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「部下を変えられないなら、おれは死ぬしかない」ユニクロ柳井正が店長に伝えた一言

「店舗を標準化するチェーンストアの時代は終わった」と断言するのは、世界に3600店舗超を展開するファーストリテイリングの会長兼社長・柳井正さん。日本を代表するチェーンストアでありながら、従来のチェーンストア理論を超えたビジネスモデルを追求する彼が守り続けるのが「(店は)店員とともに栄える」という言葉だ。拙著『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる 倉本長治の商人学』(プレジデント社)から、柳井流人材育成論を分析する。

『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』(プレジデント社)


ぐうたら店長を覚醒させた
トップの命がけの叱責


国内企業の旗艦店ばかりか、海外の一流ブランド、グローバルチェーンがひしめく日本一の商業地、東京・銀座。その世界有数の激戦区において、すべての「ユニクロ」の中でトップランクの売上を誇るグローバル旗艦店を取材したときのことだ。

店長十戒——。

店長の中から選抜され、在庫調整、陳列や店舗発注権限などかなりの部分で自由裁量権を与えられた「スーパースター店長」の一人、M店長の執務デスク前の壁に張られていたのがこれだった。柳井の起草による「店長が守るべき最低限の内容」である。

  1. 店長はお客様の満足実現のため、的確な商品と隙のない売場づくりに命を懸けろ。

  2. 店長はサービス精神を発揮し、目の前のお客様のために全力を尽くせ。

  3. 店長は誰よりも高い基準と目標を持ち、正しい方向で質の高い仕事をしろ。

  4. 店長は鬼となり、仏となり、部下の成長と将来に責任を持て。

  5. 店長は自分の仕事に、誰にも負けない自信と異常なまでの熱意を持て。

  6. 店長は社員の模範になり、部下と本部に対してリーダーシップを取れ。

  7. 店長は販売計画を考え抜き、差別化と付加価値を売場で生み出せ。

  8. 店長は経営理念とFRWAY(FAST RETAILING WAY)に賛同し、全員経営を実践しろ。

  9. 店長は本当に良い服を良い店で販売し、高い収益をあげ社会に貢献しろ。

  10. 店長は謙虚な心で、自分に期待し、どこでも通用する世界の第一人者になれ。


この十戒を常に意識し、「当たり前のことを当たり前にやれるのがプロフェッショナル。店長十戒はそのための行動指針です」と語るМ店長。だからこそ、世界一の旗艦店を率い、業績を伸ばし続けてきた。

しかし、そこまでの道のりはけっして一貫した上り調子というわけではなかった。柳井は自著『柳井正の希望を持とう』で、M店長を「ぐうたら店長で、まったく成績が良くなかった」と評しつつ、「ただ、愛嬌のある男だし、何とかしたいと思い、何度も本社に呼んでは叱った」と述懐している。

それも、「『君、こんなことじゃいかん』なんて程度の甘い𠮟責ではなく、心の底から怒った。そんなことを何度も繰り返して、そして、2、3年経った頃だろうか。ある時から、がらっと変わって頑張り出し、結果を出すようになった。(中略)『部下を変えることができなかったら、おれは死ぬしかない』くらいの根性で叱ることだ。私はそうやっている」(同著137ページ)

このエピソードにこそ、柳井の社員への思いが顕われている。己に厳しいことで知られる柳井はその分、社員にも己に対する厳しさを求める。だから、本気で叱る——その根底には縁あってともに働く社員への愛情と期待がある。

柳井が「もっとも好きな言葉」と公言する「店は客のためにあり 店員とともに栄える」を唱えた経営指導者、倉本長治は「店員を褒め叱ることに巧みであるよりも、店員とともに喜び、ともに泣ける店主であれ」と遺している。人間全般に対する愛情と期待こそ柳井の経営観であり、人材育成の中心にある思想なのである。

「店長十戒」の本質と
綻びを見せるチェーンストア理論


では、店長十戒のうち、柳井が最も重視するものは何か。商業界2010年8月号特集「ユニクロ柳井正の店長十戒」で、「(十戒で最も重要なのは)第一条の『お客様の満足実現』です。これに命を懸けるというのが、店長にとって最も大事なことです」と語っている。


柳井正ファーストリテイリング会長兼社長の執務室に掲げられ続ける「唯一の座右の銘」


M店長も「店、商品、従業員、売場がお客様中心でないと、いま業績がよくてもいつ潰れるかはわからない。そうした危機感とお客様満足の実現という使命感もって仕事に臨んでいます」と呼応。「銀座店では、2人の副店長と5人のフロア店長など総勢200人ほどのスタッフとともに働いています。私を含め彼らを十戒の第十条「どこでも通用する世界の第一人者」にするのが使命です」という。


