物……
その代りマー君は私が大っ嫌いな牛乳が大好きだった。
ここでトレードが開始される。
「私の嫌いな牛乳を飲んでもらう代わりにマー君の嫌いなものを食べる」
普通はからあげ、カレーなどは取り合いになるのだが、私だけ二人前食べられる。そして大っ嫌いな牛乳をパスできる。
私にとっては夢のようなトレード、奇跡のトレードである。
カレーを私の机に置くと、マー君は言った。「いつもありがとうな」
それはむしろこっちのセリフなのだが、調子に乗って私は言った。「うん。いいよ」
カレーを二人前も食べられてお礼を言われる。こんな素敵なことがあっていいのだろうか。私は少し罪悪感を持ちつつも、奇跡のトレードは中学三年間、毎日続けられた。
ある日、というか、徐々に異変は起きた。
マー君は最初、私より背が小さかったのだが段々と私の背丈に追いつき、中学三年生になる頃には頭一つ分くらい私より背が高くなった。
「マー君……大きくなったね」
「そうかなあ? ところでさあ、昨日のトリックさあ……」
『トリック』の仲間由記恵の綺麗な顔を思い浮かべながら、マー君の背が伸びた原因を考えてみた。答えは2秒で出た。
牛乳だ。
もっと言えば私の牛乳だ。
マー君は中学三年間、他の人より二倍のカルシウムを採っていた。そりゃ伸びるよ。
そして、カルシウムを採らなかった私の背はほとんど伸びていない。クラスでもかなり小さい方だ。
「こんなうまい話があっていいのか」そんなことを思いながら、毎日続けていたトレード。これが仇となった。
うますぎる話には代償がある。「これサイコーじゃん」みたいな話には一度、疑ってかかるべきだ。絶対、どこかで損をする。
でも、マー君にとっても「嫌いなものをパスできて、好きなものを二倍いただける」という意味では、私と同じく「うますぎる話」だったハズだ。なんで私だけこんな目に……もしかして「うますぎる話が原因」だったのではなく、私の因果が原因だったのか。
物静かで私しか友達がおらず『トリック』の話しかできなったマー君は無事、高校デビューを果たしてロックバンドを組み、電車で再会したときはシド・ビシャスみたいな「パンク野郎」になっていた。
背はさらに伸び、180cmにも届きそうな勢いだ。満員電車の中、マー君とケバい彼女の周りは少しスペースができていた。どう見ても恐い。マー君、ポケットから沢山出てるそのジャラジャラした鎖は何? レクター博士でも縛るの?
私はマー君を見上げつつ、ビクビクしながら言った。「マー君、変わったね……」
マー君は私を見下ろし、ニヤニヤしながら言った。「そうかなあ? ところでさあ、『トリック』がゴールデンタイムになったなあ。昨日の観た?」
マー君は見た目こそ変わったが、中身はまったく変わってなかった。
少しホッとした。
働きたくないんです。