我未だ木鶏に至らず


 ひさしぶりに来阪された作家の小川国夫先生にいろいろお話を伺いました。

 お財布を新幹線にお忘れになったそうで、ずいぶん遅れて来られました。先生は私の顔を見るなり、

「山本君は、空手はどうですか」

「最近、さぼっています」とお答えすると、

「昔、双葉山という力士がいたんですよ。ものすごく強い力士で何十連勝もした。

 その力士が土がついた時に、一言こういったんだそうです。

 『我、未だボッケイに至らず』

 ボッケイって木の鶏ですよ。闘鶏の時、強い鶏は何も考えないんだそうです。あなたも木鶏のように何も考えなければ相手に勝てますよ。あれこれ考えちゃうと不安になるもんです」

 なるほど。

 先生は、武道をやっていらっしゃるわけではないのですが、武の道の達人のようなことをおっしゃるのでよく驚かされます。極めれば文武は同道なのかもしれません。

「先生、ドラマって何ですか?」

 店を移る時、歩きながら、私が最近考えている質問をぶつけてみました。

「僕はドラマって、人生における分岐点の選択と、それにまつわる出来事だと思うんですが」

「ドラマって、否応なしに巻き込まれるもんですよ。親の死、愛する人との別れ、それに社会的な立場の失墜。こういうのが、ドラマになります」

 なーるほど。 

 そうだなあ。勉強になるなあ。

2004.11.19 

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