柳井は新著『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』の解説で、店員とともに栄えるとは「社員が生き生きと使命感をもって仕事に向きあえる状態をつくりだすこと」という。これこそ柳井が自身唯一の銘とする「店は客のためにあり 店員とともに栄える」の真意であり、商いの原則にほかならない。


「経営者一人がいくら有能だろうと、一人でできることには限りがあります。たとえば毎日いらっしゃるお客様に対して、一人で対応することはできません。経営はチームで行うものなのです。


商売の醍醐味というのは、自分で考えて自分で実行することにあります。こうした考えで実行する人が本部にも店舗にもいて、双方向で討論しながら店舗運営をしていく。この相乗効果がはたらかないかぎり、お客様のためになる商売はできません。商売の醍醐味を感じて、成長してほしい。それが『店員とともに栄える』ということだと思います」(本書9ページ)

一方、チェーンストアの現実はどうか。

我が国の既存大手小売業の多くは、アメリカを起源とするチェーンストア理論によって成長を果たしてきた。チェーンストア理論とは、店舗を標準化して鎖(チェーン)のように繋ぎ、本部が店舗を一元管理して経営と運営を効率化、単純化するための方法論である。

それによって日本の小売業は急速に発展し、産業としての地位を確立した。消費者もモノ不足の時代において商品を安く、迅速に入手できるという恩恵にあずかれたことはまぎれもない事実であり、小売業の果たすべき役割を十全に果たしてきた。

しかし、「本部が考え、店が従う」という伝統的チェーンストア理論が綻びを見せるようになって久しい。時代は常に変わり続ける。その後訪れたモノ余り時代にあって、もはや画一的な商品の大量供給など必要とされなくなった。

それなのに従来の手法から脱却できず、現場において自ら考え行動する人材の育成を怠った企業の多くがいたずらに肥大化した後、ここではあえてその名を挙げないが、市場からの退場を余儀なくされた。

ユニクロも初期において、そうした“チェーンストア病”に罹った。旺盛な新規出店で増収増益路線を維持したものの、このころから既存店売上のマイナスが目立ち始めたのだ。ついに1996年8月期以降、3期連続となる業績の下方修正を迫られることになる。

市場に「ユニクロ限界説」が囁かれるようになる少し前のこと、柳井がこれまでの手法を大きく変えるきっかけとなった言葉との出会いがあった。

店員とともに栄えてこそ
店は客のためにありうる


1994年、広島証券取引所に情報して間もない頃、かつての勤務先であるイオンの岡田卓也さんと『商業界』誌上で対談したときのことだ。そのとき、倉本長治の唱えた「店は客のためにある」は「店員とともに栄える」と続くことを知る。

これが、柳井が従来のチェーンスト理論と決別するきっかけとなった。柳井は言う。

「業界や業種の境がなくなる時代を迎えた今日、従来のチェーンストア経営を超えた個店経営が必要になります。店は一店舗一店舗、お客様も立地も、背景にある文化も違います。だから一店舗一店舗の店長と社員が本部と一緒になって、個店ごとに最適の品揃えを実現して、地域のお客様に本当に喜んでいただける商売をしなければなりません。『店員とともに店は栄える』とは、本当にお客様の役に立っているのか、販売員が生き生きと使命感を持って仕事をしているかということです」(商業界2016年6月号)

ところで柳井は、2009年に「グローバルワン・全員経営」という理念を掲げている。店長はもちろん、社員全員が経営者と同じ意識と感覚をもって、自分の仕事を実践、全うするというものだ。「それこそまさに『店員とともに栄える』ということであり、私たちの挑戦はまだまだ続いていきます」と真意を語る。


「昭和の石田梅岩」「日本商業の父」と言われた倉本長治


「従業員とは、道具ではなく大切な家族。販管費やコストではなく、価値創造の担い手である」と倉本長治は言う。しかし、いまだに多くの経営者が従業員を道具として扱い、コストとしてみなしている。道具やコストに価値創造ができるはずもない。だから、あなたの事業は大成しないのだ。

さらに倉本は、従業員とは本来、自分と同じ心を持つ「第二の自分」と説く。だから、一人を見いだすためにも、育てるためにも、あたたかい愛情が欠かせない。くすぶっていたM店長を本気で叱り続けた柳井の向き合い方にそれを見ることができる。

「人は、失敗を繰り返さないと成長しません。失敗するからこそ、考えることを学ぶのです。だから何度でも失敗してほしい。その経験を通じて学び、成長してほしい」と柳井は社員に言い続ける。それは自らもそうして成長してきたからだ。

店は店員とともに栄える——。ファーストリテイリングの成長がこの真理の正しさを証明している。そしてもう一つ、柳井が座右の銘としつつも、自らの執務室に掲げた額には書かれたかった教えがある。それについては、次回に譲ろう。

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